DATE2021.03.01 #Press Releases
太った星の体温測定
爆発前の超巨大星の表面温度を正確に測定することに成功
谷口 大輔(天文学専攻 博士課程1年生)
松永 典之(天文学専攻 助教)
河北 秀世(京都産業大学 神山天文台長)
発表のポイント
- ベテルギウスのような赤く超巨大な星(赤色超巨星(注1))の表面温度を鉄原子吸収線だけを用いて正確に決定する手法を開発しました(図1)。ガイア衛星(注2)が2020年12月に公開したばかりの星までの距離を組み合わせると、理論的な予想とよく合う星の温度と明るさが得られました。
- 構造が複雑な上層大気の影響を受けにくい鉄原子吸収線だけを利用する赤色超巨星の温度決定法は今までありませんでした。これまで使われてきた分子吸収線よりも正確に温度を決められると期待されます。
- 年齢や金属量(注3)がさまざまな赤色超巨星の観測を行えば、理論モデルによる赤色超巨星の進化の予想が正しいか検証することができます。これによって、超新星爆発を起こすまでの進化の予測の正確性を高めることもできます。
発表概要
オリオン座のベテルギウスのような赤く超巨大な恒星(赤色超巨星)は、もともと青かった大質量星(太陽の約9倍以上の質量を持つ恒星)が進化したもので、やがて超新星爆発を起こします。これらの星の進化と超新星爆発の時期を正しく予測するためには、理論モデルと天体観測の両面から赤色超巨星の正確な温度を知ることが重要です。しかし、過去の観測的な温度決定法では、構造が複雑な赤色超巨星の上層大気に起因する系統誤差を排除することが困難でした。
そこで、東京大学大学院理学系研究科・大学院生の谷口大輔らは、上層大気の影響を受けにくい鉄原子吸収線のみを用いた温度決定法を確立しました。この手法では、既に温度がよく分かっている赤色巨星(注1参照)でライン強度比(注4)と温度の間の関係を較正し、それを赤色超巨星に適用します。ライン強度比は、観測スペクトルに現れる2本の吸収線の深さを測定して比を計算するだけのもので、非常に簡便に利用することができます。今までは星の複雑な数値モデルを使って誤差も大きくなりやすい温度の決定法が使われてきたのに対し、本手法は「体温計」を向けるだけで正確な温度が測れるようになったようなものです。
東京大学および京都産業大学神山天文台が赤外線高分散ラボ(LiH)において共同開発した赤外線高分散分光器WINERED(注5)で観測した太陽系の近くにある赤色超巨星に対して今回得た温度は、現在の恒星進化理論モデルによる予測とよく合うものでした(図1)。今後、年齢や金属量が異なるさまざまな赤色超巨星の観測を行えば、別の銀河や宇宙の初期に生まれた大質量星など、太陽系の近くにあるような星以外に対する恒星進化の理論モデルの検証ができるようになります。
図1:赤く太った恒星である赤色超巨星の温度を地球から測定している様子のイメージ図。(画像クレジット:東京大学)
発表内容
研究の背景
2019年末から2020年初頭にかけて、オリオン座の一角を占める一等星のベテルギウスが突如として二等星まで暗くなり、超新星爆発の予兆なのではないか等と話題を呼びました。ベテルギウスは大質量星が進化し赤く膨張した姿である赤色超巨星の一つです。赤色超巨星は超新星爆発によってその一生を華々しく終え、宇宙空間にエネルギーやガスをばらまきます。このため、赤色超巨星がどのくらいの重さの星がどのように進化してきた姿なのかを理解することは、銀河全体の進化を考える上でも非常に重要です。
赤色超巨星の進化を理解するために最も重要なパラメーターはその表面温度です。赤色超巨星はヘルツシュプルング・ラッセル図(HR図(注6))上で限られた範囲に分布します。表面の絶対温度は太陽の5772ケルビンより低く(3500から4000ケルビン程度)、明るさは太陽の1万倍以上、半径は1天文単位(地球と太陽の距離)よりも大きくなっています(図2左)。
図2:赤色超巨星やその他の恒星の表面温度と明るさの関係(HR図)。左図:恒星は主系列星としてその寿命の大半を過ごし、中心部の水素を燃やし尽くした後に膨張しHR図の右上へと移動する。スピカのような質量が重く青い星はベテルギウスのような赤色超巨星へと進化する。右図:ジュネーブ天文台の研究グループによる大質量星の進化モデル(実線)と本研究で得られた赤色超巨星の温度と明るさ(赤丸)。(画像クレジット:東京大学)
しかし、実は赤色超巨星の温度はあまり正確に分かっておらず、異なる理論モデルは異なる温度を予想しています。もし赤色超巨星の温度と明るさを天体観測で測定できるのなら、それを恒星進化理論モデルの予想と比較することで、理論モデルを検証することができます。
しかし、赤色超巨星は複雑な構造の上層大気を持ち、そこで形成される吸収線(分子吸収線や強い原子吸収線など)の強度はこの構造に依存して変化してしまいます。赤色超巨星の温度を観測で決定するための過去の手法はこのような分子吸収線などに依存しており、得られた温度にどのような系統誤差が含まれるか明らかではありませんでした。干渉計を用いた温度決定法も、赤色巨星のような比較的上層大気が単純な星に対しては有効ですが、赤色超巨星ではやはり系統誤差が課題となっています。
研究内容
本研究では、近赤外線のYJバンド(0.97–1.32マイクロメートル)のスペクトルに見られる鉄原子吸収線に着目しました。複雑な上層大気の影響を受けずに温度を決定するためには、恒星表面近くで形成される比較的弱い原子吸収線のみを使うことが肝要です(図3)。
東京大学および京都産業大学神山天文台が赤外線高分散ラボ(LiH)において共同開発した赤外線高分散分光器WINERED(注5)で観測した太陽系の近くにある赤色超巨星に対して今回得た温度は、現在の恒星進化理論モデルによる予測とよく合うものでした(図1)。
図3:赤色超巨星の広がった大気の異なる高さで鉄原子吸収線と分子吸収線が生じている様子のイメージ図。鉄原子吸収線は主に恒星の表面付近で形成されるのに対し、H2OやCO等の分子吸収線は薄く広がった上層大気の中で主に形成される。挿入図:異なる種類の恒星の大きさの比較。(画像クレジット:東京大学)
可視光などの他の波長範囲にある原子吸収線は数多くの強い分子吸収線に埋もれていますが、YJバンドの波長範囲では分子吸収線が少なく、弱い原子吸収線でも孤立して現れるものがあります。本研究では、東京大学と京都産業大学が共同で開発したWINERED分光器の精度の高さを活かしてYJバンドの高品質なスペクトルを取得し、そのような原子吸収線の深さを測定することに成功しました(図4)。
図4:本研究の観測に用いたWINERED分光器と、得られた赤色超巨星のスペクトル。上図:神山天文台の荒木望遠鏡に搭載したWINERED分光器。(画像クレジット:京都産業大学神山天文台)下図:観測した赤色超巨星のスペクトルの例。スペクトルの品質の高さのおかげで、数多くの吸収線を同定することに成功している。これらの吸収線のち、赤矢印で示した4本の鉄原子吸収線は本研究で深さを測定したものである。(画像クレジット:東京大学)
まず、この波長帯のスペクトルから十分に孤立した52本の鉄原子吸収線を探し出しました。続いて、温度が既に正確に決定されている9個の赤色巨星を用いて、11ペアの鉄原子吸収線のライン強度比を使って正確な温度を決定するための関係式を較正しました(図5)。
図5:赤色巨星でのライン強度比と温度の間の関係の例。左図:WINERED分光器で観測した9つの赤色巨星のスペクトルの例(温度が高い順)。左側の鉄原子吸収線は温度が異なる恒星でも深さが変わらないが、右側の鉄原子吸収線は低温の恒星で深さが深くなっている。右図:この2本の鉄原子吸収線の深さの比(ライン強度比)と温度の関係。(画像クレジット:東京大学)
赤色巨星と赤色超巨星では明るさが100倍程度異なりますが、同じ元素の吸収線の間のライン強度比は明るさに依存しないため、赤色巨星で較正したライン強度比–温度関係を赤色超巨星に適用することができます。この手法によってベテルギウスを含む10個の赤色超巨星の温度を決定したところ、例えばベテルギウスの温度が3611ケルビンだと分かりました。この温度は、統計誤差が30–70 ケルビン程度と十分に精度が高く、系統誤差も小さいと期待されるものです。
本手法は、鉄原子吸収線のみを用いて赤色超巨星の表面温度を正確に決定する世界で初めての試みです。また、ガイア衛星が2020年12月に公開したばかりの高精度な恒星までの距離を世界で一早く活用することで、赤色超巨星の正確な明るさを推定することにも成功しました。本研究で得られた赤色超巨星の温度と明るさはジュネーブ天文台の研究グループによる大質量星進化の理論モデルの予想とよく一致するものでした(図2右)。
将来の展望
本研究により、赤色超巨星の表面温度を正確に決定することが可能となりました。この手法を用いれば、今後さまざまな場所にある赤色超巨星の温度と明るさを簡単かつ正確に知ることができるようになります。我々がいる天の川銀河の中だけを見渡しても、例えば太陽よりも銀河の内側にいる赤色超巨星は太陽と比べて2倍以上の金属量を持ちます。天の川銀河を飛び出し、マゼラン銀河やアンドロメダ銀河、さんかく座銀河まで見渡せば、太陽と同程度以上から0.2倍程度まで、さまざまな金属量の赤色超巨星がいます。これらの多種多様な環境下の異なる金属量を持つ赤色超巨星のHR図を天体観測によって描くことで、大質量星がどのように赤色超巨星に進化し、そして死にゆくのか、という恒星物理学と銀河天文学の両分野にまたがる重要な課題に対して理論モデルを検証する大きな手がかりを得ることができると期待されます。
なお、本研究は、孫正義育英財団の研究費支援金(財団生:谷口大輔)および日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究(B)「セファイド変光星の多次元情報に基づく銀河系円盤の進化過程の検証」(課題番号:18H01248、研究代表者:松永典之)などの支援を受けて行われました。
発表雑誌
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雑誌名 Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 論文タイトル Effective temperatures of red supergiants estimated from line-depth ratios of iron lines in the YJ bands, 0.97–1.32 µm著者 Daisuke Taniguchi*, Noriyuki Matsunaga, Mingjie Jian, Naoto Kobayashi, Kei Fukue, Satoshi Hamano, Yuji Ikeda, Hideyo Kawakita, Sohei Kondo, Shogo Otsubo, Hiroaki Sameshima, Keiichi Takenaka, Chikako YasuiDOI番号 論文URL https://academic.oup.com/mnras/article/502/3/4210/6146779
用語解説
注1 赤色超巨星と赤色巨星
多くの恒星はその寿命の大半を主系列星として過ごします。この間に恒星の中心部の水素を核融合反応で燃やし尽くした後、恒星は膨張し、温度が低く明るい天体である赤色巨星や赤色超巨星へと進化します。太陽などの大部分の恒星はおうし座のアークトゥルスのような赤色巨星へと進化しますが、おとめ座のスピカのように青く太陽より約9倍以上大きな質量を持つ大質量星は特に明るい赤色超巨星へと進化します(図2左)。代表的な赤色超巨星としてオリオン座のベテルギウスやさそり座のアンタレスが挙げられます。これらの赤色超巨星はII型超新星としてその生涯の最期を華々しく終えます ↑
注2 ガイア衛星
地球は太陽の周囲を公転運動しているため、地球から見た恒星の見かけの位置(方向)は1年周期で変動します。この見かけの位置の変動(年周視差)を用いることで、星までの距離を測定することができます。ガイア衛星は年周視差をこれまでにない高い精度で測定するために2013年に欧州宇宙機関が打ち上げた人工衛星です。ガイア衛星は2020年12月に最新の観測結果(ガイア・データリリース3)を公開しました。このデータには天の川銀河にある全恒星の1%にあたる約10億個の星までの年周視差が含まれます。 ↑
注3 金属量
天文学では、原子番号が3以上の元素(水素とヘリウム以外の全元素)のことを重元素と呼びます。大半の重元素は恒星の内部の核融合反応や超新星爆発により合成され、星間空間に星間ガスとして放出された後に、次世代の恒星に取り込まれます。つまり、それぞれの恒星が持つ重元素の量(金属量)はその恒星が生まれた環境(星間ガスの金属量)に依存します。また、金属量は恒星の進化過程に影響を与えることが知られています。 ↑
注4 ライン強度比
恒星からの光をプリズムや回折格子を用いて波長ごとに分けることを分光観測と呼びます。ライン強度比とは、分光観測で得られたスペクトル中に見られる2本の吸収線の深さの比のことを指します(図5)。一般にライン強度比は恒星の温度や明るさなど様々なパラメーターに依存しますが、注意深く2本の吸収線を選ぶことで温度のみに依存するライン強度比を得ることができます。この研究では赤色超巨星の温度を決定するために、赤色巨星と赤色超巨星の近赤外線スペクトルに見られる吸収線のうち11ペア22本の鉄原子吸収線のライン強度比を用いました。 ↑
注5 WINERED分光器
東京大学と京都産業大学神山天文台の研究プロジェクト「赤外線高分散ラボ(Laboratory of Infrared High-resolution spectroscopy: LiH)」が、民間企業との協働で開発した近赤外線高分散分光器です(図4)。2016年以前は、京都産業大学神山天文台の荒木望遠鏡(口径1.3 m)に搭載してさまざまな観測を行っていました。本研究で利用したスペクトルは、この期間の2013年から2016年にかけて取得されたものです。2017年・2018年には、チリ共和国のラ・シヤ天文台の新技術望遠鏡(口径3.58 m)に搭載して観測を行いました。現在、さらに口径の大きい(6.5 m)のマゼラン望遠鏡(チリ共和国ラス・カンパナス観測所)への移設準備を進めています。 ↑
注6 ヘルツシュプルング・ラッセル図(HR図)
恒星の表面温度と明るさをプロットした散布図のことをHR図と呼びます(図2参照)。主系列星は温度が高い恒星ほど明るいという特徴を持ち、HR図上で一本の斜め線の上に乗ります。これに対して赤色巨星や赤色超巨星は温度が低く明るいため、主系列星の右上の限られた領域に位置します。 ↑