2021/07/25

火星表面の「しわ」状構造から紐解く過去の火星の熱史

〜地球で生命が誕生した頃、隣の惑星・火星は活動的だった?〜

 

ルジ・トリシット(研究当時:JSPS 特別研究員/現:宇宙航空研究開発機構 開発研究員)

河合 研志(地球惑星科学専攻 准教授)

 

発表のポイント

  • 火星表面に見られるリンクルリッジという「しわ」状構造の形成年代を推定し、37億年前には全球的な大規模な火山活動が停止するほど火星内部が冷やされ、35.5億年前に再開した火山活動が局所的なものにすぎないこと、および、冷却による惑星の収縮率が35.9~35.5億年前に最も高くなることを明らかにしました。
  • 過去の火星における全球的な熱史と気候変動は、これまで謎とされていました。本研究は、最新の火星全球の高解像度画像を最先端の年代決定法を用いて解析することで、火星表面に分布する「しわ」状構造の形成年代を全球にわたり推定することに世界で初めて成功し、過去の火星での火山活動の停止時期を決定することができました。
  • 38億年前以前に形成されたリンクルリッジが見られないことから、この頃に侵食作用を起こすような「激しい」気候から「穏やかな」気候へ変動したことが示唆されました。今回確立した手法を他の表面地形にも適用することで、過去に熱的に活発であった火星がいつどのように現在のような寒冷な惑星へ進化したかを理解できると期待されます。

 

発表概要

宇宙航空研究開発機構のルジ・トリシット開発研究員(研究当時:日本学術振興会 外国人特別研究員)と東京大学大学院理学系研究科の河合研志准教授の研究グループは、Buffered Crater Counting(注1) と呼ばれる最先端の年代決定手法を用いて、火星表層で見られる「しわ」状の地質構造であるリンクルリッジ(注2)の形成年代を推定しました。これまで、表層に残された地質学的証拠を元に、火星の熱進化の解明が試みられてきましたが、用いられる手法やデータには限界があり、偏った地域や年代での熱進化のみが理解されるに留まっていました。そこで、発表者らは火星において全球的に見られるリンクルリッジという地形に着目しました。リンクルリッジは火山活動の停止後に地殻で生じる収縮や歪みで形成されたと考えられており、火山活動の停止時期、すなわち火星内部の冷却時期を理解する手がかりと考えられています。近年探査機によって撮像された高解像度画像を全球的に解析した結果、火星でのクレーター年代学(注3)に基づくと火星のリンクルリッジは25~38億年前に多くが形成され、特に35.5~35.9億年前に最も集中していることがわかりました。周囲の火山の活動年代を考慮すると、この結果は、約37億年前には火星内部の冷却が進み、大規模な火山活動が停止したことを示唆します。本研究を基に、火星内部の熱的進化に関する研究が進み、火星がいつどのようにして地球と異なる進化を辿ることになったかについての理解に繋がると期待されます。

 

発表内容

地球や地球型惑星の進化を理解するには、熱史の理解が本質的に重要である。特に火星においては、ほとんどの熱が形成から間も無くして表面からの熱放射によって失われ、その結果現在のような乾燥寒冷な表層環境へと進化したと考えられている。しかし実際には、火山活動などによる熱損失が複雑に生じており、全球での熱損失の過程や速度は現在も未解明な点が多い。火星は地球と異なりプレート運動や風化侵食作用による表層物質の更新の影響が少ないため、表層に保存されている地質構造や地形を観測し、形成過程や形成年代を明らかにすることで、過去の火星における熱消失過程やその年代を理解できると期待される。加えて、地球とサイズや軌道要素が比較的近い火星での熱史の解明は、地球での地質学的・熱的進化を比較惑星学的に理解する上でも重要な知見をもたらすと期待される。

全球的に分布している地殻変動(特に火山活動に関連した応力の履歴)により形成された地形は、過去の火星での熱進化を理解する上で最も重要な対象の一つである。中でもリンクルリッジと呼ばれる地形は、地表に出現していない衝上断層(ブラインドスラスト;(注4))により表層に形成される「しわ」状の表面地形であり、過去の応力場を推定するための最も良い指標の一つであると考えられている。層序関係に基づく相対年代や、局所的な絶対年代の推定をした先行研究では、用いられた画像が低解像度であるために、推定された形成年代に大きな誤差が生じてしまっていた。リンクルリッジの形成年代を高精度に決定することは、当時の火星での火山活動に関連した応力履歴の理解に繋がり、熱史の解明にとって重要な鍵となる。

研究チームは、現在、火星上で全球的に取得されている最高解像度を持つContext Camera(CTX;(注5))画像を解析し、リンクルリッジを全球にわたって記載した(図1)。

図1:Thermal Emission Imaging System (THEMIS) モザイク画像 (Christensen et al., 2004) にMars Orbital Laser Altimeter (MOLA) – High-Resolution Stereo Camera (HRSC) blended DEM (Smith et al., 2001; Fergason et al., 2017)を投影した火星表面の3次元形状モデル。北東―南西方向に線状に伸びている地形がリンクルリッジである。

 

まず、伸長方向と形態(長さ、高さ、幅、間隔)に基づきリンクルリッジの特定を行い、27箇所の地域においてリンクルリッジが分布することを明らかにした。これらの地域は、火星における主要な火山地域を取り囲むように存在している。特定したリンクルリッジの年代決定を、クレーター年代学を発展させたBuffered Crater Counting(BCC)を用いて行った。BCCはリンクルリッジのような線状の地質構造であっても、正確かつ高精度に形成年代を推定することができる強力な年代決定法である。特定した全てのリンクルリッジに対してBCCを用いて形成年代を決定したところ、25-38億年の間に集中しており、特に35.5~35.9億年前において最も多くのリンクルリッジが形成されていることがわかった(図2)。

図2:本研究によって記載された火星全球でのリンクルリッジの分布と形成年代。青線は特定したリンクルリッジ。数字はBCCに基づき決定された年代(単位:Ga)を指す。背景色はMOLA-HRSC blended DEM (Smith et al., 2001; Fergason et al., 2017)に基づく火星全球の標高を示す。

 

周囲の火山によって形成されたと考えられる溶岩平原の形成年代を考慮すると、溶岩平原を形成した火山活動は約37億年前に鎮静化し、その後リンクルリッジが形成したと考えられる。その後、35億年前ごろには一部の火山は一時的に活動を再開したと考えられるが、35億年前以降のリンクルリッジの分布をみると、局所的なものであったと考えられる。このことから、火星においては火山活動による内部からの熱損失は一定ではなく、37億年前ごろに最も急速に進んだことが示唆された。また、38億年前以前に形成されたリンクルリッジが表面に見られないことから、38億年前以前は激しい浸食作用が起きる湿潤な気候であったが、38億年前ごろに大規模な気候変動が起きたために、リンクルリッジが現在まで保存されていると考えられる。

本研究で解明されたリンクルリッジの形成年代は地球表層に残されている地殻変動による表層地形年代よりもずっと古く、地球生命の誕生と比較的近い年代を示している。すなわち地球で生命が誕生した頃、火星はすでに熱的に”死にかけた”状態へと進化しており、現在のような乾燥寒冷な表層の環境になっていたかもしれない。将来的には、本研究手法を地溝や正断層など火星で見られる他の表層地形に適用して正確な年代決定を行うつもりである。本研究は火星内部のダイナミクスの理解への第一歩であり、火星における熱史の解明に繋がるだろう。

 

発表雑誌

雑誌名
Icarus
論文タイトル A global investigation of wrinkle ridge formation events; Implications towards the thermal evolution of Mars
著者
Trishit Ruj*, Kenji Kawai*
DOI番号
10.1016/j.icarus.2021.114625
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用語解説

注1 Buffered Crater Counting (BCC)

クレーター年代学を発展させた年代推定手法。従来のクレーター年代学では困難な線状や曲線な地形の形成年代の決定が可能である。

注2 リンクルリッジ

月や火星に見られる「しわ」状の線状構造。火山活動などにより噴出した溶岩に関連して形成されると考えられている。

注3 火星クレーター年代学

クレーター年代学とは固体天体表層のクレーター数密度に基づき、特定の地域や地形の形成年代を決定する手法であり、サンプルリターンが行われていない天体での年代を決定する上で最も広く用いられる手法である。火星においては観測やシミュレーションに基づくクレーターの生成率を仮定することで、数十%の確度での年代決定が可能である。

注4 衝上断層(ブラインドスラスト)

地殻に圧縮応力が生じることで片側の地層がもう一方の地層の上側にずり上がり形成される逆断層。その角度やサイズなどから形成当時の地殻で生じた圧縮応力が推定可能である。

注5 Context Camera (CTX)

Mars Reconnaissance Orbiter(MRO)に搭載された最高解像度~6m/pixを持つカメラ。火星の99%以上の領域を撮像しており、全球を撮像したカメラの中で最も高解像度を持つ。 

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―