2022/10/06

海から上がったダンゴムシ・ワラジムシ類が獲得した「肺」の形成過程

 

乾 直人(生物科学専攻 博士課程)

金原 僚亮(生物科学専攻 博士課程)

山口 悠(生物科学専攻 博士課程)

三浦 徹(臨海実験所 教授)

 

発表のポイント

  • ダンゴムシやワラジムシは甲殻類の仲間で、約3億年前に海から陸上に上がった陸生等脚類である。この仲間は空気中で呼吸するために肺と呼ばれる器官を腹肢に持つ。
  • ワラジムシにおいて、肺の形成過程を詳細に観察した結果、肺はふ化後の幼体期に形成されること、2対の肺の発生時期が異なること、形成時に腹肢の内部で上皮組織の陥入およびクチクラ層の形成が起こることが明らかになった。
  • 今後、空気呼吸器官である肺の形成機構と獲得過程が明らかになれば、動物の陸上進出機構について理解が深まると期待される。

 

発表概要

ダンゴムシやワラジムシなどの陸生等脚類(注1)は、甲殻類のなかでも特に陸上に進出し多様化したグループである。このグループの多くの種は、腹部に肺(注2)と呼ばれる空気呼吸器官を持つ。肺は等脚類の陸上進出および陸上での多様化の鍵となった重要な形質だが、発生の過程でいつ、どのように形成されるかは未解明であった。

東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の三浦徹教授および乾直人大学院生らを中心としたグループは、人家の周辺で容易に採集される種であるワラジムシを用いて、この肺が形成される過程を初めて明らかにした。走査型電子顕微鏡や共焦点レーザー顕微鏡、組織切片を用いた観察の結果、肺はふ化後の幼体期に形成されること、2対ある肺の発生時期が異なること、形成時に上皮の陥入やクチクラ層の形成が起こることが明らかになった。

本研究により肺の形成メカニズムやその進化過程を研究する上で基盤となる成果が得られ、動物の陸上進出機構について理解が深まることが期待される。

 

発表内容

クモ類、ヤスデ類、昆虫類などの節足動物は、陸上で多様化し最も繁栄した動物群である。陸上に進出した節足動物は、書肺や気管といった空気呼吸器官を持ち、これらは各系統の祖先が水中から陸上へ進出する過程で独立に獲得したものと考えられている。しかし、陸上進出の過程でこれらの空気呼吸器官がどのように獲得されたのか、その過程やメカニズムには未知の部分が多い。

ダンゴムシやワラジムシなどの陸生等脚類は節足動物の一群であり、腹部の腹肢(注3)に肺と呼ばれる空気呼吸器官を持つ(図1)。陸生等脚類には肺を持たない種から発達した肺を持つ種まで、さまざまな系統が存在するため、空気呼吸器官の進化を研究する上で優れた材料になり得ると考えられるが、進化過程を理解する上で基盤となる肺の形成過程についての知見はほとんど得られていなかった。

図1:研究材料のワラジムシが持つ肺。
ワラジムシは腹部に5対の付属肢を持ち、そのうち前方の2対にのみ肺(黄矢尻)が形成される。
(A)腹側から見たワラジムシ。(B)腹部の拡大図。

 

そこで、東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の三浦徹教授および乾直人大学院生らを中心としたグループは、人家の周辺で容易に採集されるワラジムシを用いて、肺が形成される過程を形態学および組織学的に詳細に観察した。胚発生後期からふ化した後の幼体期まで、肺が形成される腹肢の形態を、走査型電子顕微鏡、共焦点レーザー顕微鏡、組織切片を用いて観察したところ、以下の観察結果を得た。
(1)肺の形成はふ化後の幼体の時期に起こる。
(2)2対ある肺のうち、2対目の肺がふ化直後に形成され、1対目の肺はそれより後の幼体期から形成される(図2)。
(3)肺が形成される腹肢の内部では、脱皮前に上皮組織の陥入と分岐が起こり、内部に新たなクチクラ層が形成される(図3)。

図2:ワラジムシにおける肺の形成過程。

 

 
図3:肺形成過程における組織変化。
第2腹肢に形成される2対目の肺は、幼体初期に形成され、その後出現する(白矢尻)。
矢状断面(自家蛍光像での*部分での断面)での組織像から、上皮が陥入している様子が観察される(黄矢尻)。

 

これらの結果から、ダンゴムシなどの陸生等脚類は陸上へ進出する過程で、腹肢の上皮組織が陥入・変形を起こすような新たな発生プログラムを獲得したことが予想される。本研究で得られた肺の形成過程に関する知見を基に、今後は肺形成の分子メカニズムの解明に取り組む予定であり、将来的に動物における空気呼吸器官の進化や陸上進出機構について理解が深まると期待される。

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号:18H04006、三浦徹)、日本学術振興会 特別研究員奨励費(課題番号:22J20990、乾直人)、公益財団法人水産無脊椎動物研究所 育成研究助成(課題番号:IKU2021-04、乾直人)の支援により実施された。

 

発表雑誌

雑誌名 Arthropod Structure & Development
論文タイトル Pleopodal lung development in a terrestrial isopod, Porcellio scaber (Oniscidea)  
著者 Naoto Inui, Ryosuke Kimbara, Haruka Yamaguchi, Toru Miura*
DOI

https://doi.org/10.1016/j.asd.2022.101210

 

用語解説

注1  陸生等脚類

軟甲綱等脚目ワラジムシ亜目に属する甲殻類で、ほとんどの種が陸上に生息している。フナムシ、ワラジムシ、オカダンゴムシなどを含む。

注2 

ワラジムシ類の一部は腹部の腹肢に肺Pleopodal lungと呼ばれる空気呼吸器官を持つ。種によって形成される数や形態が大きく異なる。偽気管Pseudotrachea、白体White body等の異なる呼称も存在する。ヒトなどの脊椎動物が持ついわゆる「肺」とは進化的な起源が異なる。

注3  腹肢

腹部に形成される付属肢。ワラジムシ類は通常5対持つ。

 

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―