DATE2026.09.14 #Press Releases
多発性骨髄腫における動的マルチモーダル生存予測モデル
―遺伝子発現、経時的検査値、治療歴を統合―
発表のポイント
- 多発性骨髄腫の診断後1~18か月の観察期間から、それ以降の全生存期間を予測する動的な予測モデルを開発しました。
- 画像化した遺伝子発現データ、10種類の検査項目の経時的な推移、治療履歴を深層学習で統合することで、従来の静的なモデルに比べて高い予測性能が得られました。
- 本手法は、多発性骨髄腫など長期治療が必要な病気に対し、治療経過で得られる情報を積極的に活用し、予後予測をより高い精度で行うことへの貢献が期待されます。

多発性骨髄腫 AI治療支援
概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科のジア シャンルー大学院生、理化学研究所(理研)生命医科学研究センターのアロック シャルマ専任研究員、東京大学大学院理学系研究科のアルテム ルイセンコ准教授、角田達彦教授(兼 同大学新領域創成科学研究科教授)らによる研究グループは、多発性骨髄腫(注1) に対し、診断後1~18か月の観察期間から残存全生存期間を予測する動的なマルチモーダル(注2) 予測モデルを提案しました。従来の多発性骨髄腫での予後層別化は診断時に確定される病期分類に基づいており、治療中に得られる経時的な情報は考慮されていませんでした。本研究では、研究グループ独自提案のDeepInsight法(注3)で診断時の遺伝子発現データを画像に変換したデータや診断時臨床・血液検査データに加え、10種類の検査項目の経時的な推移や治療履歴を深層学習(注4)で統合した結果、予測解析時点以降の生存期間を高精度に予測することができました。本手法により、将来的に、多発性骨髄腫など長期治療が必要な病気に対し、治療経過で得られる情報を積極的に取り入れることによって、予後予測をより高い精度で行うことに広く貢献すると期待されます。
発表内容
〈研究の背景〉
多発性骨髄腫は血液がんの約10%を占め、新規診断患者の全生存期間は数ヶ月から10年以上と幅があります。これまでの患者の予後の層別化の計算モデルは、診断時に確定される病期分類システムに基づいており、個々の患者の治療中に得られる経時的な情報は考慮されていませんでした。しかし、多発性骨髄腫の治療は、導入療法、移植適格性評価、強化療法、維持療法といった複数の段階を経て、数ヶ月から数年にもわたる長期の過程です。臨床の現場では、臨床医は導入療法の完了、移植の決定、維持療法の開始といった所定の節目で予後を再評価します。その方法を計算による予測モデルにも取り入れることが望ましいのですが、既存のモデルの多くは、診断時などの単一の時点での情報に基づいて作られるため、新たな観察データが得られても、それをもとに予後予測を更新することが容易にはできないという問題がありました。

図1:多発性骨髄腫と診断された患者から得られる情報と患者の予後予測
新規診断の多発性骨髄腫の患者に対し、診断時に加え、長い治療経過に伴い、血液検査や、薬物治療の組み合わせなどの情報が得られます。実際の臨床医は、それらも考慮して患者の今後の予後を決め直しますが、従来の計算による予測モデルではそれらの追加情報は考慮されてきませんでした。本研究はこの点に着目し、このような治療経過中に得られる情報を予後予測モデルに加えました。
〈研究の内容〉
本研究では、多発性骨髄腫に対し、診断後1~18か月の観察期間から残存全生存期間を予測する動的なマルチモーダル予測モデルを開発しました。このモデルでは、研究グループが独自に提案してきたDeepInsightによって画像様形式に変換した遺伝子発現データ、10種類の検査項目の経時的な推移、および治療履歴を、深層学習で統合します。Multiple Myeloma Research FoundationのCoMMpass(Clinical Outcomes in MM to Personal Assessment of Genetic Profile)臨床試験での患者752人の公開データで評価を行ったところ、初期情報のみを用いる従来の手法を上回る、残存生存予測期間の高い予測性能を示しました。また、患者の生存リスクの違い(高リスク群と低リスク群の差)が全ての経過時点で予測可能であるとともに、治療経過や追跡診断の情報を加味することで予測性能が上がることもわかりました。そして予測モデルが判断に用いた因子を分析したところ、骨髄腫の既知の生物学的メカニズムと一致する、ユビキチン・プロテアソーム、小胞体ストレス、およびインターフェロンα応答のシグナルが見出されました。これらの知見から、多発性骨髄腫での時間経過的な予後評価に向けた動的なマルチモーダル予測モデルが有用である可能性が示されます。

図2:本研究で提案したマルチモーダル深層学習による残存生存期間予測モデル
多発性骨髄腫の患者の診断/初期治療時の遺伝子発現データを画像様形式に変換したデータに加え、治療経過中に得られる血液検査や投薬履歴のデータを加え、それ以降の生存期間を予測するモデルです。
〈今後の展望〉
今後、臨床連携を通じ、多発性骨髄腫などの治療経過の長い病気に対して患者からのデータを蓄積し、さまざまな治療プロトコルや追跡検査体制などに対し、前向き検証をすることによって、臨床への橋渡しの可能性を評価していきます。このような方法が進展すれば、多発性骨髄腫などの病気の治療経過の役立て方の理解や予測モデルの構築、そして今後の検査方法の指針の策定につながると期待されます。
関連情報
「人工知能でゲノミクスを」(2019/08/06)- DeepInsight法
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院理学系研究科 生物科学専攻
角田 達彦 教授
兼:東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授
アルテム ルイセンコ(Artem Lysenko) 准教授
大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻
ジア シャンルー 博士課程/日本学術振興会特別研究員
理化学研究所
生命医科学研究センター
アロック シャルマ 専任研究員
兼:東京大学大学院理学系研究科 客員共同研究員
兼:南太平洋大学 教授
兼:高麗大学校 教授
キース ボロエヴィッチ テクニカルスタッフI
論文情報
-
雑誌名 Briefings in Bioinformatics 論文タイトル Dynamic multimodal survival prediction in multiple myeloma integrating gene expression, longitudinal laboratory measurements, and treatment history著者 Shangru Jia, Artem Lysenko*, Keith A Boroevich, Alok Sharma*, Tatsuhiko Tsunoda*(*:責任著者) DOI 10.1093/bib/bbag475
研究助成
本研究は、科研費「特別研究員奨励費(課題番号:25KJ1104)」、「基盤研究C(課題番号:24K15175)」、「基盤研究B(課題番号:20H03240)」、「基盤研究B(課題番号:25K02261)」、「JST CREST(課題番号:JPMJCR2231)」の支援により実施されました。
用語解説
注1 多発性骨髄腫
免疫の働きを担う「形質細胞」ががん化し、骨髄で異常増殖する血液がんの一種です。 ↑
注2 マルチモーダル
複数の異なる種類や形式のデータのことです。本研究では、遺伝子発現データ、検査項目の経時的な推移、治療履歴を使用しました。それらを組み合わせることでより良い結果を得ます。 ↑
注3 DeepInsight法
ゲノミクスデータなどの非画像データを画像データに変換して深層学習で扱えるようにする、角田教授らが2019年に提案した独自の方法です。 ↑
注4 深層学習
深層学習は多層のニューラルネットワーク(ディープニューラルネットワーク)による機械学習手法で、ディープラーニングともよばれます。データを入力する入力層、演算をしながら情報を受け継いでいく複数の中間層、そして判別結果を出力する出力層からなります。 ↑

