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理学部ニュース

日常のサイエンス

浅野 吉政(生物科学専攻 助教)

みなさんは一日に何時間寝ているだろうか?世の中には一日に数時間しか睡眠をとらなくてもベストパフォーマンスを発揮できるヒト(ショートスリーパー)がいる。忙しい現代社会,「もっと時間が欲しい」と願い,憧れをもつ方も多いのではないだろうか。私も浪人時代に勉強時間を増やすため,ショートスリーパーを目指して試行錯誤した。世の中には短眠法に関する書籍がたくさんあり,科学的根拠を元にしたものから,眉唾ものの体験談に基づくものまでさまざまである。多くの本では,食事や運動習慣の改善や寝る前の注意点について記載されているが,中には半球睡眠という脳の左右を交互に休ませるという人間離れした方法を紹介した本まである。眼帯を使って片目ずつ目を閉ざすことで,脳を半分ずつ交互に休ませ,24時間起き続けることが可能だという。確かにイルカや渡り鳥などは,この半球睡眠を獲得している。また近年では,ラットを用いた実験から,覚醒中も脳の一部は寝ていることが研究で明らかになっていることを考えると,興味がそそられる睡眠法ではあるが,簡単には習得できなさそうである。

当時は,寝床に入ってから8時間以上の睡眠を欠かすことが出来ず,「寝すぎた!」と後悔することが何度もあった。自分なりの短眠法を模索するなかで,48時間を1日として定義し,48時間に1回8時間寝れば,「1日」あたりの睡眠時間を4時間以下に抑えられると考えた。無謀に思えるかもしれないが,この「2日に1回睡眠法」は,1年以上続いた。初めの頃は,長い覚醒時間の間に,集中力の低下を感じることがあった。しかし,食事や光を浴びるタイミングを調整することで,徐々にこの新しい生活リズムに順応していくことができた。大学に入学後も「2日に1回睡眠」で時間を有効活用するため,時給の高い夜間のアルバイトを始めた。しかし,この睡眠法が2日のサイクルであるのに対し,バイトのシフトは1週間ごとに固定されていたため,両者のスケジュールが合わず,大学入学直後に「2日に1回睡眠」は破綻した。

ペットの冬眠動物シマリス。季節性の行動パターンを観察することで,体内時計や睡眠メカニズムの奥深さを感じることができる

「2日に1回睡眠」を実践する中で,睡眠の重要性やその背後に潜むメカニズムに強い興味をもつようになった。なぜ毎日一定時間の睡眠を必要とするのか,約24時間周期の睡眠覚醒リズムの根源にある体内時計とは一体何なのか。この疑問を解明するため,大学院では深田吉孝教授(現・東京大学名誉教授)の元,体内時計の分子メカニズムとその生理的意義を研究した。体内時計は,24時間周期で繰り返される地球の明暗サイクルに適応していくなかで生物が獲得したシステムだが,このような進化の流れから逸脱した「2日に1回睡眠」実践中はどのような生理条件になっていたのだろうか...。このように,体験すること,感じることから生まれる疑問。それを解き明かすことが,理学研究の大きな魅力だと思う。日々忙しい中,最先端の科学を追い求める中,忘れがちになるが,私たちの身の回りには解明されていない「日常のサイエンス」が溢れている。時には自然の中に身をおいて,理学の魅力を再確認してみるのも良いのではないだろうか。

 

 

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理学部ニュース2023年11月号掲載

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