2022/03/16

場の量子論における新しい量子的対称性の発見

 

大森 寛太郎(物理学専攻 助教)

 

発表のポイント

  • 粒子間の相互作用を記述する枠組みである連続的場の量子論(注1) において、「非可逆的対称性」と呼ばれる新しいタイプの対称性(注2) を系統的に発見する手法を発見しました。
  • 「非可逆的対称性」の具体例が3次元の連続的場の量子論において初めて発見されました。
  • 「非可逆的対称性」が場の量子論において発見されたことで、この概念の素粒子理論やハドロン理論への応用が期待されます。

 

発表概要

対称性は理論物理学において必要不可欠であり、特に場の量子論の研究においては大きな足掛かりとなってきました。「非可逆的対称性」はそのような対称性を一般化する試みです。通常の対称性は逆操作を伴いますが、「非可逆的対称性」においてはこの制限を取り除くことで、通常の対称性に乏しい系でも解析を可能にすることが期待されています。特に、この操作は巨視的な量子的重ね合わせ(注3)を生み出すことができます。私たちの住む3次元空間上の粒子の相互作用を記述する連続的場の量子論においては、具体例が知られていませんでした。今回、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の大森助教、ニューヨーク州立大学サイモンズ幾何物理研究所のJustin Kaidi氏、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構および物性研究所のYunqin Zheng 氏は、連続的場の量子論において、「非可逆的対称性」を持つ模型を構築する系統的な手法を見出し、いくつかの具体例を示しました。この手法は、イジング模型(注4) と呼ばれる磁化を記述する基本的な模型に存在する「非可逆的対称性」の構成を一般化することにより発見されました。今後はこの「非可逆的対称性」を用いてより現実的なゲージ理論(注5) についての予言を行い、さらに標準模型を超える現象論的模型の構築を行うことを目指します。

 

発表内容

研究の背景

対称性は物理学のあらゆる分野で現れる、大変重要な概念です。特に量子論においては、原子や分子のスペクトラムの解析、素粒子の分類、量子相転移など、さまざまな場面で大きな役割を果たします。しかし、対称性によって全ての現象が説明できるわけではありません。例えば、量子色力学においては、クォークの閉じ込め(注6)と呼ばれる現象が起きると信じられていますが、この現象を従来の意味での対称性から説明することは困難です。

そこで、近年ではこの対称性の概念を一般化し、適用範囲を広げることで、より多くの現象の説明を試みよう、という流れがあります。非可逆的対称性はそのような試みの一つです。通常の対称性操作では、逆操作が存在する、つまり元に戻すことができます。非可逆的対称性においては、逆操作の存在を仮定せずに、より一般の操作を想定します。イジング模型の例では、各格子点上のスピンが揃わない無秩序状態に非可逆的対称性操作を施すと、スピンが上向きに揃った状態と下向きに揃った状態の2つの秩序状態の量子的重ね合わせが得られます。このように、非可逆的対称性は、微視的な重ね合わせ状態をシュレディンガーの猫状態のようなマクロな重ね合わせ状態に変換することができます(図1)。

図1:非可逆的対称性は、微視的重ね合わせにある状態(無秩序状態)を異なる秩序状態の巨視的重ね合わせに写すことができる。この図で、矢印は、イジング模型においてはスピンを、今回新たに発見されたゲージ理論における非可逆対称性においては磁束密度の強さを表す。

 

このような操作に逆操作は存在せず、通常の対称性操作では実現することができません。このような一般化の存在は、低次元の場の理論では古くから知られていましたし、最近になって、3次元格子上の理論においても発見されていました。しかし、3次元の連続空間上の粒子を記述する場の量子論においては具体例が知られておらず、非可逆的対称性の素粒子理論への応用が可能であるかは不透明でした。

研究の内容

研究グループは、いくつかの3次元連続場の量子論の模型、特にゲージ理論において、「非可逆的対称性」が存在することを発見しました。ゲージ理論は、電子などの荷電粒子と、光子やその一般化であるゲージ粒子との相互作用を記述します。発見された「非可逆的対称性」は、このゲージ場や電磁場の磁場成分に作用します。3次元空間中の適当な2次元平面をとり、そこを通る磁束密度を考えます。無限遠方の境界条件を適切に設定すると、平面上の各点の磁束密度の量子的な期待値に相関がない状態(無秩序状態)と磁束密度がほぼ一定になる状態(秩序状態)の双方を考えることができます。この状況で、前述のイジング模型の場合に類似した「非可逆的対称性」を考えることができます。つまり、無秩序状態を、磁束密度の値の異なる二つ以上の秩序状態のマクロな重ね合わせに移すような操作が存在することが示されました。このような操作はユニタリ操作(注7)によっては実現できませんが、より一般的な、観測を含む量子情報的操作により原理的に実現可能です。このことは、特定のゲージ理論における量子相転移現象を、イジング模型における相転移の類似として理解することを可能にします。

今後の展望

「非可逆的対称性」が我々の住む3次元空間における場の量子論において発見されたことは、我々の世界を直接記述するような模型への応用の端緒となることが期待されます。特に期待される応用は、前述のクォーク閉じ込め問題を含むハドロン物理学と、素粒子標準模型を超えた理論の構築です。さらに、通常の対称性の理論物理学における役割の大きさを考えると、「非可逆的対称性」も同様に、上記に留まらない様々な場面、分野において、多様な応用が見出されることが期待されます。

 

発表雑誌

雑誌名
Physical Review Letter
論文タイトル
Kramers-Wannier-like duality defects in (3 + 1)d gauge theories
著者
Justin Kaidi *,  Kantaro Ohmori*,  Yunqin Zheng*
DOI番号 https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.128.111601

 

用語解説

注1 連続的場の量子論

連続的な時空の上での粒子の生成や消滅を記述することのできる物理理論です。例えば、素粒子の標準模型と呼ばれる重力以外のほぼ全ての力を記述できる模型は連続的場の量子論によって構築されています。

注2 対称性

物理法則が何かの操作によって不変である時、その物理法則は対称性を持つ、と言います。例えば、あるバネを地球上で振動させても火星上で振動させても(空気抵抗の違いを除いては)同じように振動するはずですが、これはバネの動きを支配する力学は並進対称性を持つ、つまり場所を変えても不変であるからです。

注3 量子的重ね合わせ

量子論においては、観測を行うまで物質の状態が確定しないことがあり、そのような状況を重ね合わせにある、と呼びます。このイジング模型の例では、模型の表す磁石のN極がどちらを向いているのかが実際に観測を行うまで確定しない、というような状態になります。

注4 イジング模型

磁石の基本的な原理を説明することのできる簡単な模型です。格子上の各点にスピンと呼ばれる小さな磁石を配置して、隣接する格子点の上のスピンたちは相互作用し、同じ方向を向こうとするとします。相互作用が外場や熱による揺らぎに打ち勝つと、全体のスピンが同じ方向を向く相転移を起こして磁石となります。この相転移が起きる状況を臨界状態と呼びます。

注5 ゲージ理論

場の量子論においては、電磁的相互作用は光の粒、光子の荷電粒子の間でのやりとりとして記述されます。素粒子理論における力には他に強い力と弱い力がありますが、これらは光子とは違う性質を持った粒子(ゲージ粒子)のやりとりとして理解され、そのような粒子を記述する場の量子論のことをゲージ理論と呼びます。

注6 クォーク閉じ込め

陽子や中性子はクォークと呼ばれる素粒子が3つ集まってできていると考えられています。しかし、このクォークが単体で観測されたことはありません。このことをクォーク閉じ込めと呼びます。クォーク閉じ込めの詳細な機構の解明は非常に難しく、多くの素粒子、ハドロン物理学者の夢です。

注7 ユニタリ操作

量子力学において、量子状態に対して行う操作のうち、確率を保存するもの。通常の対称性はこのユニタリ操作によって実現されます。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―