search
search

Press Releases

DATE2026.06.29 #Press Releases

濡れると模様が消える?樹上性カタツムリの動的カモフラージュを解明

有機膜の微細構造によるカモフラージュと収斂進化の発見

  • 系統的に離れた2種の樹上性カタツムリが、濡れると殻の斑紋が消えて一様に暗色化し、乾くと再び現れる「可逆的な湿潤変色(Hygrochromism)」を示すことを発見しました。
  • この色変化は、貝殻の表面を覆う有機膜である殻皮の二層構造と、そこに含まれる微細な空隙が水分を吸収することで、光の散乱を抑えて透明度を高める物理的なメカニズム(屈折率整合)によるものであることを解明しました。
  • 降雨時に濡れて暗色化した樹皮に姿を似せる動的な擬態戦略であり、昆虫など他の生物群とも共通する収斂進化の顕著な例であるとともに、外部エネルギーを必要としない調光材料などバイオミメティクスへの応用が期待されます。

貝類にとってフロンティア環境に適応したカタツムリ2種が示した貝殻の収斂進化

概要

東京大学総合研究博物館の吉村太郎 特任研究員(研究当時:東京大学大学院理学系研究科 博士課程)と佐々木猛智 准教授は、系統的に離れた樹上性カタツムリであるフィリピン産タケノコマイマイ類Hypselostyla camelopardalis (Broderip, 1841)と日本固有種ヒロクチコギセルReinia variegata (Adams, 1868)が、周囲の湿度に応じて貝殻の色を劇的に変化させる動的な擬態メカニズムが共通していることを明らかにしました。 

貝殻の色は一般的に固定的なものと考えられてきました。しかし本研究では、樹上という貝類にとって限界的な生息域に進出した2種のカタツムリが殻表面の有機膜である殻皮(注1)の構造を変化させることで、湿度に応じた色変化を実現していることを突き止めました。走査電子顕微鏡や共焦点レーザー顕微鏡、分光光度計を用いた多角的な分析により、乾燥時には殻皮内の微細な空隙が光を散乱させて白く見えますが、湿潤時にはその空隙に水が浸入することで光の透過率が急増し、下層にある暗色の色素が透けて見えることが判明しました。 

この現象は、濡れて暗くなった樹皮という背景の変化にリアルタイムで適応するための生存戦略であると考えられ、系統の異なる種の間で独立に獲得された収斂進化(注2)の好例です。本成果は、生物の環境適応戦略の理解を深めるだけでなく、湿度に反応するスマートコーティングや自律型センサーなどの次世代材料開発に新たな指針を与えるものです。

図1:乾燥時と湿潤時における樹上性カタツムリの殻の模様変化
吸水すると白い斑紋が消え、 全体が暗色化する様子を示す。 左が乾燥時, 右が湿潤時. 系統的に大きく異なる2種で、 共通した湿潤変色(収斂進化)が見られる。 A. タケノコマイマイ類 Hypselostyla camelopardalis (Broderip, 1841) 。 B. ヒロクチコギセル Reinia variegata (Adams, 1868) 。 スケールバー = 10 mm.  

発表内容

動物のカモフラージュ戦略の多くは、一度決まると変化しない静的なものですが、一部の生物は環境の変化に応じて姿を変える「動的擬態」を進化させてきました。貝殻の色は通常、硬い炭酸カルシウムの結晶層に分泌された色素によって決まるため、環境要因で即座に変化することはありません。しかし、フィリピン産タケノコマイマイ類と日本産ヒロクチコギセルという、系統的に大きく異なる2種の樹上性カタツムリにおいて、雨に濡れると殻の白い斑紋が消え、乾くと再び現れるという共通した湿潤変色性(注3)が観察されました。本研究では、この色変化の仕組みを解明するため、以下の3つの手法で解析を行いました。

微細構造の観察(走査型電子顕微鏡): 殻の表面と断面を電子顕微鏡で観察した結果、貝殻の有機膜(殻皮)が「スポンジ状の多孔質構造を持つ外層」と「緻密な内層」の二層構造になっていることを発見しました。
動的な変化の可視化(共焦点レーザー顕微鏡): 水分が吸収される過程をリアルタイムで追跡したところ、乾燥時に見られた表面の微細なシワや凹凸が、注水後わずか数秒で平滑化していく様子が確認されました。  
光学特性の定量化(分光光度計): 殻皮の光透過率を測定した結果、乾燥時の白い部分の透過率は約37%でしたが、濡らすと約85%まで劇的に上昇することが判明しました。

これらの結果から、屈折率整合(注4)と呼ばれるメカニズムが導き出されました。乾燥時には、殻皮の微細な隙間に空気が入っているため、空気(屈折率1.0)と有機質(屈折率約1.5)の差により光が激しく散乱され、白く不透明に見えます。しかし、濡れると隙間に水(屈折率約1.33)が満たされるため、屈折率の差が縮まり、光が散乱されずに透過するようになります。その結果、殻皮の下にある結晶層の色素が透けて見えるようになり、殻全体が暗色化するのです。 

樹上という環境では、雨が降ると背景となる樹皮が濡れて暗くなります。このカタツムリの色変化は、天敵である鳥類などの視覚的な捕食者から逃れるため、背景の変化に合わせて瞬時に自身の目立ちやすさを抑える表現型可塑性(注5)の一種であると考えられます。同様の仕組みは一部の昆虫(ヘラクレスオオカブトなど)でも知られていますが、陸生貝類でこれほど高度なシステムが発見されたのは極めて稀であり、機能的な収斂進化を示す重要な知見です。また、このエネルギー消費を必要としない湿潤応答性構造は、スマートウィンドウや環境負荷の低い調光材料、医療用センサーなど、幅広い産業分野への応用が期待されます。 

図2:共焦点レーザー顕微鏡によるHypselostyla camelopardalis殻皮表面の吸水変化の観察
A. H. camelopardalisの乾燥標本と観察部位。 B. 殻の色素領域(茶色部分)と白色領域の境界。C, D. 殻皮の微細な表面構造とトポグラフィー。 C. 色素領域。 D. 白色領域。 E–G. 水分吸収(加湿)過程における白色領域の殻皮表面構造の変化。 E. 乾燥状態。 F, G. 加湿開始からそれぞれ約3秒後および約6秒後の状態。 カラースケール(C, D): 表面の高さの変化を示す。 スケールバー: B = 300μm, C, D = 20μm, E–G = 30μm。

発表者・研究者等情報

東京大学総合研究博物館
 吉村 太郎 特任研究員
  研究当時:東京大学大学院理学系研究科 博士課程
 佐々木 猛智 准教授

論文情報

雑誌名 Zoological Letters
論文タイト
Convergent Evolution of Dynamic Camouflage: Humidity-Responsive Shell Colouration in Arboreal Snails
著者 Taro Yoshimura & Takenori Sasaki
DOI 10.1186/s40851-026-00266-7

研究助成

本研究は、JSPS科研費(課題番号:23KJ0818)の助成を受けて実施されました。

用語解説

注1 殻皮(Periostracum)
軟体動物の殻の最も外側を覆う有機質の薄膜。主にキチン質とタンパク質で構成され、結晶成長の基質や貝殻の溶解を防ぐ役割を持つ。通常、カタツムリの殻皮は薄く、あまり発達しない。

注2 収斂進化(Convergent Evolution)
系統的に異なる生物が、同様の環境に適応する過程で独立に同様の形態や機能を獲得する現象。

注3 湿潤変色性(Hygrochromism)
水分の吸収や湿度の変化に伴って、物質の色や透明度が可逆的に変化する性質のこと。

注4 屈折率整合(Refractive Index Matching)
異なる物質が接する境界で屈折率の差を小さくすることで、光の反射や散乱を抑え、透明度を高める物理現象。本研究の対象種では空気が水に置き換わることでこの状態が生まれる。

注5 表現型可塑性(Phenotypic Plasticity)
同じ遺伝子型を持つ個体が、環境条件に応じて異なる形態、生理、行動などを示す能力のこと。