国際物理オリンピック 2023日本大会 「裏」体験記
竹内 一将(物理学専攻 准教授)
「お助けいただけますでしょうか?」2021年2月,早野龍五先生(東京大学名誉教授・物理)からメールをいただいた。国際物理オリンピック(International Physics Olympiad, IPhO)2023 日本大会の出題委員に加わらないかというお声がけだ。実は2016年にもお誘いいただいたのだが,当時は研究室を構えて間もなかったことを理由にお断りした。5年経って研究室が立ち上がっていないとは言えない。かくして,IPhO2023出題委員という秘匿業務が始まった。
IPhOは,主に高校生を対象とする,いわゆる国際科学オリンピックの1つである。私自身が過去にIPhOに関わったことはない。だが,IPhOと言えば,身近な現象から最先端研究まで,あらゆるジャンルから秀逸な問が出題される。たとえば,2018年ポルトガル大会の理論問題は,LIGO,ニュートリノ,生体組織の物理だった。自分に務まるのか。一抹の不安を覚えつつ,月一度の科学委員会での作題が始まった。私は理論問題担当だったが,実験担当の先生方は5年も早く作題を始め,私が入った時点では既に量産用実験モデルの試作段階に入っていた。
作題はダメ出しの連続だった。一から作り直す作業を何度か繰り返し,半年程かけて形にしていったのだが,その頃に加わった某同僚の先生があっという間に魅力的な問題を作られたのには目を丸くした。その後も1年半をかけ,模擬試験実施,英語版の作成,文字数削減などの過程を経て,科学委員会は問題一式の完成にこぎつけた。…はずだった。
2023年7月10日(月),IPhO2023が開会した。まだ大きな山がある。国際ボード会議である。IPhOでは,試験実施前日(!)に,各国委員を相手に試験問題をプレゼンし,修正すべき点を討議し(問題そのものが撃墜される可能性もある…!),決議投票を経て,各国委員が翻訳作業を(国によっては夜通し)行っていく。理論に先立ち実施された実験問題のボード会議の日。大学の居室でPCを開くと,理論委員長からのメッセージが目に入った。「緊急事態が起きました」問題文には1万2千字という目安がある。我々は各題1万2千字と理解し準備したのだが,理論3題合計で1万2千字らしい。…終わった。
そこからはあまり記憶がない。が,IPhO2023は成功裡に終わったようだ。IPhOの規約では,その精神と伝統に則って大会を実施することが謳われている。その心は,選手が示した物理学の理解力を最大限に評価し,国際委員,現地委員,各国委員など関係者が一体となって,そのための舵取りをしていくことにあると私は理解した。計算用紙も含めて加点対象とされること,採点について各国委員は採点者と協議でき,合意に至れば点数が変わることなどは,その表れと言える。理論問題は結局計約2万字だったが,内容面が評価され,IPhOの精神のおかげか,無事出題された。
7月17日,閉会式。私は欠席したが,夕方テレビをつけると,日本人金メダリストの晴れやかな笑顔が目に飛び込んできた。あぁ,この笑顔のために,この笑顔を見せてくれる高校生たちの物理愛のために,私たちはここまでやってきたのだ。これで良かったと思うとともに,こんな高校生たちを受け入れ,やがて共に研究していく大学教員という仕事を誇らしく感じた瞬間でもあった。
注: 「表」の報告は,早野龍五IPhO2023科学委員長による日本物理学会誌記事「IPhO2023—国際物理オリンピック2023 日本大会」(2024年2月号掲載予定)を参照されたい。最終報告書や試験問題,委員名簿等はウェブサイト https://ipho2023.jp で公開されている。※試験問題などの情報は英語HPからご覧ください
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