DATE2023.02.15 #Press Releases
螺旋構造をとる直方晶タングステンの発見
――巨大スピン流発生材料の開発へ大きな一歩――
石河 孝洋(物理学専攻 特任助教)
明石 遼介(物理学専攻 助教*研究当時)
林 将光(物理学専攻 准教授)
常行 真司(物理学専攻 教授)
発表のポイント
- 進化的アルゴリズムと第一原理電子状態計算を組み合わせた結晶構造探索手法により、螺旋構造をとる直方晶タングステンを発見した。
- この直方晶タングステンは、巨大スピン流が観測されている立方晶タングステンよりも大きなスピンホール効果を示す。
- 直方晶タングステンの薄膜成長に最適な基板結晶を発見できれば、新たな巨大スピン流発生材料の開発につながると期待される。
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の石河孝洋特任助教、常行真司教授、林将光准教授らは、JSR株式会社との包括連携拠点CURIEにおける共同研究によって、大きなスピンホール効果を示す直方晶タングステンを第一原理電子状態計算(注1)で予測しました。進化的アルゴリズム(注2)を用いた結晶構造探索手法をタングステンに適用させた結果、これまでに知られている立方晶のα相及びβ相に加えて、新たに15種類の準安定構造が得られました。このうちのひとつである直方晶構造はα相に相当する体心立方構造の螺旋変形によって形成されており、スピンホール効果が巨大スピン流の発生が観測されているβ相の1.2倍に増大することを予測しました。この結果は、巨大スピン流発生材料の開発のための新たな指針となると期待されます。
本研究成果は、2月15日(現地時間)に、米国物理学会誌「Physical Review Materials」のオンライン版に掲載されました。
発表内容
固体中の電荷に加えて電子のスピンの自由度を積極的に利用することで新機能性デバイスの実現を目指すスピントロニクスの研究分野では、上向きスピンと下向きスピンとが互いに逆方向に流れる「スピン流」を理解し、制御することが重要となります。スピン流は、電流におけるオームの法則に相当する散逸機構が無く、量子力学的重ね合わせ状態の生成が容易であることからエネルギーロスの無い情報伝送や量子情報伝送が実現できるため、その生成・検出・制御に関する数多くの研究がなされています。また、スピン流を磁性体に流すと、その磁化の向きを制御できることが明らかになっており、磁気メモリへの応用が期待されています。そのため、電気的手段でスピン流を生成する「スピンホール効果」(注3)を利用したアプローチが注目されています。
新規スピン流発生材料の発見を目指して、本研究では、低価格で、且つ巨大スピンホール効果を示すタングステンに注目しました。タングステンは最安定な体心立方構造(α相)と準安定なA15型構造(β相)が薄膜で得られており、β相は単体では最大級のスピン流を生み出すことが知られています。本研究グループは、進化的アルゴリズムと第一原理電子状態計算を組み合わせた結晶構造探索手法をタングステンに適用させて、新たに15種類の準安定構造を発見しました。確立された理論モデルを用いてスピンホール効果の大きさを調べた結果、図1で示す直方晶構造で大きなスピンホール効果が得られることを見出しました。これはα相の体心立方構造が螺旋変形した構造となっており、スピンホール効果はα相よりも2倍大きく、また、巨大スピン流の発生が観測されているβ相よりも1.2倍大きくなります。同様の効果がモリブデンやタンタルなど、他の重金属でも起きることがわかり、螺旋変形した構造が大きなスピンホール効果を誘起することがわかりました。
図1:(左)体心立方構造をとるタングステンα相。ACAC…と積層したジグザグ構造を形成する。(右)進化的アルゴリズムで得られた直方晶タングステン。ABCDABCD…と積層した螺旋構造を形成する。
本研究は、進化的アルゴリズムを援用したスピン流発生材料の探索のモデルケースとなります。原子層ごとに薄膜を積層して人工物質を作り出す現代の成膜技術を利用すれば、準安定な構造を安定化できることが知られています。進化的アルゴリズムによる結晶構造探索、第一原理計算と理論モデルを用いたスピンホール効果の計算を組み合わせることで、革新的なスピン流発生材料の開発にもつながると期待されます。
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻とJSR株式会社は、物理と化学の融合を目指す包括的連携に合意し、2020年4月1日より共同研究を開始いたしました。本研究は、その協創オフィス「JSR・東京大学協創拠点CURIE」における共同研究で得られた成果となっています。
発表者
石河 孝洋(物理学専攻 特任助教)
明石 遼介(物理学専攻 助教:研究当時/現在:量子科学 技術研究開発機構高崎量子応用研究所量子機能創製研究センター 主任研究員)
林 将光(物理学専攻 准教授)
常行 真司(物理学専攻 教授)
久保 光太郎(JSR株式会社RDテクノロジー・デジタル変革センター 主事)
犬飼 晃司(JSR株式会社RDテクノロジー・デジタル変革センター 主事)
栂 裕太(JSR株式会社RDテクノロジー・デジタル変革センター 主事)
リッターポン イッティ(JSR株式会社RDテクノロジー・デジタル変革センター JSR・東京大学協創拠点CURIE 室長)
発表雑誌
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雑誌名 Physical Review Materials 論文タイトル Large intrinsic spin Hall conductivity in orthorhombic tungsten著者 Takahiro Ishikawa*, Ryosuke Akashi, Kotaro Kubo, Yuta Toga, Koji Inukai, Itti Rittaporn, Masamitsu Hayashi, and Shinji TsuneyukiDOI番号
用語解説
注1 第一原理電子状態計算
実験値に基づいたパラメーターを用いることなく、物質の電子状態を求める計算手法。電子状態が分かれば物質の物理・化学特性を調べることができるため、実験データの検証や新たな機能性材料の探索・予測に用いられる。↑
注2 進化的アルゴリズム
生殖、突然変異、遺伝子組み換え、自然淘汰、適者生存といった進化の仕組みを模倣して、与えられた問題に対する近似解や最適解を発見する計算手法。物質科学の分野では、結晶構造の予測、安定組成の予測、物性予測モデルの作成などに応用されている。本研究では、進化的アルゴリズムの中の最も一般的な手法である遺伝的アルゴリズムを使用している。↑
注3 スピンホール効果
外部電場に垂直な方向にスピン流が生成される現象。基本的に原子番号が大きい物質で大きな効果が発現することが知られている。半導体のガリウム砒素で発現することが最初に実験で確認され、その後、金属の白金、タンタル、タングステンなどで大きな効果が観測されている。↑