search
search

Press Releases

DATE2023.06.14 #Press Releases

量子センサを自在に並べる!

――狙った位置にナノサイズの方位磁針をつくる――

 

小林 研介(知の物理学研究センター 教授)

佐々木 健人(物理学専攻 助教)

 

発表のポイント

  • 窒化ホウ素結晶中の狙った場所にヘリウムイオン顕微鏡で発光欠陥を生成し、量子センサ動作を実証。
  • ナノ配列した量子センサによる高空間分解能な磁場イメージングが可能に。
  • 磁性・電流を局所的かつ定量的に検出する手法として幅広い研究分野への貢献が期待。


窒化ホウ素量子センサのナノ配列


 

発表概要

東京大学大学院理学系研究科において小林研介教授、佐々木健人助教らは、物質・材料研究機構(NIMS)の中払周主幹研究員(研究当時、現職:東京工科大学教授)、岩崎拓哉独立研究者、渡邊賢司主席研究員、谷口尚理事、産業技術総合研究所の小川真一客員研究員、森田行則研究グループ長とともに、量子センサ(注1)をナノスケールのサイズで自在に並べる技術の開発に成功しました。

六方晶窒化ホウ素(注2)中のホウ素空孔欠陥は、室温においても光学的に量子状態を読み出すことができ、量子センサとして磁場測定に利用できます。この磁場に敏感な量子センサは、まるで微小な“方位磁針”のように振る舞います。本研究では、窒化ホウ素のナノ薄膜に作製した量子センサをナノスケールで配列することによって、高分解能な磁場イメージングを実証しました。研究グループは、ヘリウムイオン顕微鏡(注3)からのヘリウムイオンビームを狙った場所に(100 nm)×(100 nm)サイズで照射することで、そのスポット内に量子センサを生成しました。このような微小スポットを配列させ、それぞれのスポットから得られる磁場データを適切に処理することによって、高空間分解能で磁場をイメージングできることを示しました。本研究は、測定対象表面の狙った位置にナノサイズの“方位磁針”を作る技術を確立したものであり、局所磁場や電流分布を調べる手法として、磁性体、超伝導体、電子デバイスなど幅広い研究分野での利用が期待されます。
 

発表内容

<研究の背景>
磁場測定は、基礎研究としても応用研究においても重要です。特に、空間分解能の高い手法は、磁性体中の微小な振る舞いの調査に利用でき、例えば、ハードディスクの開発等にも役立ちます。高い空間分解能を得るにはセンサを小型化して測定対象に近づけることが必須となります。

ホウ素空孔欠陥は、六方晶窒化ホウ素のホウ素原子が空孔に置き換わった原子サイズの欠陥です[図1(a)]。この欠陥は、室温でも光学的に量子状態を読み出せる稀有な性質を持つため、量子センサとして磁場測定に利用できます。特に、六方晶窒化ホウ素は100 nm以下の厚みの薄膜にして測定対象に密着させることができるため、高分解能な量子センサの素材として優れています。しかし、ホウ素空孔欠陥を量子センサとして利用する技術は2020年に報告されたばかりであり、センサの作製手法などの基盤技術の開拓はこれからです。


図1:窒化ホウ素量子センサのナノ配列
(a)六方晶窒化ホウ素中のホウ素空孔欠陥。ホウ素原子が空孔に置き換わった構造をしています。原子サイズの量子センサとして磁場測定に利用できます。この磁場に敏感な量子センサは、ナノサイズの“方位磁針”のように振る舞います。
(b)量子センサのナノ配列の発光量分布。整列した複数の輝点の位置には、量子センサが多数生成されています。シリコン基板上の金線に貼り付けた窒化ホウ素のナノ薄膜に対してヘリウムイオンビームを照射して量子センサを配置しました。各スポットは光学分解能(400 nm)と同程度に広がって見えますが、実際にはイオンビームの照射スポット(100 nm)と同じ大きさです。金線上の量子センサは発光量が増すため、磁場感度が高くなります。

 

<研究の内容>
研究グループは、ヘリウムイオン顕微鏡によって微小なスポットにホウ素空孔欠陥を生成・配置し、高い空間分解能で磁場をイメージングする技術を実証しました。窒化ホウ素のナノ薄膜を金線上に貼り付けた上で、ヘリウムイオン顕微鏡によってヘリウムイオンビームを照射し、ホウ素原子を弾き飛ばして量子センサを生成しました[1(b)]。金線上のスポットでは量子センサの発光信号が増加します。このような発光信号の増加は磁場感度を増加させます。単一スポットの磁場感度を測定すると73.6μT/Hz1/2という値が得られました。この値は、1分間の測定で10μT (地磁気の約1/5)1時間の測定で1μT (地磁気の約1/50)という微小な磁場変化を検出できることを意味します。この量子センサを高精度に配置する技術を利用すれば、高い空間分解能を持つ磁場イメージングができます[2]。実際、光学的な測定でありながら、回折限界を超えるような高い空間分解能を得ることができました。


図2:金線を流れる電流が作る磁場のイメージング
異なる位置にある量子センサの磁場測定で得られたデータを金線からの距離に対して解析した結果です。電流が作る磁場分布は高精度に数値シミュレーションできます。実験結果はこのシミュレーション結果と良く整合します。この結果は、本手法で配置した量子センサが高い空間分解能で磁場を検出できる原理を実証するものです。

 

<今後の展望>
本成果は、世界で初めて、窒化ホウ素量子センサのナノ配置手法を活用して高い空間分解能を持つ磁場イメージングに成功したものです。窒化ホウ素のナノ薄膜は、ファンデルワールス力によって、磁性体、電子デバイスなど、様々な対象に貼り付けることができます。本研究は、量子センサの新たな活用方法の可能性を提示したものであり、局所磁場測定を利用する幅広い分野に貢献します。

 

論文情報

雑誌名 Applied Physics Letters
論文タイトル
Magnetic field imaging by hBN quantum sensor nanoarray
著者
Kento Sasaki, Yuki Nakamura, Hao Gu, Moeta Tsukamoto, Shu Nakaharai, Takuya Iwasaki, Kenji Watanabe, Takashi Taniguchi, Shinichi Ogawa, Yukinori Morita, and Kensuke Kobayashi
DOI番号

10.1063/5.0147072

 

研究助成

本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「量子液晶の制御と機能」(JP19H05826)、「機能コアの材料科学」(JP19H05790)、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(A)(JP19H00656, JP20H00354)、基盤研究(B) (JP23H01103)、基盤研究(C)(JP22K03524)、特別研究員奨励費(JP22J21412)、東京大学次世代知能科学研究センターの補助を受けて行われました。本研究の一部は、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(課題番号JPMXP1222NM0070, JPMXP1222UT1131)、ダイキンフェローシップ(ダイキン工業株式会社)、FoPM(文部科学省卓越大学院プログラム「変革を駆動する先端物理・数学プログラム」)の支援を受けて実施されました。

 

用語解説

注1  量子センサ

量子化されたエネルギー準位を利用して物理量を測定できるセンサのことです。本研究では、電子の磁気的な性質であるスピンが、磁場に対して上向き、下向きに量子化した準位を利用して磁場強度を測定しました。この磁場に敏感な量子センサは、原子サイズの方位磁針と例えることができます。

注2  六方晶窒化ホウ素

窒素原子とホウ素原子が蜂の巣状に配列した原子層薄膜がファンデルワールス力によって重なった結晶材料です。スコッチテープで結晶の両面を引き剥がしていくことで、厚さ100 nm以下の薄膜が得られます。この薄膜は、ファンデルワールス力によって様々な材料の表面に貼り付けることができます。

注3  ヘリウムイオン顕微鏡

ヘリウムイオンを加速させてビーム状にしたものを試料にぶつけて撮像する顕微鏡です。ヘリウムイオンビームを使うことで可視光よりも高い空間分解能で観察ができます。本研究では高加速(30 keV)のビームを使うことで六方晶窒化ホウ素の加工に利用しています。