DATE2021.11.22 #Press Releases
多細胞個体の「老化死」を獲得する複数の進化経路
―4つの体細胞を持つ稀産緑藻アストレフォメネの全ゲノム解読から解明
山下 翔大(国立遺伝学研究所 博士研究員/生物科学専攻 博士課程3年(研究当時))
野崎 久義(生物科学専攻 特任研究員/准教授(研究当時))
発表のポイント
- 体細胞をボルボックス(注1)とは独立に獲得した多細胞緑藻アストレフォメネ(注2)の全ゲノム解読と解析を行ない、体細胞分化に関わる遺伝子群を解析しました。
- ボルボックスで明らかとなっていた体細胞分化遺伝子をアストレフォメネが持たないにも関わらず、体細胞の遺伝子発現パターンが両種で類似していることを明らかにしました。
- アストレフォメネとボルボックスの体細胞の進化をより詳細に比較していくことで、多細胞生物の体細胞獲得の進化の普遍原理が解明されることが期待されます。
発表概要
動物や植物など、多細胞生物の体は多くの細胞から構成されていますが、次世代を作る細胞は少数であり、ほとんどは体細胞として必然的に死ぬ運命にあり、これが多細胞個体の運命とも言える「老化死」であると考えられます。しかし、単細胞生物から多細胞生物への進化の過程で、そのような体細胞がどのように獲得されてきたかについてはほとんど未解明です。唯一、緑藻ボルボックスについて、体細胞の分化に関わる遺伝子が発見され、その進化が研究されていました。
東京大学大学院理学系研究科、国立遺伝学研究所、国立環境研究所等の研究グループはボルボックスとは独立に、ごく少数の体細胞を進化させたアストレフォメネの全ゲノム解読などの解析を行ない、アストレフォメネがボルボックスのもつ体細胞分化遺伝子を持たないことと、それにも関わらず分化した体細胞の遺伝子発現パターンが両種で類似していることを明らかにしました。本研究ではアストレフォメネで独立に進化した体細胞分化遺伝子の候補も発見しています。アストレフォメネとボルボックスの体細胞の進化をより詳細に比較していくことで、これまでボルボックスでの知見のみでは解明することができなかった、多細胞生物の体細胞獲得の進化の普遍原理が解明されることが期待されます。
発表内容
私たちヒトをはじめとして、動物や植物などはたくさんの細胞から構成された体をもつ多細胞生物です。多細胞生物の体を構成する細胞のうち、生殖細胞として次世代をつくる細胞は少数で、残りの多くの細胞は体細胞として必然的に死ぬ運命にあり、これが多細胞個体の老化死をもたらします(注3)。一方、単細胞生物ではすべての細胞が分裂による生殖をして次世代となる可能性があり、世代を経ることで必然的に死ぬ細胞はありません。従って、多細胞個体の「老化死」をもたらす生殖細胞と体細胞の役割分化は、単細胞生物であった祖先から多細胞生物への進化の過程で、何回も独立に獲得されてきたものなのです。しかし、進化の過程でどのような遺伝子の進化によって体細胞の分化が獲得されてきたのかは、これまでほとんど明らかになっていません。
この進化の謎を解くカギとなる生物群がボルボックス系列緑藻です(図1)。ボルボックス系列緑藻は、単細胞生物のクラミドモナスから、2000個ほどの細胞が集まったシンプルな多細胞生物であるボルボックスに至るまで、進化の幅広い中間的形質をもつ種を含んでいます(図1A)。中でも、体細胞と生殖細胞の分化については、体細胞をもたずに全ての細胞が生殖を行なう種(ゴニウムなど、図1B)と、体細胞の分化をもつ種(ボルボックスなど、図1C)がどちらも含まれており、多細胞生物が体細胞の分化を獲得する進化の研究に適しています。
ボルボックスの体細胞は小さく外側に並んでおり、鞭毛による運動性に特化しています。一方、内側に位置する生殖細胞は鞭毛をもたず、光合成による成長とその後の生殖に特化しています。多細胞体として泳ぐためのエネルギーを体細胞が担うことで、生殖細胞はエネルギーを自身の生殖に集中させることができるのです(図1C)。この分化を担っているのがregA(注4) と呼ばれる転写因子で、regAは体細胞のみで発現してその分化運命を制御しています(文献1)。しかし、遺伝子レベルで解明されている体細胞の進化はこのボルボックスのregA一例のみであり、多細胞生物に広くみられる体細胞の進化の普遍原理を解き明かすには知見が不十分でした。
図1:多細胞生物進化のモデル生物群、ボルボックス系列緑藻。A.ボルボックス系列緑藻の系統関係と体細胞の進化(本研究のゲノム系統解析に基づく)。ボルボックス系列緑藻は単細胞生物のクラミドモナスから体細胞と生殖細胞の分化を備えたボルボックスに至るまで、中間的形質をもつ種を幅広く含む生物群である。近年、代表的な種について続々と全ゲノムが解読されており、比較ゲノム解析に立脚した多細胞化の進化生物学的研究が進められている。このグループにおいて、体細胞の獲得はボルボックスとアストレフォメネの祖先で独立に起こっている。 B.細胞分化のない祖先的な多細胞体を形成するゴニウムの生活環。ゴニウムでは全ての細胞が無性生殖を行ない、娘群体を形成する。C.ボルボックスの生活環。ボルボックスには体細胞と生殖細胞の分化があり、生殖細胞は無性生殖を行なって娘群体を形成する一方、体細胞は生殖を行なわず、やがて死ぬ運命にある。
そこで、同じくボルボックス系列緑藻のアストレフォメネに着目しました。アストレフォメネはボルボックスとは独立に体細胞を獲得しており(図1A)、64細胞からなる多細胞体の後端に小さい体細胞が4つのみ形成される、という特徴を持っています(図2)。体細胞の割合が極めて少ないこと、また、体細胞と生殖細胞の両方が鞭毛をもち、違いが細胞サイズのみであることなど、アストレフォメネは体細胞分化のごく初期段階としても興味深い生物です。
図2:ボルボックスとは独立に体細胞を進化させた藻類、アストレフォメネ。A. アストレフォメネの多細胞体の表面観。B.アストレフォメネの多細胞体の正中断面観。多細胞体の後端に体細胞がある(矢尻)。C.アストレフォメネの4つの体細胞。D.無性生殖途中のアストレフォメネ。生殖細胞は細胞分裂・胚発生を行なっているが、体細胞(矢尻)は無性生殖を行なわない。E.アストレフォメネの生活環。ボルボックスと同様、生殖細胞は無性生殖を行なって娘群体を形成するが、体細胞は生殖を行なわず、やがて死ぬ運命にある。A~Cの写真は文献2より転載。
東京大学大学院理学系研究科、国立遺伝学研究所、国立環境研究所等の研究グループは近年新たに確立されたアストレフォメネの培養株(文献2)を用いて、アストレフォメネの全ゲノム解読を行ないました。アストレフォメネのゲノムデータを探索したところregA遺伝子はみられず、アストレフォメネはボルボックスとは異なる制御因子の獲得によって体細胞を進化させたことが示唆されました。
また、アストレフォメネの体細胞と生殖細胞を分離する手法(図3A)を開発することでアストレフォメネの細胞別RNA-seq解析(注5) を行ない、体細胞と生殖細胞の遺伝子発現パターンを比較しました。その結果、体細胞では鞭毛運動に関わる遺伝子群の一部の発現が上昇しており、一方で光合成や同化経路に関わる遺伝子群の発現は生殖細胞に比べて低下していることが明らかとなりました。これは、ボルボックスの体細胞の遺伝子発現パターン(文献3)と類似していました。また、体細胞でのみ発現するMYB転写因子(注6) 、RWP-RK転写因子(注7)が発見され、アストレフォメネにおいて体細胞分化を担う制御因子の候補として見出されました。すなわち、ボルボックスとアストレフォメネでは、体細胞分化の制御については異なる遺伝子が進化した一方、制御される遺伝子発現パターンは共通していることが示されました(図3B)。
図3:アストレフォメネの細胞別RNA-seq解析。A.本研究で開発されたアストレフォメネの体細胞と生殖細胞の分離法。同調培養したアストレフォメネでは体細胞と生殖細胞のサイズが個体間で揃っているため、多細胞体を破砕し、密度勾配遠心にかけることで、体細胞と生殖細胞を分離することができた。B.細胞別RNA-seq解析から明らかとなったアストレフォメネの細胞分化の遺伝子発現パターンとボルボックスとの共通性の概略図。文字の大きさは遺伝子発現の大きさを示す。アストレフォメネの体細胞では鞭毛運動に関わる遺伝子群の一部の発現が上昇しており、一方で光合成や同化経路の遺伝子群は発現が生殖細胞に比べて低下していた。この傾向はボルボックスと同様である。ボルボックスではregAがこの分化を担っているが、アストレフォメネでは体細胞でのみ発現するMYB転写因子、RWP-RK転写因子がその機能を担う制御因子の候補として見出された。本研究の成果に基づいて作成。
本研究の成果から、アストレフォメネの4つの体細胞もボルボックスの体細胞と同様に、光合成による成長を抑えることで生殖を行なわずに死ぬ運命が決定され、その代わりに運動性に特化することで他の細胞の生殖を助けていることが示唆されます。生殖細胞も鞭毛をもって泳ぐアストレフォメネにおいてこの結果は興味深く、アストレフォメネの4つの体細胞の機能をより詳細に研究していくことで、多細胞体が体細胞を必要とする最低条件が見出せるかもしれません。一方で、体細胞分化の制御因子としては両種で異なる遺伝子が進化しており、多細胞生物の進化の過程において多様な遺伝子が体細胞の進化に関わった可能性が示されました。本研究で確立されたゲノムデータを生かしてさらなる研究を進め、発見されたアストレフォメネの候補遺伝子から体細胞分化の制御因子を同定し、その進化をボルボックスと比較していくことで、体細胞の進化における共通性や一般法則も解明されていくことが期待されます。
本研究は文部科学省学研究費助成事業「先進ゲノム支援」(16H06279)および日本学術振興会の科学研究費補助金(山下翔大17J03439;野崎久義16H02518, 20H03299)の支援を受けて行なわれました。
参照文献
1. Kirk, M. M. et al. regA, a Volvox gene that plays a central role in germ-soma differentiation, encodes a novel regulatory protein. Development 1999; 126:639–647.
2. Yamashita, S. et al. Alternative evolution of a spheroidal colony in volvocine algae: Developmental analysis of embryogenesis in Astrephomene (Volvocales, Chlorophyta). BMC Evol. Biol. 2016; 16:243.
3. Matt, G. Y. & Umen, J. G. Cell-type transcriptomes of the multicellular green alga Volvox carteri yield insights into the evolutionary origins of germ and somatic differentiation programs. Genes Genomes Genetics 2018; 8:531–550.
発表雑誌
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雑誌名 Scientific Reports論文タイトル Genome sequencing of the multicellular alga Astrephomene provides insights into convergent evolution of germ‑soma differentiation .著者 ShotaYamashita, KayokoYamamoto, Ryo Matsuzaki, Shigekatsu Suzuki, HaruyoYamaguchi, Shunsuke Hirooka, Yohei Minakuchi, Shin‑ya Miyagishima, Masanobu Kawachi, Atsushi Toyoda and Hisayoshi NozakiDOI番号
用語解説
注1 ボルボックス(学名:Volvox)
数百~数千細胞からなる球状の多細胞体を形成する遊泳性の緑藻。いわゆる植物プランクトンであり、春から夏にかけて水田や湖沼によくみられる。体細胞と生殖細胞の分化がみられ、シンプルな多細胞生物のモデルとして研究に用いられてきた。 ↑
注2 アストレフォメネ(学名:Astrephomene)
32または64細胞からなる球状の多細胞体を形成する遊泳性の緑藻。多細胞体の後端に4つのみ体細胞を形成する特徴をもつ。また、ボルボックス科とは胚発生で細胞層を球状にするメカニズムが異なる(文献2)、光合成も行なうが環境中の有機物に増殖を依存しているなど、ボルボックス系列緑藻の進化を考える上で興味深い特徴を多く有している。水田等に生息するが、稀産であり、1983年までは日本から未報告であった。 ↑
注3 体細胞、生殖細胞
ここでは、生殖(有性生殖または無性生殖)を行なって次の世代の個体をつくる細胞を生殖細胞、生殖を行なわない細胞を体細胞(または非生殖細胞)と定義している。一般に、体細胞は生殖細胞の生殖を助ける機能を有している。ヒトの体では精子と卵が生殖細胞であり、それ以外の細胞はすべて体細胞である。動物や植物などでは体細胞が複雑に分化しているが、シンプルな体細胞と生殖細胞の分化はさまざまな系統の多細胞生物に広くみられる。生活環の中で必然的に訪れる体細胞の死が、多細胞個体としての「老化死」にあたる。 ↑
注4 regA
ボルボックスの体細胞のみで発現し、体細胞の分化を制御している転写因子。regAの変異体では体細胞が成長し、生殖細胞のように無性生殖を始めてしまうことから、体細胞の光合成による成長と生殖を抑えていると考えられる。ボルボックスの進化の過程で、クラミドモナスやゴニウムも持っている祖先的な遺伝子が重複することで誕生したと推測されている。↑
注5 RNA-seq解析
細胞や組織からRNAを抽出してライブラリを作製し、次世代シーケンサーによって解読することで、細胞や組織におけるゲノム中の全遺伝子の発現量を取得する手法。本研究では、単離した体細胞、生殖細胞それぞれに対してRNA-seq解析を行ない、得られたデータを比較することで、体細胞-生殖細胞間で発現の異なる遺伝子を検出した。↑
注6 MYB転写因子
転写因子の一グループ。もともとがん遺伝子として発見され、動物では細胞周期の調節に関わっている。一方、植物はゲノム中に多くのMYB転写因子を持っており、その機能は多様化している。↑
注7 RWP-RK転写因子
RWP-RKドメインというDNA結合ドメインをもつ転写因子の一グループ。窒素代謝に関わる遺伝子や性決定に関わるMID/OTOKOGIなどが知られている。↑