DATE2026.05.20 #Press Releases
ギンカクラゲは荒波に打たれ「数年」漂う
水表生物の常識を覆す成長記録
発表のポイント
- 群体動物「ギンカクラゲ」を最長21日間飼育し、その成長記録に基づいて海表面を数年漂流することを予測
- 採集・飼育が困難な水表生物で成長の観測に成功し、これまで数ヶ月程度と推定されてきた水表生物の推定齢を大幅に更新
- 海表面生態系や群体動物の体づくりや生活史の理解を深め、環境変動や海洋ごみ問題の指標にもなることが期待

ギンカクラゲ
概要
東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の脇田大輝 特任研究員(日本学術振興会特別研究員-PD)、小口晃平 准教授、幸塚久典 技術専門職員と、新江ノ島水族館の村井香穂 飼育員、山本岳 飼育員、鶴岡市立加茂水族館の玉田亮太 飼育員による研究グループは、海の表面を漂う群体動物「ギンカクラゲ」について最長21日間の飼育に成功し、その成長記録を解析することで、ギンカクラゲが過酷な海表面で数年にわたって生存することを予測した。海と空が交わり、環境変動や海洋ごみ問題と密接に関わる海表面生態系――この重要な境界面を支える生物種の生活史を照らし出した本成果は、今後の海洋生物の保全や環境変動の評価にもつながることが期待される。
本研究成果は、2026年5月20日に国際学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
発表内容
海表面を滑走するウミアメンボ、猛毒を持つことで知られるカツオノエボシ、そして青や黄のボタンのようなギンカクラゲ。海の表面を漂う生き物たち「ニューストン(注1)」は、どのように大きくなり、どのくらい生きるのか? 風や海流に乗って漂う性質上、彼らがいつ出現するのかは予測しにくい。運よく採集できたとしても飼育が難しいため、成長のしかたや齢といった基本的な情報でさえ、よくわかっていなかった。
本研究では、ニューストンの一種「ギンカクラゲ Porpita porpita」を神奈川県沿岸で採集し、飼育条件を検討する中で、最長21日間にわたる飼育に成功した。クラゲとは名ばかりであり、私たちが想像するようなクラゲではない。その一つの体は、3種類の個虫(注2)が一つの「浮き」の下に密集してできた、群体なのだ(図1)。円盤状の浮きが空気を含むため、ギンカクラゲは海表面を漂うことができる。群体の個虫が増えるほど、その足場である浮きも広がらなければならない。浮きの成長を初めて追ったのが、本研究グループである。

図1:ギンカクラゲの群体の模式図
横から見た断面。組織切片の観察より、「浮き」の最も外側で新しいクチクラ層が作られると考えられる。
9〜21日間の飼育で浮きの半径の変化を測ったところ(図2)、小さい群体ほどよく成長し、大きくなるにつれて成長が鈍ることがわかった。群体の組織切片を観察すると、浮きではたくさんの空気の部屋がクチクラ(注3)の壁で区切られ、最も外側で新しい壁が作られることが明らかになった(図1,2)。つまり、浮きは全体が一様に膨らむのではなく、その外周に新しい空気の部屋を足すことで成長すると考えられる。

図2:飼育期間におけるギンカクラゲの浮きの成長
群体を上面から撮影。円盤状の「浮き」を測ると、飼育期間で拡大したことがわかる。放射状に伸びる触手個虫は、飼育中に失われた。
大きくなるほど成長が遅くなるという性質は、ベルタランフィ成長式(注4)という数式によく合う。そこで本研究グループは、観測した半径の変化とその範囲をこの式にあてはめ、ベイズ推定(注5)という統計のツールを使って、「群体があるサイズのとき、どのくらいの齢か」という予測を立てた。結果、半径1 cmに満たない群体は数ヶ月ほど、2 cmを超える群体は3年以上生きている確率が高いことがわかった(図3)。海の表面は、荒波、紫外線、温度変化、海・空からの捕食といった、さまざまなストレスにさらされる環境である。そこで何年も漂うとすれば、これまで数ヶ月程度と報告されていたニューストンの最長寿命が大きく塗り替わる。

図3:ギンカクラゲの年齢推定
黒い曲線はベイズ推定で予測された成長曲線。横に並んだ点の集まりは、採集された群体の年齢の推定幅。一つの色は一つの群体を示す。線や点が濃いところほど確率が高い。
本研究の新しさは、ニューストンの成長と齢を初めて定量的に示し、その体づくりのしくみにも踏み込んだ点にある。ギンカクラゲは、一見するとひとつの個体のように見えるが、実際には複数の個虫から成り立つ群体である。その成長のしくみを解き明かすことは、群体性という特異な体制の理解を深めるだけでなく、生物における「個体」や「体づくり」のあり方をあらためて問い直すことにもつながる。また海表面は環境変動や海洋ごみ問題と深く関わる、重要な生態系である。そこを支える一生物種について生活史の理解を深めた本成果は、環境変動の指標になり、海洋生物の保全につながるだろう。
〇関連情報:
「論文発表:ギンカクラゲの群体がいかにして個体のように振る舞うのか?」(2025/6/25)
https://www.mmbs.s.u-tokyo.ac.jp/wp/pickup/論文発表:ギンカクラゲの群体がいかにして個体.html
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院理学系研究科附属臨海実験所
小口 晃平 准教授
脇田 大輝 特任研究員(日本学術振興会特別研究員-PD)
幸塚 久典 技術専門職員
新江ノ島水族館
村井 香穂 飼育員
山本 岳 飼育員
東北エプソンアクアリウムかもすい(鶴岡市立加茂水族館)
玉田 亮太 飼育員
論文情報
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雑誌名 Scientific Reports 論文タイトル A neustonic hydrozoan Porpita porpita drifts for over a year著者 Daiki Wakita, Kaho Murai, Gaku Yamamoto, Ryota Tamada, Hisanori Kohtsuka, Kohei Oguchi DOI 10.1038/s41598-026-49897-y
研究助成
本研究の一部は、科研費「イトミミズ集合体の流動的な振る舞いに内在する自律分散制御(課題番号:23K25835、研究分担者:脇田大輝)、日本産ニューストン性ヒドロ虫の系統地理-“帆”の有無は種分化まで左右するのか-(課題番号:24K09579、研究分担者:小口晃平)、群体性ヒドロ虫における競争相手の接触刺激で引起される個虫分化の分子機構解明(課題番号:24K09600、研究分担者:小口晃平)」の支援により実施されました。
用語解説
注1 ニューストン
水面に浮かんで生活する生き物の総称。水表生物。本研究では、海の表面に浮かぶギンカクラゲに注目している。↑
注2 個虫
群体を作る一つ一つの個体。ギンカクラゲの場合、中央に一つだけある「栄養個虫」は餌を食べる、その周りに密集する「繁殖個虫」は繁殖する、外周に並ぶ細長い「触手個虫」は餌を捕まえるといった役割の違いがある。↑
注3 クチクラ
生き物の体を覆ったり区切ったりする、かたい膜。体を守ったり形を保ったりする役割がある。↑
注4 ベルタランフィ成長式
ルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィ(Ludwig von Bertalanffy)という生物学者が提唱した数式。動物の大きさが、小さいときは速く成長し、だんだんゆっくりになって、やがて一定の大きさに近づくことを表す。魚や貝などの動物がこの成長曲線に従うことが示されており、サンゴやクラゲの研究でも使われる。↑
注5 ベイズ推定
少ないデータからでも、「だいたいこのくらいだろう」というありえそうな値の範囲を推定する統計の方法。本研究では、短い飼育期間でのギンカクラゲの半径のデータから、その群体がどのくらい生きているかを推定するために使った。↑

