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理学部ニュース

異分野協働とトランスサイエンス

鳥居 寛之(化学専攻 准教授)

私はもともと原子核物理学の研究室の出身だが,原子核そのものの研究をしたことはない。大学院の時からスイス・ジュネーヴのCERN研究所で反陽子を含んだ特異な(エキゾチックな)原子の分光を通じて物理学の基本的対称性をテストするという実験研究に取り組み,今は東海村のJ-PARC加速器施設にてミュー粒子を含むエキゾチック原子であるミューオニウムを研究対象としている。素粒子を含んだ原子という意味を込めて,自分の専門を素粒子原子物理学と称している。そんな境界分野の研究だからこそ,いろいろな分野との協働の現場に居て,これまで物理学会では素粒子,原子核,原子分子,量子エレクトロニクス,物性,物理教育など多様な分科のセッションで発表してきたとの自負がある。

左)国際放射線防護委員会 ICRP 2023 国際会議での議論の様子。ICRP 前副委員長の J. Lochard 教授とはフランス語でも会話した。(右)中間貯蔵施設に古墳のように積み上げられた除去土壌。その先に福島第一原子力発電所が見える

そんな私にとっての大きな転機は2011年の東日本大震災・原発事故であった。放射線の影響について日本中が戦々恐々とするなか,当時所属した駒場キャンパスで放射線教育のテーマ講義を始め,これが好評を博してその後11年続くことになる。そうした取り組みも認められて,6年後にこの理学部に放射線管理を担う教員として化学専攻に着任したのだが,物理と化学の分野の流儀の違いに戸惑いもしつつも,英語で放射化学を教える環境に大いに刺激を受けている。

さて,放射線を語るには物理,化学に留まらず,放射線生物学,環境科学,農学,さらには科学技術社会論や法律など幅広い学問分野が必要になる。実際に医学,免疫学の先生方と学術振興会の委員会活動や,福島で市民に向けてリスクコミュニケーション活動をしたのは得難い経験であったし,それをきっかけとして,全学の大学院副専攻である科学技術インタープリター養成プログラムの兼務教員を務めるに至っている。理学系からも科学を社会に伝えることに関心の深い学生が毎年受講していて,他研究科の学生と熱い議論を戦わせている様子は頼もしい。

放射線の問題には現在も環境省委託の研究事業で関わり続けているが,なかでもTwitter(現X)データの解析を通じて,SNS時代の効果的な科学的情報発信法について研究している。正しい科学的知識を伝えれば人々は納得するかというと,それは科学者の幻想に過ぎない。原子力や放射線利用など,社会に影響がある問題に関しては,科学に問うことはできるが科学だけでは答えの出ない領域,いわゆるトランスサイエンスの考え方が重要になる。エコーチェンバーやフェイクニュースなど,コロナ禍における社会問題とも共通する構造がそこには現れていて,情報科学,社会学,心理学の専門家や高校教員とも一緒に議論している。具体的な話は学内広報の「インタープリターズ・バイブル」のコラムにも毎年執筆しているのでご参照いただきたい。

医学や情報系の雑誌に自分の論文が載るとは10年前には想像すらしていなかったことだが,専門知を統合した集合知・総合知を目指す中で,異分野の理解・協働・融合は欠かせない。研究分野で異なる多様な考え方に接することは興味をそそられ,自身の発展にも繋がる。専門を極めることも重要だが,若い理学の皆さんにも,広い視座を意識することをお勧めしたい。

理学部ニュースではエッセイの原稿を集しています。自薦他薦を問わず,ふるってご投稿ください。特に,学部生・大学院生の投稿を歓迎します。ただし,掲載の可否につきましては,広報誌編集委員会に一任させていただきます。ご投稿は rigaku-news@adm.s.u-tokyo.ac.jp まで。

理学部ニュース2024年3月号掲載

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