DATE2023.04.12 #Press Releases
肉食恐竜における鼻を使った脳冷却システムの進化
――恐竜から鳥への進化における鼻腔サイズとその生理学的機能の変化――
多田 誠之郎(地球惑星科学専攻 博士課程/国立科学博物館 連携大学院生)
對比地 孝亘(地球惑星科学専攻 兼任准教授/国立科学博物館 研究主幹)
発表のポイント
- 鳥類を含む爬虫類と哺乳類からなる現生有羊膜類において、内温動物は外温動物と比べて頭部に対して大きな鼻腔を持つことを示し、鼻腔および呼吸鼻甲介の果たす主要な生理学的役割が脳冷却であることを明らかにしました。
- また、派生的な獣脚類恐竜類であるベロキラプトルの鼻腔サイズは現生鳥類と比べて小さいことから、脳の冷却機構は現生鳥類ほど発達していなかったことが分かりました。
- 鼻腔や脳の大きさの進化について新たな知見をもたらす本研究の結果から、非鳥類恐竜類から鳥類へと進化する過程で起きた劇的な頭部形態の変化について理解が進むことが期待されます。
ベロキラプトルの頭骨と鼻腔のうち温度調整に関わる部分が存在した領域の立体復元布
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の多田誠之郎博士課程学生と對比地孝亘兼任准教授らによる研究グループは、内温性と外温性(注1)の現生有用膜類の間で鼻腔サイズを比較することで、鼻腔の主たる生理学的役割が脳冷却であることを明らかにし、さらに派生的な獣脚類恐竜類(注2)であるベロキラプトルが内温性動物に比べて小さい鼻腔を持つことから、この機能は獣脚類の生き残りである内温性の現生鳥類ほどには発達していなかったことを発見しました。
これまでの研究では、内温性の鳥類と哺乳類だけが呼吸鼻甲介(注3)を持つ大きな鼻腔を持つことから、鼻腔サイズと代謝様式には何らかの関係があると想定されてきましたが、その詳細は明らかではありませんでした。本研究ではこれら内温性動物と外温性動物について、CTスキャン撮影と鼻腔のデジタル3D構築を行い、それらの大きさを比較しました。その結果、内温性と外温性の動物の間では、頭部の大きさに対する相対的な鼻腔の大きさが有意に異なることが明らかになりました。頭部のサイズは特に脳の大きさと関連することから、鼻腔の主たる熱生理学機能が内温性動物を特徴づける大型化した脳の冷却であると結論しました。
また、本研究の最後では頭骨形態に基づく鼻腔の発達過程の推定も行っており、これらの成果が恐竜類の頭骨変化について今後の新たな議論の端緒となることが期待されます。
発表内容
〈研究の背景〉
絶滅した恐竜類が内温性、外温性のいずれの代謝様式であったか、もしくはその中間段階であったかという問いは、古生物学における大きなテーマの一つであり、これまでさまざまな研究が行われてきました。その手がかりの一つとして鼻腔が注目されており、そこに存在する鼻甲介と呼ばれる構造が内温性の鳥類と哺乳類で独立に獲得されていることから、鼻腔と代謝様式(内温性・外温性)の間の関連性が推測されてきました。しかし、鼻腔の果たす生理学的な機能とこのような代謝様式との関連の詳細、進化上のその獲得過程、さらには恐竜類の鼻腔が現生種と比べてどのような状態であったかなどについては明らかではありませんでした。
〈研究の内容〉
本研究はまず、現生の内温および外温動物のCTスキャンデータを用いて鼻腔の3Dデジタル最構築を行い、そこから求めた体積と表面積の比較を行いました(図1)。その結果、内温性動物では、頭部サイズに対する鼻腔の相対的な大きさが外温性のものよりも有意に大きいことが示されました。一方で、体全体のサイズに対する鼻腔の相対的な大きさには、これらの間で有意な差は検出されませんでした。このことは、大きな鼻腔が、従来想定されていたような体全体ではなく、頭部に含まれる構造の代謝に関連した機能を果たしていることを示しています。
鼻腔や鼻甲介には多くの血管が走っており、体の中心部からきた暖かい血液が鼻腔内の冷たい空気を使って冷やされた状態で脳に向かうことで、脳を急激な温度変化から守る機構があることが明らかになっています。本研究では、鼻腔と鼻甲介の役割がこれまで考えられていたように体全体の代謝機構に関わっているのではなく、内温性動物が持つ大きな脳を効率的に冷やすラジエーターとして主に機能しているという仮説を提唱するに至りました。
図1:現生有羊膜類の鼻腔
内温動物の鳥類(ダチョウ・左上)・哺乳類(シロサイ・右上)が外温動物の有鱗類(グリーンイグアナ・左下)・ワニ類・(ミシシッピワニ・右下)・カメ類よりも発達した大きな鼻腔を持つ。
さらに本研究では、非鳥類獣脚類の鼻腔に注目しました。獣脚類恐竜類においては、吻部内面の骨学的な形態から、ある程度鼻腔の形態を復元することが可能です。本研究では、派生的な獣脚類恐竜類のベロキラプトルVelociraptor mongoliensisの化石標本のCTスキャンデータを基にその鼻腔の復元とサイズの推定を行い、現生有羊膜類において得られた頭部と鼻腔の大きさの相関関係と比較することで、この恐竜における脳の冷却機能の発達程度を推定しました(図2)。
その結果、ベロキラプトルの鼻腔は内温性である現生の鳥類と比べて小さいことが明らかとなり、脳冷却の機能も彼らほどには発達していなかったことが示唆されました。ベロキラプトルよりも以前に分岐した非鳥類獣脚類においては、頭骨のボディプランはおおよそ維持されていたことから、彼らもベロキラプトルと同様の鼻腔形態を保持していたと考えられるため、獣脚類における脳冷却機能は、現生鳥類が派生する直前まで高度に発達していなかったと推察されます。
図2:非鳥類獣脚類恐竜のベロキラプトルにおける頭骨と呼吸に熱交換に関係する鼻腔領域の復元
典型的な獣脚類恐竜類では、鼻腔は周辺の骨に制約された細長い形をとっていた。
また、非鳥類獣脚類から鳥類へと進化する過程における頭骨の変化から、それに伴う鼻腔の変化についても示唆が得られました。獣脚類恐竜類に特徴的な頭部構造である前眼窩窓には、生体では副鼻腔が存在していました。この構造の周囲には血管の痕跡が多数残っていることから、獣脚類では副鼻腔において積極的な熱交換を行っていたと推測されます。また、副鼻腔の一部が鼻腔の周囲まで入り込み、恐竜類の鼻腔を細長いチューブ状の形に制約していました。現生鳥類へと進化する過程で、上顎骨が縮退して下方へと移動しそれに伴って副鼻腔が小さくなりさらに後方へと移動したことで、拡大した鼻腔がより効率的な脳冷却を可能にしたと考えられます(図3)。上顎骨の縮退は、始祖鳥が分岐した後の尾端骨類の起源周辺で起きたことから、現生鳥類のような発達した鼻腔もそのタイミングで獲得されたと推測することができます。
図3:非鳥類獣脚類から鳥類への頭骨進化とそれに伴う鼻腔の変化
獣脚類恐竜類から鳥類への進化において、上顎骨の形態が大きく変化し、それに伴って鼻腔の拡大が起きたと考えられる。
〈今後の展望〉
これまで、恐竜類から鳥類への進化はさまざまな観点から研究が行われてきました。鼻腔や脳の大きさについて特に生理学的な方面から新たな知見をもたらす本研究の結果によって、その進化過程で起きた劇的な頭部形態の変化について今後さらに理解が進むことが期待されます。
論文情報
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雑誌名 Royal Society Open Science 論文タイトル Evolutionary process toward avian-like cephalic thermoregulation system in Theropoda elucidated based on nasal structures 著者 Seishiro Tada*, Takanobu Tsuihiji, Ryoko Matsumoto, Tomoya Hanai, Yasuko Iwami, Naoki Tomita, Hideaki Sato and Khishigjav Tsogtbaatar DOI番号
研究助成
本研究は、科研費「特別研究員奨励費(課題番号:22J11553)」、「基盤研究(C)(課題番号:17K05698)」、若手研究者海外挑戦プログラム、笹川科学研究助成(課題番号:2021-5012)の支援により実施されました。
用語解説
注1 内温動物・外温動物
温度環境に対する反応で生物を分類する際に使う用語。内温動物は体内の熱生産によって高い体温を維持できる生物、対して外温動物は外部の熱源に依存した生物である。一部の例外を除き、有羊膜類では哺乳類・鳥類が内温動物、ヘビトカゲ類・ワニ類・カメ類が外温動物である。↑
注2 獣脚類恐竜類
ティラノサウルスなどを含む二足歩行の恐竜類で、その一部が鳥類へと進化した。大半の獣脚類恐竜類は肉食性。↑
注3 呼吸鼻甲介
鼻腔内部に突き出した複雑な形状の突起で、鳥類の呼吸鼻甲介は多くが渦巻き状である。複雑な構造によって表面積を増やし、空気と触れ合う面積を増やしていると解釈されている。この構造は内温動物の鳥類・哺乳類で独立に獲得された。↑