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Press Releases

DATE2022.02.07 #Press Releases

冬季成層圏の「深い循環」の3次元構造を解明

 

佐藤 薫(地球惑星科学専攻 教授)

木下 武也(海洋研究開発機構 研究員)

高麗 正史(地球惑星科学専攻 助教)

 

発表のポイント

  • 3次元ラグランジュ流(注1) の理論式を導出し、冬季成層圏の赤道域から極域に向かう「深い循環」が東シベリアで強く、北アメリカでは逆向きとなる特徴的な構造を持つことが解明された。
  • 成層圏・中間圏の物質循環の3次元構造は、これを記述する理論が未整備で東西平均した2次元(緯度高度)構造のみ議論されることが多かったが、本研究はそれを可能にする理論構築を行った。
  • オゾンは赤道上部成層圏で生成され成層圏の大気循環に乗って世界中に運ばれる。本研究はその流れのルートを見出す理論ツールを開発したことになる。地球の中間圏や地球型惑星の金星や火星の物質循環の3次元構造の解明にも利用できる。

 

発表概要

成層圏のラグランジュ流は、赤道域の上部成層圏で生成されるオゾンを全球に運び地球のオゾン層を維持する重要な流れである。これまで、東西平均したラグランジュ循環の近似式を与える変形オイラー平均方程式系(注2)等によって、2次元(緯度高度)断面における物質循環の構造や駆動メカニズムが議論されてきた。経度構造を含む3次元構造を調べるには、3次元ラグランジュ流の理論式が必要だが、気圧の谷や尾根の位置が動かない地面に対して位相が固定された波(定在波)によるドリフト効果の定式化が難しく理論構築がなされていなかった。

これに対して、東京大学大学院理学系研究科の佐藤薫教授らは、東西平均東西風を基本場とする従来の定式化の前提を捨て、東西と南北の対称性の良い式変形を行うことで、変形オイラー平均方程式系を3次元に拡張し、3次元ラグランジュ流の近似式の導出に成功した。

この式を用いて、冬季にのみ存在する深い循環と呼ばれる中上部成層圏において低緯度から極域に向かう大循環を解析したところ、東西一様ではなく、東シベリアで強く、北アメリカでは逆向きであることが明らかとなった。すなわち、東シベリア上空の極域への流れは、オゾンが赤道域から中高緯度に運ばれる主なルートと解釈できる。この理論式は汎用性が高く、中間圏や下部成層圏の循環だけでなく、金星や火星など地球型惑星の大気大循環の構造や駆動メカニズムの解明にも利用することができる。

 

発表内容

研究の背景
成層圏の大循環は、赤道域の上部成層圏で生成されるオゾンを全球に運びオゾン層を維持する重要な流れである。このようなオゾン等を運ぶ空気塊の流れをラグランジュ流という。成層圏の大規模なラグランジュ流は、対流圏で発生し上方に伝播するロスビー波(注3) や大気重力波(注4) と呼ばれる大気波動による角運動量の再分配や、大気が吸収する太陽放射の季節変化によって駆動される。これまで、東西平均した2次元のラグランジュ循環に関する理論式が提案され、これを用いた議論がなされてきた。図1に成層圏・中間圏での緯度高度断面における東西平均のラグランジュ循環の様子を示す。

図1:東西平均したラグランジュ流の様子。成層圏には低緯度から両極に向かう循環が、中間圏には夏極から冬極に向かう循環がある。成層圏の循環は、下層の両半球対称な循環(浅い循環)と冬半球にのみ存在する深い循環がみられる。

 

この循環の経度構造を含む3次元構造を調べるには、3次元ラグランジュ流についての理論式が必要である。これまでいくつかの試みがなされてきたが、地面に位相が固定された定在波の扱いが困難で、その理論構築は未解決の問題であった。2次元のラグランジュ流を記述する方程式系としてよく用いられるものに変形オイラー平均方程式系がある。この方程式系ではラグランジュ流の良い近似式が記述できる。地球大気では東西のジェット気流が卓越しているため、東西平均東西風を基本場として扱うことが多い。そのため変形オイラー平均方程式系の3次元への拡張も東西平均東西風を基本場として試みられることが多かった。

 

研究内容
これに対して、東京大学大学院理学系研究科の佐藤薫教授らは、東西平均東西風を基本場とする前提を捨て、東西と南北の対称性の良い式変形を行うことで、変形オイラー平均方程式系を3次元に拡張することに成功し、3次元ラグランジュ流の近似式を導出した。ラグランジュ流は空気塊の流れで、場所を固定して平均をとったオイラー平均流と、波によるドリフト効果(ストークスドリフト)の和で表される。導出した理論式は平均として時間平均を用いるが、物理量を平均場と波の場に分離することなく記述する。これにより困難だった地面に対して位相が固定された波(定在波)のドリフト作用の定式化が可能となった。また、この理論式をデータ解析に用いるときには、波を分離する必要がないというメリットがある。

また、得られた3次元ラグランジュ流を用いた東西方向と南北方向の平均風の運動方程式を眺めることで、3次元ラグランジュ流が、定在波も含め、波によって運ばれる角運動量とバランスする流れであるという、物理的解釈も与えることができた。時間平均を1か月程度に短めにとることで、ラグランジュ流の季節変化も解析することが可能である。

中上部成層圏においては、冬季にのみ「深い循環」と呼ばれる赤道から冬極に向かう循環が存在する。導出した理論式の適用例として、この循環に着目して大気再解析データ(注5) を用いて解析を行った。得られた水平マップを図2に示す。物質循環に本質的な地衡風(注6) に直角な成分をプロットしてある。深い循環は東西一様ではなく、低緯度から極域に向かう流れは東シベリアで強く、北アメリカでは逆向きであることが明らかである。東シベリア上空の極域への流れは、オゾンが赤道域から中高緯度に運ばれる主なルートと解釈できる。

図2:導出した理論式を用いて解析した7hPaの気圧面(高度約40km)でのラグランジュ流の北極を中心としたポーラーステレオ図。図1に示した流れの経度分布を示す、地衡風に直角な成分のみ示してある。

 

社会的意義・今後の予定
この理論式は汎用性が高く、グローバルな格子点データがあれば、ラグランジュ流の3次元構造が解析可能である。今後、中間圏や下部成層圏の各季節での循環構造やその年々変動の解析を進める予定である。また、金星や火星など地球型惑星の大気循環にも適用可能であり、その構造や駆動メカニズムについても詳しく調べていく計画である。

 

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」研究領域 (研究総括: 雨宮慶幸)における研究課題「大型大気レーダー国際共同観測データと高解像大気大循環モデルの融合による大気階層構造の解明」課題番号 JPMJCR1663 (研究代表者:佐藤薫)、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤B「先進的気球観測による南極域における大気重力波の確率的振る舞いの解明」課題番号 18H01276 (研究代表:佐藤薫)の一環として行われました。

 

発表雑誌

雑誌名
Journal of the Atmospheric Sciences
論文タイトル
A new three-dimensional residual flow theory and its application to Brewer–Dobson circulation in the middle and upper stratosphere
著者
Kaoru Sato*, Takenari Kinoshita, Yuki Matsushita and Masashi Kohma
DOI番号

https://doi.org/10.1175/JAS-D-21-0094.1

 

用語解説

注1  ラグランジュ流

大気塊(流体粒子)の流れ。大気の質量や、水蒸気やオゾン、二酸化炭素等の大気微量成分の流れを表現する。

注2  変形オイラー平均方程式系

東西平均の大気の運動や気温の時間変化やバランスを記述する方程式系の1種。南北方向、鉛直方向の空気塊の流れ(ラグランジュ流)の近似形も与える。

注3  ロスビー波

重力波と並ぶ大気の主要波動の一つ。地球の自転による見かけの力であるコリオリ力は同一の風速に対しても、高緯度ほど強いことから現れる波動。時空間スケールが大きいので気候モデルで解像できる。

注4  大気重力波

ロスビー波と並ぶ大気の主要波動の1つ。浮力を復元力とする時空間スケールの小さな波動。重力波とも呼ぶ。気候モデルでは通常解像できないので、その運動量輸送をパラメータ化して表現。最新の高解像気候モデルでは解像できるようになってきた。

注5  大気再解析データ

数十年にわたる大気観測データをもとに同一の大気大循環モデルや解析手法で求められた、風や気温、気圧、水蒸気量、放射など大気の状態を記述する均一な3次元格子点データの時系列。日本の気象庁を含め世界の各気象機関により作成されている。

注6  地衡風

気圧傾度力とコリオリ力(地球の自転により生じる見かけの力。北半球では風速ベクトルに対して右向きに働く)がバランスするように吹く風。中緯度では、地表近くを除き水平スケール約1000km以上の現象に伴う風はほぼ地衡風であるといってよい。