search
search

Press Releases

DATE2026.11.05 #Press Releases

雲粒の成長過程に量子計算を適用

―複雑な確率分布の効率的な計算に向けた新たなアプローチ―

発表のポイント

  • 雲の中の水滴(雲粒)が確率的に成長する過程に量子計算を適用し、古典的な直接計算と比較して、問題規模の増大に伴う計算コストの増加を抑えられる可能性を示しました。
  • 量子計算の応用研究が極めて限られている気象学の分野において、雲粒の確率的な成長という具体的な問題に量子計算を適用する新たなアプローチを提示しました。
  • 本研究を足がかりとして、雲粒の成長過程だけでなく、乱流などに現れる複雑な確率過程へと量子計算の応用が広がることが期待されます。

雲粒の確率的な成長を量子計算で扱う概念図
雲粒の衝突・併合によって変化する雲粒分布の確率を、量子ビットを用いて表現し、量子ゲートを組み合わせた量子回路(右・模式図)を用いて計算する。

概要

東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻の上野和雅大学院生(博士課程)と、三浦裕亮准教授は、雲の中の水滴(雲粒)が衝突・合体しながら成長する過程に量子計算を適用し、その有効性を検討しました。雲粒の成長は確率的な現象であり、詳細に記述するには、さまざまな雲粒分布が生じる確率を扱う必要があります。しかし、これらの確率をすべての実現可能な雲粒分布について計算しようとすると、問題規模とともに計算コストが急増します。本研究では、この計算に量子計算を適用することで、計算コストの増加をより緩やかにできる可能性を示しました。本研究を足がかりとして、雲粒の成長過程の計算に限らず、乱流など計算が困難な気象学の問題への量子計算の応用が広がることが期待されます。

発表内容

量子計算はさまざまな分野への応用が研究されていますが、気象学への応用はまだ初期段階にあり、その応用例は極めて限られています。本研究では、気象学の中で量子計算の特性を活かせる問題として、雲粒の衝突・合体による成長過程に着目しました。

雲粒は、互いに衝突・合体しながら成長し、降水へとつながっていきます。この過程は確率的で、同じ条件でも異なる雲粒分布が生じます。ここで雲粒分布とは、「どの大きさの雲粒が何個存在するか」を表したものです。雲粒の衝突は偶然に起こるため、まれな衝突の連鎖によって大きな雲粒が早く生じることもあります。こうした成長過程を詳しく理解するには、それぞれの雲粒分布が生じる確率を正確に扱うことが重要です。マスター方程式(注)を用いることでこの確率の時間変化を記述できますが、雲粒の大きさを細かく区分するほど、取り得る雲粒分布の数が急増し、計算コストも大きくなります。

本研究では、さまざまな雲粒分布が生じる確率の情報を量子状態に持たせ、その量子状態の時間発展を計算し、さらに、各大きさの雲粒の個数の期待値を計算する量子回路を構成しました。問題が大きくなったときの計算コストの増え方を比較したところ、マスター方程式を全状態について直接計算する古典的な方法では、計算コストが問題規模に対して超多項式的に増加するのに対し、本研究で提案した量子計算法では、時間ステップ数と目標精度を固定した場合、その増加を多項式的なものに抑えられることが示されました(図1)。

現時点では実際の計算に必要な量子計算資源は依然として大きく、実用化には量子計算機と計算手法のさらなる発展が必要です。本研究を足がかりとして、乱流や放射など、気象学に現れる複雑な確率過程へと量子計算の応用が広がることが期待されます。

図1:様々な雲粒分布の確率の時間発展と量子計算での計算量スケーリングの概念図
p_i は各雲粒の分布が生じる確率を表す。右下の曲線は、問題サイズに対する計算量の増加を模式的に示したもの。

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
  上野 和雅 大学院生
  三浦 裕亮 准教授

論文情報

雑誌名 Physical Review Applied
論文タイトル
Quantum algorithm for the collision-coalescence of cloud droplets
著者 Kazumasa Ueno and Hiroaki Miura
DOI 10.1103/ffxz-ttw7

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラム(課題番号:JPMJSP2108)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費(課題番号JP23H01243,JP26KJ0759)の支援により実施されました。

用語解説

注   マスター方程式
ある系が取り得る各状態の確率が、時間とともにどのように変化するかを記述する方程式。 ↑

↑