search
search

Press Releases

DATE2022.09.01 #Press Releases

ナノダイヤモンド磁場イメージング ― 量子計測×機械学習の新展開

 

小林 研介(知の物理学研究センター/物理学専攻 教授)

蘆田 祐人(知の物理学研究センター/物理学専攻 准教授)

佐々木 健人(物理学専攻 助教)

塚本 萌太(物理学専攻 大学院生)

 

発表のポイント

  • ナノダイヤモンド中の量子センサ特性を機械学習することで、磁場の正確なイメージングが可能に。
  • 磁性体、電子デバイス、生物、鉱物など、さまざまな表面の形状をもつ測定対象に適用できる局所磁場計測に応用が期待。

 

発表概要

東京大学大学院理学系研究科において小林研介教授、佐々木健人助教、塚本萌太を筆頭とする大学院生らは、同研究科の蘆田祐人准教授とともに、ナノダイヤモンド(注1)中の窒素空孔中心(注2)の磁場依存性の精密な測定結果を機械学習し、従来法よりも正確性の高い磁場イメージングに成功しました。

ダイヤモンド中の窒素空孔中心の電子スピン(注3)の量子状態は、室温においても長く保たれ、光学的に読み出せる稀有な特性をもつことから、量子計測(注4)に応用されています。本研究では、膜状に分布させたナノダイヤモンドの集団の磁場依存性を機械学習することで、精密な磁場イメージングに成功しました。ヘルムホルツコイル(注5)を用いて精密に磁場を制御しながらダイヤモンドのスペクトルを測定し、モデルフリーな機械学習として知られるガウス過程回帰を用いることで磁場強度を正確に推定する関数の生成に成功しました。この研究は、磁性体、電子デバイス、生物、鉱物など、さまざまな形状を持つ測定対象表面の磁場分布を調査において強力なツールとなります。

 

発表内容

研究の背景
磁場計測は物理、生物、地学などの幅広い研究分野で利用されています。特に、空間分解能の高い測定手法は、磁性体や電子デバイスなどのミクロな構造を持つ材料の評価に有用です。一般的に、磁場センサのサイズが小さく、測定対象に近づけさせられるほど、空間分解能は高まります。

2008年に原子サイズであるダイヤモンド中の窒素空孔中心による高感度かつ高空間分解能な磁場計測法が提案されて以降、世界的に研究されるようになりました。ダイヤモンドを測定対象に密着させる技術として、原子力間顕微鏡(注6)に組み込む技術や、薄膜化して柔軟性を得ることで測定対象表面に貼り付ける技術が開発されました。これらの手法ではダイヤモンドを加工する高度な微細加工技術が必要になります。最近では、窒素空孔中心を含むナノダイヤモンドの集団を膜状に散布するだけで磁場や温度のイメージングを行うシンプルな手法も登場しています。この手法の利点は、ナノダイヤモンドの調達が容易であることや、任意の表面形状を持つ対象に直接適用できることです。しかし、散布時にナノダイヤモンドの結晶方位がバラバラになってしまうことで、そのセンサの信号から磁場を正確に推定することは困難でした。

 

研究内容
研究グループは、カバーガラス上にナノダイヤモンド膜を生成し、ヘルムホルツコイルを用いてその磁場依存性を精密に調べました[図1(a)]。蛍光顕微鏡を用いてナノダイヤモンド膜の発光強度測定を行い、マイクロ波周波数に対するスペクトルを得ました。このスペクトルは電子スピンのエネルギーに対応しており、ダイヤモンドに印加されている磁場強度によって変化します。量子計測は、このスペクトルから磁場強度を推定することで達成できます。先行研究では、ナノダイヤモンドが散らばった状況を考慮した物理モデルによってスペクトルをフィッティングして磁場推定が行われています。しかし、実験環境を完全にモデル化することは困難であり、物理モデルによって実際のスペクトルを再現することはできません。そこで、我々は機械学習手法であるガウス過程回帰[図1(b)]を用いることで、物理モデルを用いない磁場推定法を開発しました。ガウス過程回帰は、入力データと出力変数を結びつける関数を求めるために利用される機械学習法です。本研究では、入力データ、出力変数をそれぞれスペクトルと磁場強度に対応させ、ヘルムホルツコイルを用いて精密測定したナノダイヤモンドの磁場依存性をトレーニングデータとして利用します。得られた関数を利用し、トレーニングデータとして使っていないスペクトルをテストデータとして磁場強度を推定し、ヘルムホルツコイルで生成した磁場強度(本研究では真の磁場強度と呼ぶ)と比較することで、本手法の正確性の検証を行いました。


図1: (a) 実験装置の模式図。周囲の大きなリング郡が磁場を制御するヘルムホルツコイルです。事前に高性能な磁束計で校正してあります。緑の板状のものが電子スピンを操作するためのマイクロ波を照射するアンテナであり、その上にナノダイヤモンド膜を付着させたカバーガラスがテープで固定されています。対物レンズを通してレーザを照射し、ナノダイヤモンドの発光を測定します。(b)機械学習の模式図。ナノダイヤモンドのスペクトルを複数の磁場強度で測定したものをトレーニングデータとして用います。本研究で用いた機械学習法ではスペクトルを磁場強度に変換する関数が得られます。

 

磁場推定の結果を図2(a)に示します。真の磁場強度を0 μT ~ 2500 μTまでの範囲で系統的に変えています。物理モデルを用いる従来法でテストデータから磁場を推定すると、ほとんどの条件において推定精度の範囲が真の磁場強度と整合しませんでした。一方で、機械学習を用いる本手法では真の磁場強度と整合する結果が得られました。これは従来法では不可能だった正しい推定精度の取得が本手法によって可能になったことを意味します。真の磁場強度と推定の中心値の差を比較すると、本手法では従来法と比較して最大50倍程度の正確性の向上が得られました。また、最大で1.8 μTという高い正確性(地磁気の25分の1程度)が得られることも明らかにしました。さらに、我々はカバーガラスの代わりに半導体シリコン基板上にナノダイヤモンドを散布した場合にも同様の検証を行いました[図2(b)]。こちらも推定精度が正しく見積もれており、従来法よりも磁場強度の正確な推定に成功しています。これにより一般的な材料に対する本手法の適用性も示せました。図2(c)は、導線を流れる電流によって生じる磁場を本手法によって局所的にイメージングした結果です。導線から離れるほど磁場強度が減衰する様子が確認され、実線で示されるアンペールの法則に基づくフィッティング結果と整合しました。この結果は、マイクロスケールの高い空間分解能をもつ正確な磁場イメージングに成功していることを意味します。


図2: (a)推定値と真の磁場強度の差。ヘルムホルツコイルで生成した(真の)磁場強度と推定値の比較を行っています。系統的な評価のため、真の磁場強度を0 μT ~ 2500 μTまでの範囲で変化させています。クロスで示された物理モデルを使う従来法では、ほぼ全ての測定点で推定精度の内側に真の磁場強度が含まれていません。一方で、サークルで示された機械学習を使う本方法では、ほぼ全て測定点で測定精度内に真の磁場が含まれており、正確な磁場推定ができています。(b)カバーガラスの代わりにシリコン基板を用いた場合の結果です。こちらも本手法では推定精度の範囲が正確に見積もられており、推定結果は真の磁場強度と整合しています。 (c) 磁場イメージングの結果。内挿図に示されるように、導線に電流によって生じる磁場分布を推定した結果です。サークルで示されたデータは、導線の位置をパラメータとしたアンペールの法則から導かれる関数で高精度にフィットができます。この結果は、本手法によって正確な磁場イメージングができること意味します。

 

意義
本成果は、機械学習の利用により、ナノダイヤモンド膜を用いた高空間分解能かつ正確な磁場イメージングに初めて成功したものです。ナノダイヤモンド膜はあらゆる形状の物質に付着させることが可能であるため、磁性体、電子デバイス、磁性生物、鉱物などにも利用できます。本研究は、ダイヤモンド量子センサを用いて高空間分解能かつ正確に磁場を推定する方法の一つを提示したものであり、局所的な磁場計測が必要となる物理、生物、地学など幅広い分野の研究の発展に資するものです。

本研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「量子液晶の制御と機能」(JP19H05826, JP19H05822)、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(A)(JP19H00656)、若手研究(JP21K13859)、研究活動スタート支援(JP19K23424, JP22325)の補助を受けて行われました。本研究は、文部科学省ナノテクノロジープラットフォームの技術支援を受けて実施されました。筆頭著者の塚本萌太は、ダイキンフェローシップ(ダイキン工業株式会社)、FoPM(文部科学省卓越大学院プログラム「変革を駆動する先端物理・数学プログラム」)、学術振興会特別研究員制度の研究支援を受けています。共著者の大学院生の小河健介は、FoPM、学術振興会特別研究員制度の研究支援を受けています。

 

発表雑誌

雑誌名 Scientific Reports
論文タイトル “Accurate magnetic field imaging using nanodiamond quantum sensors enhanced by machine learning”
著者 Moeta Tsukamoto∗, Shuji Ito, Kensuke Ogawa, Yuto Ashida, Kento Sasaki∗, and Kensuke Kobayashi∗
DOI番号

10.1038/s41598-022-18115-w

 

用語解説

注1  ナノダイヤモンド

ナノメートルサイズのダイヤモンド粒子のことを指します。発光する格子欠陥を含むナノダイヤモンドの水溶液が市販されています。測定対象に凹凸などがあっても、このナノダイヤモンド溶液を垂らして乾燥させるだけで、その表面にナノダイヤモンドを接着できます。今回の成果はAdámas社から購入した粒径50 nmのナノダイヤモンド製品で行った実験に基づいています。

注2  窒素空孔中心

ダイヤモンド中に存在する欠陥の一つです。ダイヤモンド格子を構成する炭素原子が一つ窒素原子に置き換わり、その隣の炭素原子が無くなった(空孔になった)ペアのことを指します。特に、本研究では負に帯電した状態であるNV−状態のみを利用しています。緑色光を照射すると赤色の発光を示します。この光学遷移は電子スピンと密接に関わっているため、そのスピン状態を初期化したり読み出したりできます。

注3  電子スピン

電子は、電荷を持っていますが、それ以外に、スピンという量をもっています。スピンがあるために、1つ1つの電子は、小さな磁石のように振る舞います。本研究では、この小さな磁石のエネルギーが磁場によって変化することを利用して磁場計測を行います。

注4  量子計測

物理量を測定するために量子化されたエネルギー準位をもつシステムを利用することです。本研究では、電子スピンが上向き、下向きのように量子化している準位を利用して磁場強度を測定します。

注5  ヘルムホルツコイル

空間的に均一な磁場を生成するためのコイルのペアのことを指します。三次元的に磁場強度を制御するために6つのコイルを利用しています。高精度な商用の磁束計を用いて事前に磁場強度を校正しています。本研究では、この磁場強度を基準に推定精度を評価しています。また、この校正結果とナノダイヤモンドの信号を機械学習で組み合わせることで、通常の磁束計では達成困難な高空間分解能の達成に成功しています。

注6  原子力間顕微鏡

微細な探針を走査して表面形状を測定する顕微鏡です。探針と測定対象表面との間に働く原子間力を検出することでオングストロームの高い空間分解能が得られます。本研究分野では、先端に窒素空孔中心がある特殊なダイヤモンド探針を作製することで、高い空間分解能をもつ磁場イメージングに利用されています。