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理学部ニュース

ダークマター:宇宙の主なる物質の正体は?

森山 茂栄
(宇宙線研究所 教授)

ダークマターの存在が1933 年に示唆されて以来,その正体の理解の努力が続けられている。宇宙の物質の80% 以上は原子や分子ではない未知の物質ダークマターであるが,果たしてその正体は何だろう。ダークマターを理解することで背景にある物理の扉を開くことが期待されるため,この謎の解明へむけた実験的成果への期待が益々高まっている。

ダークマターの存在を示すデータの例を見てみよう。図1に示したのは,銀河の回転速度の観測結果である。銀河が回転する際,個々の天体の運動は,回転による遠心力とその軌道の内側にある星やガスなどの重力による向心力が釣り合っているはずだ。しかし,軌道の内部にある星やガスなどの重力から推測される回転速度(破線)よりも,実際に観測される回転速度(点と実線)がはるかに大きい。これは星やガスなどではない物質が重力場を支配していることを示している。このような説明できない現象が宇宙の様々なスケールに存在するのだが,ダークマターを1種類仮定すれば一気に解決すると考えられている。

ダークマターが素粒子であれば宇宙初期に生成され現存することができる。その場合,重力以外の相互作用で検出し,正体を解き明かすことが期待されるため,その「探索」が広く行われている。ただしダークマターの質量は未知であり,通常の物質との相互作用は弱いと考えられる。探索にはダークマターの質量等に合わせた装置や観測方法が必要となるので,有力な質量領域に絞った深い探索と,偏見のない幅広い探索の双方が重要である。

1990 年代から始まった宇宙背景輻射の精密観測に基づいて,ダークマターの存在は更に疑いないものとなった。その頃から既に,弱く相互作用する質量のある粒子(Weakly Interacting MassiveParticles, WIMPs),強い力のCP 問題を解決するアクシオンが2 大候補と見られてきた。加速器を用いる研究者や宇宙を観測する研究者は,実験データにダークマターの証拠が含まれていないか,徹底的な探索を行っている。ダークマターを直接検出しようとする研究者は,実験室に高感度なダークマター探索装置を用意し,ダークマターが衝突する等の相互作用の痕跡の探索に挑戦している。図2 はWIMPs と通常の物質(核子)との散乱断面積(衝突する確率に比例)の上限値を示したものである。WIMPs の散乱断面積は未知であるが,今後10 年ほどで可能性のある領域を深くカバーし尽くし大発見に挑むのだ。


上:銀河の回転速度の観測結果。星やガスなどで構成される銀河円盤の質量から推定される回転速度よりはるかに大きな速度で回転している。目に見えないダークマターの存在が示唆される
下:WIMP ダークマター探索の感度向上の歴史と今後。筆者も参加している大型のダークマター探索実験(写真)では,大量の液体キセノンを標的とし,ダークマターが衝突した際に生じる発光等を検出する装置を用いている。今後10 年程でWIMPs が持ちうる散乱断面積の領域をほぼ探索し尽くし,ダークマターの正体であるか結論を目指す

一方WIMPs に比べてもっと軽いダークマターや,天体ほどに重たいダークマター等の幅広い可能性が最近とりわけ注目されている。新しく斬新なアイディアに基づき,小型の観測装置や、宇宙観測のデータに基づいた大発見の可能性も十分に有り得る。そのようなアイディアを生み出してじゃんじゃん実験的研究を進めることが大事である。筆者の大学院の頃の指導教官は,「今日のアイディアは何だ?」と,学生にせっついたものだ。アイディアと実行力と粘り強さを持ってダークマターの研究に取り組もうではないか。

 

理学部ニュース2023年9月号掲載

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