DATE2026.07.22 #Press Releases
エクソソーム工学で細胞機能を飛躍的に増幅
ーがん検出、ドラッグデリバリー、抗老化への展開に期待ー
発表のポイント
- 細胞が分泌するナノ粒子「細胞外小胞(エクソソーム)」の表面を希土類(ランタノイド)イオンで修飾することにより、同じ種類の細胞とエクソソームが選択的に結合する性質「同種標的化」を25倍以上に増強する技術を開発しました。
- この技術により、多種多様のエクソソームが混在する試料の中から、目的の細胞に由来するエクソソームだけを高選択的に捕捉する「超同種標的化」法を確立しました。
- 本研究で臨床実証したトリプルネガティブ乳がんの超高感度キッドバイオプシーへの応用に加え、ドラッグデリバリー、組織工学、抗老化治療への展開が期待されます。

本研究の背景・成果・応用展開
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の合田圭介教授(兼:東北大学SiRIUS医学イノベーション研究所 国際卓越教授)らによる研究グループは、細胞が分泌する微小な袋状のナノ粒子「エクソソーム/細胞外小胞(注1)」の表面を希土類(ランタノイド)(注2)イオンで化学的に修飾することで、同じ種類の細胞とエクソソーム同士が選択的に結びつく性質「同種標的化(注3)」を25倍以上に高める新技術を開発しました(図1)。研究グループはこの増強効果を「超同種標的化」と名付けました。本技術を用いると、多種多様なエクソソームが混在する試料の中から目的の細胞由来エクソソームだけを高速かつ高選択的に捕捉できます。これにより、ごく微量のがん由来エクソソームやがん細胞を血液から高感度に検出することが可能となり、本研究で臨床実証したトリプルネガティブ乳がん(注4)のリキッドバイオプシー(注5)や進行が早いがんや難検出がんの早期診断や再発モニタリングへの応用に加え、ドラッグデリバリー、組織工学、抗老化治療への展開が期待されます。本成果は、7月22日付で国際的な学術誌「Nature Biomedical Engineering」に掲載されました。

図1:エクソソームの表面を希土類イオンで修飾して「超同種標的化」を実現する概念と評価
エクソソームの表面に希土類イオンを導入すると、同じ種類の細胞との相互作用が25倍以上に増強され、目的のエクソソームだけを短時間で選択的に捕捉できるようになる。
発表内容
エクソソームは、ほぼ全ての細胞が分泌する直径30〜150ナノメートルほどの微小な袋です。内部にDNAやタンパク質などを含み、分泌元の細胞の状態を映し出すため、体液を調べるだけでがんなどを診断できる「リキッドバイオプシー」の有望な標的とされてきました。しかし体液中のエクソソームは多様な細胞に由来するものが入り混じっており、特定の細胞由来のエクソソームだけを選び分けることは困難でした。
そこで研究グループは、細胞が自分と同じ種類の細胞を見分けて結びつく、生体に本来備わった「同種標的化」に着目しました。がん細胞の表面には、悪性化や転移に関わる糖「シアル酸(注6)」が多く存在します。この性質を利用し、シアル酸と強く結びつくユウロピウムやテルビウムなどの希土類イオンでエクソソームの表面を修飾したところ、同じ種類の細胞とエクソソームの結びつきが修飾前の25倍以上に高まり、目的のエクソソームを捕捉する時間も大幅に短縮されました。研究グループはこの現象を「超同種標的化」と名付けました(図1)。
さらに、この超同種標的化を利用して2種類の超高感度なリキッドバイオプシー技術を構築しました。1つは「細胞でエクソソームを検出する」手法です。がん細胞株細胞を捕捉役として用い、無数のエクソソームが混じる血清からがん由来のエクソソームだけを選び取り、血清1ミリリットル中わずか数十個程度の対象エクソソームまで検出できました(図2)。もう1つは「エクソソームで細胞を検出する」手法です。表面を修飾したがん細胞株細胞由来エクソソームを血液中のがん細胞(循環腫瘍細胞(注7))に結合させ、信号を約1万倍に増幅することで、20ミリリットル近い血液中のたった1個のがん細胞まで検出できました(図3)。
これらの技術を実際の試料で検証しました。トリプルネガティブ乳がんを移植したマウスでは、血液中のがん由来エクソソームやがん細胞が健常なマウスより有意に多く、腫瘍の進行とともに増え、抗がん剤の投与で減ることを確認しました。さらに、患者13名と健常者13名の血液を明確に見分けることができ、臨床現場の複雑な条件下でも有効に働くことを示しました。本成果は、がんの早期診断や再発のモニタリングに加え、ドラッグデリバリーや組織再生、免疫療法など幅広い分野への応用が期待されます。
図2:細胞でエクソソームを検出するリキッドバイオプシー法とその評価
検出したいがんと同種の細胞株細胞を用いて血中のがん由来エクソソームを検出する手法。マウスとがん患者の血液を用いることで、トリプルネガティブ乳がん(TNBC)の検出において高い性能を示すことを実証した。
図3:エクソソームで細胞を検出するリキッドバイオプシー法とその評価
検出したいがんと同種の細胞株由来エクソソームを用いて血中の循環腫瘍細胞(CTC)を検出する手法。マウスとがん患者の血液を用いることで、トリプルネガティブ乳がん(TNBC)の検出において高い性能を示すことを実証した。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院理学系研究科
合田 圭介 教授(責任著者)
兼:東北大学SiRIUS医学イノベーション研究所/東北大学大学院医学系研究科 国際卓越教授
カリフォルニア大学ロサンゼルス校工学部生物工学科 非常勤教授
丁 天本(DING, Tianben) 助教(共同筆頭著者)
兼:東北大学SiRIUS医学イノベーション研究所 客員准教授
中国薬科大学薬学院
Wang, Huai-Song 准教授(共同筆頭著者)
研究当時:東京大学大学院理学系研究科 客員研究員
Ding, Ya 教授
奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科
末次 志郎 教授
北海道大学 遺伝子病制御研究所
園下 将大 教授
カリフォルニア大学ロサンゼルス校工学部生物工学科
Di Carlo, Dino 教授
兼:東京大学EXPERT-GRI推進室 特任教授
※本論文は計33名の共著者によるものです。上記は主要な発表者を抜粋して記載しています。
論文情報
-
雑誌名 Nature Biomedical Engineering 論文タイトル Super homotypic targeting by surface engineering of extracellular vesicles著者 Huai-Song Wang, Tianben Ding, Yuhong Liu, Fabio Lisi, Yuqi Zhou, Yaqi Zhao, Xin-Yuan Hu, Zi-Wei Yang, Jing-Lian Su, Mika Hayashi, Natsumi Tiffany Ishii, Hiroki Matsumura, Anel Umirbaeva, Hongwei Guo, Yin-Yu Yan, Fu-Han Gao, Jia-Jing Li, Yasutaka Kitahama, Petra Paiè, Ayumi Taguchi, Kenbun Sone, Yuka Inoue, Takayuki Ueno, Abdullah N. Alodhayb, Nao Nitta, Masako Nishikawa, Yutaka Yatomi, Hiroyuki Matsumura, Ya Ding, Masahiro Sonoshita, Dino Di Carlo, Shiro Suetsugu, Keisuke Goda(責任著者) DOI 10.1038/s41551-026-01743-2
研究助成
本研究は、日本学術振興会(JSPS)研究拠点形成事業(JPJSCCA20190007)、科研費(JP19H05633、JP20H00317、JP21H05047、JP20KK0341、JP20H03252、JP24K17800)、科学技術振興機構(JST)START(JPMJST2115)・CREST(JPMJCR1863、JPMJCR24B3)・ASPIRE(JPMJAP2316)、日本医療研究開発機構(AMED)(22ak0101163h0002)、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)(JPMXS0120330644)、XPRIZE財団、EXPERT-Jプログラム(JST)、東京大学細胞老化制御寄付講座などの支援により実施されました。
用語解説
注1 エクソソーム(細胞外小胞、small extracellular vesicles, sEVs)
細胞が分泌する直径30〜150ナノメートル程度の微小な袋状の粒子。タンパク質や核酸などを内部に運んで細胞間の情報伝達を担う。がんの状態を反映する分子を含むため、診断の標的として注目されている。 ↑
注2 希土類(ランタノイド)
周期表でランタンからルテチウムまでの15元素の総称。本研究ではユウロピウムやテルビウムのイオンを用いた。↑
注3 同種標的化
細胞が自分と同じ種類の細胞を見分け、優先的に相互作用・結合する性質。↑
注4 トリプルネガティブ乳がん(TNBC)
乳がんの治療標的となる3種類の受容体(ER、PR、HER2)をいずれも持たない乳がん。有効な分子標的薬が少なく、再発しやすく悪性度が高いため、検出・治療が難しいとされる。 ↑
注5 リキッドバイオプシー
血液など体液中に含まれるがん由来の細胞や分子を調べ、がんの有無や状態を低侵襲に評価する検査法。 ↑
注6 シアル酸
細胞表面の糖鎖の末端に存在する糖の一種。がん細胞で多く発現し、がんの悪性化や転移に関わる。 ↑
注7 循環腫瘍細胞(CTC)
原発巣などから血液中に入り込んで体内を循環するがん細胞。転移や再発に関与し、その検出はがんの診断やモニタリングに重要。 ↑

