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理学部ニュース

在外学問のすゝめ

白井 厚太朗(大気海洋研究所 准教授)

海外での経験は人生を変えるだけのインパクトがあると思う。私が地球科学を研究テーマとして決めたのは学部生時代の巡検でハワイ島の壮大な火山地形を見たことがきっかけだったし,研究者として生きていくことを決意した理由の一つにいろいろな国に行くことができる国際的な仕事だということがある。地球科学という研究テーマのおかげで,大海原のど真ん中や南極大陸などふつうではなかなか行くことができない場所に行くことができ,それが研究をさらに発展させようというモチベーションにもなっている。

研究においても海外経験は有意義で,他には代えがたい価値があると思っている。私は,ポスドク時代にドイツ・マインツ大学で1年間,そして2023年の2月まで半年間メルボルン大学で在外研究する機会を得ることができた※。イギリスの南極調査船に日本人1人,2ヶ月弱どっぷり缶詰になったこともある。私より海外研究経験が豊富な猛者はまだまだたくさんいると思うが,私もそれなりの経験を積むことができて,若かりし頃の希望は存分に叶えられていると感じている。これまで在外研究を経験するたびに,「あのとき海外で研究したからこそ,こういう考え方ができるようになった」といった,思考回路や視野の広がりを強く感じるようになった。そして,こういう経験をするためには実験などで短期間滞在するだけの「お客様」の状態では不十分なのである。一緒にセミナーで議論したり,食事やお茶をしながら雑談したり,お酒を飲み交わしたり,調査で一緒に作業をしたり,といった日常の何の変哲も無い会話などから気づいて学ぶことが実に多い。どっぷり現地のコミュニティに溶け込んでこそ解ることがたくさんあるのだ。多様な価値観や視点があることを認識・体感して,自分のスタイルに取り入れることは大きな糧となるはずである。

British Antarctic Surveyの調査船(RRS James Clark Ross)で行った南極の写真

最近は海外に行く若手が少なくなってきているそうだが,長期的にみれば大きく成長するはずなので,少し遠回りな気がするとしても,若いうちに一度は海外で研究する機会を作って欲しい。場所や環境を大きく変えて,さまざまな人と交流し,多様な経験をする,というのが成長するためには重要なのである。そして,なかなか難しいかもしれないが,家族の都合がつくようであればぜひ家族と一緒に行ってみて欲しい。研究文化を形作っているのはその国の社会文化であり,家族と一緒の方がその社会文化をより深く体感できると思う。

渡航先を決めるためのポイントは人それぞれだろう。ビッグラボを選ぶ人もいれば,新進気鋭の若手を選ぶ人もいる。私の場合は末永く一緒に研究ができる仲間を見つけるということを重要視していたので,得意分野が少し違って,新しい分野を切り開いている同年代か少し上の研究者,という観点で決めた。なんだかんだ言って研究は人がやっていることなので,「世界最先端の共同研究!」のようなすごいプロジェクトも結局は仲が良い研究者同士で進んでいくことが多い。先ほど述べた「どっぷり溶け込む」というのは,研究ネットワークを作るという点でも重要なのである。

このように,在外研究というのは研究者を成長させるために非常に効果的である。若い人たちには在外研究を強く勧めたい。そして偉い先生方にお願いです。中堅・シニア研究者でも定期的に在外研究ができるように,サバティカルを気兼ねなく取れるような環境をぜひ整備して下さい!

 

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理学部ニュース2023年9月号掲載

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