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理学部ニュース

昆虫の変態で制御される共生器官および共生細菌

大石 紗友美(研究当時:生物科学専攻 大学院生)
深津 武馬(産業技術総合研究所 首席研究員/生物科学専攻(兼任) 教授)

 

昆虫の変態は劇的だ。姿形が大きく変わり,成長から繁殖へ生存原理が転換する。
昆虫と微生物の共生は普遍的だ。
特殊化した細胞や消化管の内部に生存に必要不可欠な微生物をすまわせ,
単独では利用困難な食物や環境に適応する。
変態の過程でこのような共生関係はどう制御されているのか?
私たちはカメムシの変態において,昆虫自身の共生器官の構造のみならず,
共生細菌の機能も,幼虫における成長の支持から成虫では
繁殖の促進へと切りかわることを発見した。
昆虫の内分泌制御が体内の微生物にまでおよぶという,
高度に統合された共生機構の一端が明らかになった。

多くの昆虫類は微生物と密接な共生関係にある。たとえばカメムシ類は,針のような口で植物の汁を吸って生きており,共生細菌による必須アミノ酸やビタミン類の供給が成長および生存に必須である。チャバネアオカメムシは,消化管の後端に多数の袋状の盲嚢(もうのう)が配列した共生器官をもち,その内腔に共生細菌を保有する。奇妙なことに,カメムシ類では,共生器官を含む消化管の構造が幼虫と成虫で異なる。幼虫では共生器官の前端が閉じていて,食物は共生器官に流入することはなく,消化管の前半部ですべて消化吸収される(図A)。吸汁性のため,このようなことが可能となるらしい。そのため消化管の後半部は食物が流れず,共生細菌の保有に特化している。一方,成虫では共生器官の前端が開口し,食物は消化管の後半部にも流れるようになり,より多量の食物を消化吸収できるようになる(図B)。このような変化はなぜ,どのようにして生じるのか?幼虫が成虫になる過程で起こる変化であることから,変態に関係があるのではないかと予想した。

昆虫類では幼若ホルモンと脱皮ホルモンの作用により,変態制御遺伝子の発現が変化して,幼虫から成虫への変態が起こる。羽化前の5齢幼虫で成虫化遺伝子E93の発現を抑制したところ,脱皮しても幼虫の姿を維持した6齢の過齢幼虫となった(図C)。一方,4齢幼虫で幼虫化遺伝子Kr-h1の発現を抑制したところ,脱皮すると5齢の早熟成虫となった(図C)。それらの共生器官を調べたところ,過齢幼虫は6齢なのに共生器官は幼虫型,早熟成虫は5齢なのに共生器官は成虫型であった。すなわち,共生器官が幼虫型になるか成虫型になるかを決めているのは,これらの変態制御遺伝子であることがわかった。

共生細菌の遺伝子発現および物質代謝を調べたところ,アミノ酸の一種であるシステインを特に多量に合成していることがわかった。

チャバネアオカメムシは繁殖力が旺盛な農業害虫として知られ,好適な飼育条件下で約14個の卵を2〜3日おきに1ヶ月以上にわたり産み続ける(図C)。卵は堅牢な卵殻に包まれるが,調べたところ卵殻のアミノ酸組成の10%以上をシステインが占めており,卵生産には多量のシステインが必要なことが判明した。

チャバネアオカメムシの変態と共生器官。(A) 幼虫の共生器官。(B) 成虫の共生器官。(C) 正常幼虫,過齢幼虫,早熟成虫,正常成虫,卵塊

 

興味深いことに,変態制御遺伝子の操作により誘導した5齢の早熟成虫でも,成虫型の共生器官内の共生細菌はシステインを高生産していた。すなわち,共生細菌の生理機能が宿主昆虫の変態の制御下にあることが示された。

異種生物である体内の共生細菌が宿主昆虫の内分泌制御をうけるという,高度に統合された共生機構の一端を解明した研究成果である。

本研究は,S. Oishi et al., PNAS, 120, e2304879120(2023)に掲載された。

 

(2023年9月26日プレスリリース)

理学部ニュース2024年1月号掲載

 

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