DATE2023.04.20 #Press Releases
ヤスデはどのように体節や脚を増やすのか?
――脱皮直前に突出する透明突起の中に新しい2対の脚が形成される!――
千代田 創真(生物科学専攻 修士課程)
小口 晃平(臨海実験所 特任助教)
三浦 徹(臨海実験所 教授)
発表のポイント
- ヤスデ類では、脱皮ごとに体節と脚が増える「増節変態」という現象が知られている。昆虫学者ファーブルによって「1回の脱皮で脚のない体節が追加され、次の脱皮でその体節に脚が生える」という法則が1855年に提唱されていたが、脱皮時の形態形成過程は未解明であった。
- マクラギヤスデにおける詳細な観察の結果、脱皮前に脚のない体節の腹側に2対4本の脚が包まれた透明な突起が出現し、突起の表皮を脱皮することで脚が増える過程が明らかになった。
- 本研究により、増節変態についての分子機構や進化過程の研究基盤が構築された。今後、節足動物の多様な形態の進化について理解が深まることが期待される。
マクラギヤスデで発見された脱皮に先立つ透明突起の突出
発表概要
東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の三浦徹教授および千代田創真大学院生らを中心とした研究グループは、都市公園などで容易に採集されるマクラギヤスデを用いて、脱皮時に体節(注1)と脚が追加される過程を初めて詳細に明らかにした。 多足亜門(注2)ヤスデ綱(以下、ヤスデ類)では、脱皮のたびに体節や脚を増やしながら成長する「増節変態(注3)」という発生様式が見られる。ヤスデ類の増節変態については、1855年にファーブルが提唱した「増節変態の法則」により、「まず脱皮によって脚のない体節が追加され、次の脱皮でその体節に脚が生える」という段階的な増節パターンが知られていた(図1)。しかし、体節と脚が追加されるときにどのような形態変化が見られるのかは未解明であった。観察の結果、脱皮に先立って前の脱皮で追加された脚のない体節の腹面に透明な突起が出現することが明らかになった。この突起には2対4本の脚が内包されていた。
本研究により、増節変態における体節・脚の追加メカニズムを研究する上での基盤となる成果が得られた。今後、こうした現象の背景にある分子機構や進化過程を明らかにしていくことにより、節足動物の多様なボディプランの進化について理解が深まることが期待される。
図1:ファーブルによって提唱された「増節変態の法則」の模式図。
脚のある体節の完成には2回の脱皮が必要である。まず体節のみが追加され(1)、次の脱皮でそこに脚が追加される(2)。
発表内容
〈研究の背景〉
節足動物門は地球上でもっとも多様化した動物門である。その形態的な多様性を理解する上で、「体節」や「脚」をどのように形成するのかという点は、進化発生学の重要な問いの1つである。節足動物の中でもムカデやヤスデなどを含む多足類は、とりわけ多数の同型の体節・脚が特徴的なグループである。多足類は世界中に分布し、身近な分類群であるにも関わらず、昆虫類などに比べると著しく研究が遅れており、とりわけ発生に関しては分かっていないことが多い。多足類では、孵化後の後胚発生において、脱皮のたびに体節や脚を増やしながら成長する「増節変態」という発生様式が見られる。増節変態は節足動物における祖先的な発生様式と考えられ、節足動物のボディプランの進化を理解する上で重要である。しかしながら、増節変態に関する研究のほとんどは生活史の記載にとどまっており、体節・脚の追加メカニズムに関してはほとんど未解明であった。
そこで東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の三浦徹教授および千代田創真大学院生らを中心とした研究グループは、増節変態をするヤスデ類に着目した。ヤスデ類の増節変態については、1855年にファーブルによって提唱された「増節変態の法則」によって、体節や脚の段階的な追加パターンが明らかになっていた(図1)。しかし、脱皮時にどのような形態変化が起こることで体節や脚の追加が起こるのかは未解明であったため、関東近郊の都市公園などで容易に採集でき飼育可能なマクラギヤスデNiponia nodulosa(図2)を用いて、脱皮時の形態変化の観察を行った。
図2:研究材料種のマクラギヤスデNiponia nodulosaの各発生段階。
孵化後の1齢幼体はわずか7体節で脚は3対しかないが、7回の脱皮を経て20体節の成体になる。
〈研究の内容〉
脱皮の5–7日前にあたる「準備期」と脱皮の直前にあたる「静止期」について、体節と脚が追加される尾端を形態学および組織学的に観察した。共焦点レーザー顕微鏡(注4)などを用いた観察の結果、以下のような形態変化が明らかになった(図3)。
(1) 準備期には前の脱皮で追加された脚のない体節の腹面に目立った構造は観察されないが、静止期になると透明突起が腹面中央に観察される。透明突起は、脚のない体節1つあたり1本観察される。
(2) 準備期には脚のない体節の内部に各体節2対4本の脚原基が観察される。静止期になるとこの2対4本の脚がひとまとまりになって1本の透明突起として突出する。
図3:マクラギヤスデの脱皮前に見られる外部・内部形態の変化。
5齢幼体について代表して図示した。各齢の脱皮で同様の形態形成が観察される。
静止期に出現する透明突起について、組織切片、走査型電子顕微鏡(注5)を用いた観察結果から、表面を覆う膜は節間膜(注6)に由来することが分かった(図4)。準備期には、たわんだ状態の節間膜が、脚原基の伸長に伴って展開し、静止期には透明突起を覆う膜となることが明らかになった。
図4:透明突起の突出に伴う節間膜の形態変化。
これらの観察結果から、マクラギヤスデの脱皮時には図5のような形態変化が見られることが明らかになった。これは、増節変態に際する体節や脚の追加の発生過程を初めて詳細に解明したものである。脱皮に先立って透明突起が突出する劇的な形態形成過程は、一般に脱皮によって形態を変化させる節足動物においては例外的な現象と言え、ヤスデ類で新規に獲得された発生過程だと考えられる。
図5:本研究で明らかになったマクラギヤスデの脱皮時の形態形成過程の模式図。
5齢幼体から6齢幼体への脱皮について代表して図示した。各齢の脱皮で同様の形態形成が観察される。
〈著者のコメント〉
地球上のあらゆる環境に適応放散している節足動物は、「体節」の数や形、そしてそこから生える「脚」を進化の過程でさまざまに変化させることによって多様化を実現してきた。本研究では、マクラギヤスデにおいて新規の形態形成過程を発見し、多足類における体節・脚の追加メカニズムの解明に向けて基盤となる成果を得た。今後、その分子機構や進化過程についてさらに研究を進めていくことで、節足動物の形態の多様化についての理解が深まることが期待される。
今回の研究では、マクラギヤスデのような私たちの足元に暮らす生物から、節足動物はなぜここまで多様化したのかという大きな問いに迫ることができた。ごく身近な生物にもまだまだ未知の現象が数多く存在している。今後も多様な視点を持って研究に取り組むことで、多くの新発見が見出せるかも知れない。
論文情報
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雑誌名 Frontiers in Zoology 論文タイトル Appearance of a transparent protrusion containing two pairs of legs on the apodous ring preceding the anamorphic molt in a millipede, Niponia nodulosa 著者 Soma Chiyoda, Kohei Oguchi, Toru Miura* DOI番号
研究助成
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号:18H04006、三浦徹)の支援により実施された。
用語解説
注1 体節
節足動物の体を構成する基本単位で、通常1つの体節は1対の付属肢を備える。しかし、ヤスデ類は「倍脚類」とも呼ばれるように例外的で、2対の付属肢を備える「重体節」を持つ。重体節は、近年の研究から2つの体節が融合したものであると考えられている。↑
注2 多足亜門
節足動物門に属する亜門の1つで、「多足類」と呼ぶこともある。現生種は全て陸生である。多くの種は細長い体型をしており、多数の同規的な体節と脚を持つ。ムカデ、ゲジ、ヤスデなどを含む。↑
注3 増節変態
脱皮のたびに体節を増やしながら成長する発生様式のこと。ウミグモやダニといった鋏角類、一部のムカデを除く多足類、オキアミやカブトエビなど多くの甲殻類で見られる。反対に、脱皮ごとに体節を増やさずに成長する発生様式を「整形変態」と言い、昆虫やクモなどで見られる。↑
注4 共焦点レーザー顕微鏡
試料にレーザー光を照射して、試料から発する蛍光を検出することによって画像を取得する顕微鏡の一種。生物試料の観察したい部分だけを蛍光観察することが可能であるため、厚みのある試料の内部構造についてもピントの合った高精細な蛍光画像が取得できる。↑
注5 走査型電子顕微鏡
電子顕微鏡の一種。生物試料の微細な表面構造を観察できる。固定/脱水された試料に電子線を絞った電子ビームを照射し、試料表面から放出される二次電子、反射電子、透過電子、X線、カソードルミネッセンス(蛍光)、内部起電力等を検出する事でその表面構造を観察する。↑
注6 節間膜
節足動物において見られる、各体節を構成する硬化したクチクラをつなぐ柔らかい膜状のクチクラのこと。↑