理学系研究科生物化学専攻(現生物科学専攻)の修士課程を修了後,国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)に入職した。JSTでは国際共同研究や大型研究プロジェクトなどの研究開発マネジメント業務に携わり,国立研究開発法人日本医療研究開発機構への出向も経験した。
振り返ると,中学生の頃に生物の設計図がたった4種類の塩基の組み合わせで作られていることを知って,生物ってなんてすごいんだろう,その仕組みをもっと知りたい,と興奮したことが今の自分を作る土台になったと思う。目に見えないところで起こっている生命現象について知識を深めたくて,理学部生物化学科へ進学した。
ミクロな生命現象について学ぶのは面白かったが,少し経つと「やっぱり多少は目に見える現象が良いな」と思い始め,線虫C. elegansを用いて分子行動遺伝学を学べる研究室に入った。
研究室に所属すると自分の研究テーマをもつようになり,教科書に代わってさまざまな論文を読んだり勉強会に参加したり実験結果についてディスカッションしたりする日々が続いた。実験し,その結果を考察するのも楽しい一方で,自分で新しいことを発見するよりも,他の人が見つけた新発見を読んだり聞いたりすることの方が好きなことに気づいた。と同時に,全力で新発見に挑むことができる研究者への尊敬の気持ちが一層強く芽生えてきた。
そういう気づきを経て,研究者として生きることは向いていなさそうだったので,修士課程を出たら就職することにした。しかしあれにもこれにも興味があっても,具体的な目標はもっていなかったので,進路には悩んだ。悩んだ末に,研究者になれなくても科学の新発見をいち早く知ることができ,またそんな新発見を生み出す一助を担えたら楽しいのでは,と思ってJSTに入職した。
JSTはさまざまな分野の研究開発を推進しているが,専門性を考慮されてか,ライフサイエンス分野に関する業務に携わることが多い。それでも線虫を相手に顕微鏡を覗いていた頃よりも関わる世界はずっと広く,入職して最初に担当したのはケニアをフィールドにした養蚕研究プロジェクトだった。他にも感染症,糖尿病,AIロボット,量子コンピュータなど,学生時代には思いもしなかった分野の研究にも接することができた。また,海外研究機関との合同ワークショップの開催などを通じて,国内外の研究者の連携促進も進めてきた。そうやって繋いだ共同研究などから新たな発見が生み出されると,実際に自分が研究をしなくとも,科学の発展のためにできることはあるのだと実感する。
理学部で学ぶことを選んだ人は,少なからず「なぜこうなのかを知りたい」という,未知への探求の気持ちがあるのではと思う。それを自分自身の手で解き明かす道もあれば,誰かが解き明かすところに伴走する道もある。筆者の選んだ道が後者の一つの例として参考となれば嬉しい。