DATE2022.01.15 #Press Releases
カゴメ格子に由来する磁気熱電効果の増大機構の発見
-高機能磁気熱電変換材料の新たな物質設計指針へ-
見波 将(研究当時:物理学専攻 特任研究員・現在:特任助教/理化学研究所 客員研究員)
酒井 明人(物理学専攻 講師)
野本 拓也(大学院工学系研究科 助教/理化学研究所 客員研究員)
平山 元昭(大学院工学系研究科 特任准教授/理化学研究所 ユニットリーダー)
是常 隆(東北大学大学院理学研究科 准教授/理化学研究所 客員研究員)
有田 亮太郎(大学院工学系研究科 教授/理化学研究所 チームリーダー併任)
中辻 知(物理学専攻 教授/東京大学物性研究所 特任教授/トランススケール量子科学国際連携研究機構 機構長 併任)
発表のポイント
- カゴメ格子(注1)強磁性体Fe3Snの多結晶体において、鉄単体の約10倍の巨大な磁気熱電効果を発見しました。
- ノーダルプレーンと呼ばれる特殊な電子状態が、巨大な磁気熱電効果(注2)の起源であることを示しました。
- カゴメ格子に由来する磁気熱電効果の増大機構の発見は、高性能な磁気熱電材料を実現するための新たな物質設計指針になることが期待されます。
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の見波 将 特任研究員、酒井 明人 講師、中辻 知 教授らの研究グループは、東北大学大学院理学研究科の是常 隆 准教授(理化学研究所 創発物性科学研究センター 計算物質科学研究チーム 客員研究員)、東京大学大学院工学系研究科の野本 拓也 助教(理化学研究所 創発物性科学研究センター 計算物質科学研究チーム 客員研究員)、平山 元昭 特任准教授(理化学研究所 創発物性科学研究センター トポロジカル材料設計研究ユニット ユニットリーダー)、有田 亮太郎 教授(理化学研究所 創発物性科学研究センター 計算物質科学研究チーム チームリーダー)らの研究グループと協力して、鉄を主とするカゴメ格子強磁性体Fe3Snにおいて巨大な磁気熱電効果(=異常ネルンスト効果)が発現することを発見しました。加えて、第一原理計算(注3)を用いたコンピュータシミュレーションによる電子状態の解析の結果、ノーダルプレーンと呼ばれる特殊な電子状態が、カゴメ格子強磁性体Fe3Snにおける巨大な磁気熱電効果の起源となっていることが明らかとなりました。
磁気熱電効果の性能は、物質固有の電子状態や波動関数のトポロジーに由来する物理量(=ベリー曲率(注4) )が一端を担っています。磁気熱電効果の増大機構はこれまで未解明の部分が多くありましたが、今回発見したカゴメ格子に由来するノーダルプレーンと呼ばれる電子状態により巨大なベリー曲率が誘起し、磁気熱電効果が増大していることが明らかとなりました。また、このような特異な電子構造はカゴメ格子構造を持つ磁気熱電材料に発現する可能性があります。本研究で発見したカゴメ格子に由来する磁気熱電効果の増大機構は、今後の高機能磁気熱電変換材料の新たな物質設計指針になると期待されます。
本研究成果は、米国科学誌Science Advances(2022年1月15日)に掲載されました。
発表内容
研究の背景
既存の熱電技術に代わり得る革新的技術として、近年、磁性体において発現する磁気熱電効果が大変注目されています。これまで多くの研究開発が行われてきた熱電変換は、ゼーベック効果(注2)という物理現象に基づくもので、温度差と同じ方向に起電力が発生します。そのため柱状の多数の素子を立体的に並べるモジュール構造が必要となり、薄膜化・フレキシブル化や大面積化が難しいことや、多重接合に起因する不可避な大幅な性能低下などの問題があります。一方、磁気熱電効果を利用した発電では温度差と磁化に垂直方向に起電力が発生します。発電方向は磁化の方向で制御できるため、図1aのような大面積かつ無接合のモジュール構造が実現可能です。このような特長を持つ磁気熱電効果は、IoT機器に搭載する自立電源や省エネ社会の実現に資する革新的な熱電変換技術として期待されています。実際に薄膜の磁気熱電効果を用いた熱流センサーが最近開発され、注目を集めています。
温度勾配に対し垂直方向に起電力が生じる磁気熱電効果の起源は、磁性体中の電子の動きを支配する波動関数のトポロジカルな性質(注4)に由来します。磁気熱電効果の性能は第一原理計算などを用いたコンピュータシミュレーションにより予測することができます。しかしながら、材料ごとに電子状態・波動関数の性質が異なるため、どのような電子状態に起因し磁気熱電効果の起源となっているかは自明ではありません。より高性能な磁気熱電性能を有する材料の探索や物質設計をするために、普遍的な磁気熱電効果の増大機構の解明は重要な課題となっています。
研究内容と成果
本研究グループは、応用上の観点からクラーク数(注5) が大きく、安価で応用に適した材料である鉄系の磁性材料に焦点を当て高性能な磁気熱電効果を有する材料の探索を進めていました。その中で、鉄(Fe)とスズ(Sn)からなるカゴメ格子強磁性体Fe3Sn(図1b)の多結晶体において鉄単体に比べて約10倍もの大きな磁気熱電効果を示すことを明らかにしました。
図1:磁気熱電効果を活用した熱電変換モジュールとFe3Snの結晶構造の概念図
(a)磁気熱電効果を用いた熱電変換モジュール。磁気熱電効果により生じる起電力は温度勾配と磁化に対し垂直に生じるため、従来の熱電効果を用いた熱電変換モジュールと比較し接合部の少ない簡便なモジュール構造が実現可能です。(b)カゴメ格子強磁性体Fe3Snの結晶構造。Fe3Snはc軸方向に磁性原子の鉄(Fe、赤色の球)からなるカゴメ格子が積層した構造を有します。磁気転移温度が490℃と高いためさまざまな環境での動作が期待されます。
磁気熱電効果は室温付近で維持されるため、室温付近の排熱回収、熱電応用に適しています(図2a、b)。これまでに発見された巨大磁気熱電効果を示す物質Co2MnGa(Tc = 420℃), Fe3Ga(Tc = 450℃)に比べ高いキュリー温度(注6)Tc = 490℃を持つため、高温まで性能を失わないことが期待されます。また多結晶体は単結晶に比べ作製が容易であり熱電応用研究に適しています。
図2:カゴメ格子強磁性体Fe3Snにおける磁気熱電効果
Fe3Sn における(a)異常ネルンスト係数の磁場依存性。紫は200K、赤は300Kでの値。(b)異常ネルンスト効果の温度依存性。400K近傍で3μV/Kの値を示し、この値は鉄単体に比べ約10倍の値に匹敵します。(b)の黄色で塗られた温度領域は、室温付近の排熱回収、熱電応用で使われる温度領域となっています。Fe3Snの磁気熱電効果はこれらの温度領域で大きな起電力を得ることができ、さまざまな環境での応用が期待されます。
カゴメ格子強磁性体Fe3Snでの磁気熱電効果の起源を明らかにするために、第一原理計算を用いたコンピュータシミュレーションによる磁気熱電効果の性能予測と電子状態・波動関数の性質の解析を行いました。その結果、ノーダルプレーンと呼ばれる特異な電子状態がベリー曲率と呼ばれる磁気熱電効果の起源となる物理量を増強し、カゴメ格子強磁性体Fe3Snで観測された巨大な磁気熱電効果の起源となっていることを明らかにしました(図3a、b(注4))。ノーダルプレーンにより増強されるベリー曲率は、カゴメ格子強磁性体Fe3Snの運動量空間上の高対称点を結ぶように存在しカゴメ格子の持つ対称性に由来していると言えます。このようなノーダルプレーンと呼ばれる電子状態はFe3Sn特有のものではなく、カゴメ格子を有するような材料であれば発現する可能性があります。今回発見した磁気熱電効果の増大機構は今後の材料探索への適用が期待されます。
図3:運動量空間におけるノーダルプレーンとそれにより誘起する巨大なベリー曲率
(a)運動量空間におけるノーダルプレーン。フェルミエネルギーからのエネルギー差をE (meV)と表しています。ノーダルプレーンはアップとダウンの異なるスピンが作るバンド構造により定義されるため、運動量空間上において立体的な二次元の構造として出現します。 (b)E=50 meVにおけるベリー曲率(Ωx)。カゴメ格子の対称性由来の高い対称性を有する点を結ぶように大きなベリー曲率が出現しています。この構造は(a)で示されているノーダルプレーンが作る運動量空間での電子状態と一致しており、この巨大なベリー曲率がノーダルプレーンに由来していることが分かります。これまで、同じスピン間で定義されたノーダルラインが磁気熱電効果の増大に重要な役割を果たしていることが本研究グループにより議論されてきましたが、ノーダルプレーンのような電子状態が巨大な磁気熱電効果の起源となっていることは初めて確認されました。
社会的意義・今後の展望など
今回発見したカゴメ格子強磁性体Fe3Snは、鉄とスズというクラーク数が高く安価で毒性の無い元素で構成されていること、磁気転移温度が490℃と高いためあらゆる環境で動作可能であることなどから、磁気熱電効果を用いた熱電モジュールや熱流センサーの実用化へ大きな飛躍が期待されます。実用化の暁にはフレキシブル化・薄膜化や大面積化によりさまざまな場所で排熱を回収でき、環境の微量な熱を利用した電源としてIoTセンサーや熱流センサーなどに活用されることが期待されます。また、ノーダルプレーンという新たな磁気熱電効果の増大機構を活用し、高い性能を有する磁気熱電変換材料の探索を行う予定です。第一原理計算に基づくコンピュータシミュレーションも活用し、ノーダルプレーンを有し広く応用に使える材料の効率的な性能予測やノーダルプレーンを上回る新たな磁気熱電性能の増大機構の解明を目指し研究を進める予定です。
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」研究領域(研究総括:上田 正仁)における研究課題「電子構造のトポロジーを利用した機能性磁性材料の開発とデバイス創成」課題番号 JPMJCR18T3(研究代表者:中辻 知)、さきがけ「トポロジカル材料科学と革新的機能創出」研究領域(研究総括:村上 修一)における研究課題「第一原理計算に基づくトポロジカル磁性材料探索」課題番号JPMJPR20L7(研究代表者:野本 拓也)、文部科学省 科学研究費補助金新学術領域「J- Physics:多極子伝導系の物理」課題番号 15H05882 (研究代表:播磨 尚朝)における研究計画班「A01: 局在多極子と伝導電子の相関効果」課題番号 15H05883 (研究代表者:中辻 知)、およびJSPS科研費(JP19H00650, JP 20K22479, JP21H04437)の一環として行われました。
発表雑誌
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雑誌名 Science Advances論文タイトル Large anomalous Nernst effect and nodal plane in an iron-based kagome ferromagnet著者 Taishi Chen*, Susumu Minami*, Akito Sakai*, Yangming Wang, Zili Feng, Takuya Nomoto, Motoaki Hirayama, Rieko Ishii, Takashi Koretsune, Ryotaro Arita, Satoru Nakatsuji† (* : equal contribution, †: corresponding author)DOI番号 10.1126/sciadv.abk1480 アブストラクトURL http://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abk1480
用語解説
注1 カゴメ格子
原子が籠目状に配置した結晶構造を指します。今回発見したFe3Snでは図1bに示すように、鉄(Fe)原子がカゴメ格子を形成します。 ↑
注2 従来型熱電技術(ゼーベック効果)と磁気熱電効果(異常ネルンスト効果)
物質に温度差を加えると、電流の運び役となる電子(キャリア)が温度差に沿って移動するため、温度差と同じ方向に起電力が生じます(ゼーベック効果)。一方、磁性体では磁化の存在のためキャリアの移動が曲げられ、磁化と熱流に垂直方向にも起電力を示します(異常ネルンスト効果)。ゼーベック効果の場合、起電力が温度勾配と並行に生じるため、熱電変換モジュールを作成する際には多くの接合部が必要となり、そのようなモジュールはΠ型素子と呼ばれています。一方で、異常ネルンスト効果の場合、起電力が温度勾配に対し垂直に生じるため(図1a)に示すような非常にシンプルな熱電変換モジュールが作成可能であり、応用上のさまざまなメリットが期待できます。 ↑
注3 第一原理計算
量子力学のシュレディンガー方程式に従って、物質中の電子の運動をコンピュータで計算する方法を第一原理計算と呼びます。本研究では密度汎関数理論に基づいた第一原理計算を用いています。密度汎関数理論は、第一原理計算の中でも電子密度をベースに物質の性質を計算する手法で、固体物理や量子化学の分野で頻繁に用いられており、スーパーコンピュータなどの大規模な計算機などを活用し、計算を行います。 ↑
注4 ベリー曲率、波動関数のトポロジカルな性質
ベリー曲率は運動量空間上の波動関数により定義されます。このベリー曲率は運動量空間上であたかも磁場(仮想磁場)のような振る舞いを電子に与え、温度勾配に対して垂直方向の運動を与えます。この効果が磁気熱電効果特有の温度勾配に対する垂直な起電力の起源の一つとなっています。このベリー曲率は波動関数のトポロジカルな性質(位相幾何学的性質)に起因します。Fe3Snではノーダルプレーンにより巨大なベリー曲率が発現しています(図3ab)。巨大な仮想磁場が電子により大きな横方向の運動を与えていると解釈することもでき、ノーダルプレーンが巨大な磁気熱電効果の起源となっているといえます。↑
注5 クラーク数
クラーク数とは地球上の地表付近に存在する元素の割合を表します。クラーク数が大きい物質ほど身の回りに多く存在することを意味し、安価で応用しやすい材料の一つの指標と言えます。鉄はアルミニウムに次いでクラーク数が大きい金属であり、非常に応用に適した材料であると言えます。 ↑
注6 キュリー温度
キュリー温度とは、その温度以上では強磁性体(磁石)としての性質が失われる温度のことを指します。キュリー温度はその材料によりさまざまな値を示し、今回、我々が発見したカゴメ格子強磁性体Fe3Snでは約490℃となります。磁気熱電効果は磁性体(磁石)としての性質に起因しているので、キュリー温度以上では磁気熱電効果が失われます。そのため、高いキュリー温度と高い磁気熱電性能を有する材料を探索することが重要となります。 ↑