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理学部ニュース

量子センサを自在に並べる!

佐々木 健人(物理学専攻 助教)
小林 研介(知の物理学研究センター/物理学専攻 教授)
 

 

量子力学の原理に基づいて物理量を精密に測定することを量子センシングと呼ぶ。
その代表例が,透明な結晶中に存在する不純物由来の結晶欠陥を
量子力学的な測定器(量子センサ)として用いる磁場測定である。
わたしたちは,窒化ホウ素の結晶中の狙った場所に量子センサを作り出す技術を開発した。
この技術を用いると1 μm以下の高い空間分解能で微小磁場の測定ができる。
これは,磁石の研究などに幅広く適用可能な新技術である。

わたしたちが原子・分子やそれらが集まってできた物質の性質を理解できるのは量子力学のおかげである。近年,理解するための手段としてだけではなく技術として量子力学を利用しようという量子技術の研究が進んでいる。量子センシングはその一つである。

皆さんはピンクダイヤモンドというピンク色のダイヤモンドをご存知かもしれない。その正体は,ダイヤモンド中に不純物として含まれる窒素由来の結晶欠陥(NV 中心)である。ピンク色を呈するのはその内部に量子力学的なエネルギー準位が存在するためである。一般に,このような独特の色を呈する結晶欠陥を色中心(いろちゅうしん)と呼ぶ。

数ある色中心のなかでもNV 中心は特殊な性質をもつため,量子センサとして利用できる。緑色の光を照射した際に出てくる赤色の発光量がNV中心の感じている磁場によって変化するのである。この事実を用いると磁場を精密に(たとえば地磁気の百分の一程度であれば容易に)決定できる。いわば原子サイズの超精密な方位磁針である。

NV 中心量子センサは過去10 年以上にわたって研究されてきたが,実用には課題がある。正確な磁場測定のためには,センサをできるだけ測定対象に近づける必要があるが,硬いダイヤモンドではそれが難しい。また,狙った場所にセンサを作ることや小型のセンサをつくることも容易ではない。ところが,最近,透明結晶である六方晶窒化ホウ素(hBN)に存在するホウ素欠陥と呼ばれる色中心が量子センサとして利用できることが発見され,状況が変わった(図左)。hBN はファンデルワールス結晶であるため数nm 程度の薄さで剥がすことができ,加工も容易である。そのため色中心量子センサの適用範囲が格段に広がると期待されているのである。

わたしたちはhBN 量子センサをさらに便利に使うための新技術を開発した。具体的には,ヘリウムイオンをビーム状にして物質にぶつけることのできるヘリウムイオン顕微鏡を用いることで,ナノメートルの精度で狙った場所にホウ素欠陥を作り出すことに成功した。図右はそのようにしてhBN結晶中に配列させた量子センサの発光像である。各スポットはホウ素欠陥の集合体であり,イオンビームの照射スポット(100 nm)と同程度の広がりしか持たない。この技術を利用すれば,高い空間分解能を持つ磁場イメージングができる。実際,わたしたちは光学顕微鏡を用いながらも回折限界を超える空間分解能が得られることを示した。

(左)六方晶窒化ホウ素の結晶の概念図。中央のホウ素が抜けた部分が色中心であり,ここに存在する電子のスピンが量子センサとして機能する。
(右)結晶中に斜め格子状に配列させた量子センサ

 

この研究は量子センシングの新しい方向性を生み出すものである。ダイヤモンドと異なりhBN量子センサは微小薄片として安価に大量に作りだせる。近い将来,この技術をもとに汎用のディスポーザブル量子センサによる磁場測定技術を確立できれば,量子技術実用化の好例となる。それがわたしたちの願いである。

本研究成果はK. Sasaki et al ., Appl. Phys.Lett. , 122, 244003(2023)に掲載された。

 

 

(2023年6月16日プレスリリース)

理学部ニュース2023年9月号掲載

 

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