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Press Releases

DATE2026.04.17 #Press Releases

原子核を形作る力の理解に新展開

ハイパー三重水素原子核を世界最高精度測定

発表のポイント

  • 崩壊パイ中間子分光による、ハイパー三重水素原子核のラムダ束縛エネルギーを世界最高精度で測定
  • ハイパー四重水素原子核との同時測定による、既知の束縛エネルギーを基準とした高精度エネルギー較正を実現
  • 原子核に働く強い力と軽いハイパー原子核構造の理解への貢献、ならびに中性子星内部の物質理解への波及

崩壊パイ中間子分光法により今回新たに測定されたハイパー三重水素原子核

概要

東京大学大学院理学系研究科の永尾翔助教(理研客員研究員兼務)、中村哲教授(東北大学委嘱教授、理研客員研究員兼務)、理化学研究所仁科加速器科学研究センターの木野量子基礎科学特別研究員(研究当時:東北大学大学院生)、ヨハネス・グーテンベルク大学マインツのJosef Pochodzalla教授、Patrick Achenbach教授らによる国際共同研究グループは、マインツ・マイクロトロン(注1)において、ラムダハイパー原子核(以下、ハイパー核(注2))の崩壊パイ中間子分光を行い、ハイパー三重水素原子核(以下、ハイパー三重水素)のラムダ束縛エネルギー(注3)を世界最高精度で測定しました。

ハイパー核は、陽子や中性子に加えてハイペロン(注4)を含む短寿命の原子核であり、原子核を形作る強い力の性質や成り立ちを探るために重要な手がかりです。とりわけ、最も軽いハイパー核であるハイパー三重水素は、少数多体系の理論計算を検証する基準として重要です。今回、ハイパー四重水素原子核(以下、ハイパー四重水素)の崩壊パイ中間子を基準として同時測定することで、高精度なエネルギー較正を実現し、ハイパー三重水素が従来考えられていたより強く束縛されていることを示唆する結果を得ました。本成果は、ハイペロン・核子相互作用、軽いハイパー核の構造、さらには高密度天体である中性子星内部の物質理解の前進に貢献することが期待されます。

発表内容

研究の背景
私たちの身の回りの物質は原子からできており、その中心には原子核があります。原子核は核子(陽子と中性子)から構成され、それらを結び付けているのが、強い力に由来する核力です。核力の基本的な性質は、湯川秀樹らによるパイ中間子交換理論をきっかけに理解が進んできました。しかし、陽子や中性子以外の粒子を含む場合に核力がどのように拡張されるのか、また強い力の第一原理計算から実際の原子核の性質をどこまで説明できるのかには、なお未解明な部分が残されています。

こうした問題を調べるうえで重要なのが、ラムダ粒子などのハイペロンを含んだハイパー核です。ハイパー核を調べることで、通常の原子核だけでは明らかにしにくいハイペロン・核子の間の相互作用を調べることができます。とりわけ、ハイパー三重水素は最も軽いハイパー核であり、理論計算の妥当性を検証する基準として重要です。

一方で、ハイパー三重水素のラムダ束縛エネルギーについては、これまでの測定値にばらつきがあり、理論との比較においても議論が続いてきました。さらに、その弱い束縛構造と一部の実験で示唆された短い寿命との関係は、「ハイパー三重水素問題(注5)」として長年議論されており、より高精度な実験が求められていました。

研究の内容
本研究グループは、ドイツのマインツ・マイクロトロン(以下、MAMI)において、軽いハイパー核の崩壊パイ中間子分光を行いました。この手法は、中村哲教授、永尾翔助教らが開拓してきた、軽いハイパー核の質量を世界最高レベルの精度で測定できる分光法です。標的中で生成されて停止したハイパー核が崩壊するとパイ中間子が放出されます。このパイ中間子の運動量を精密に測定することで、ハイパー核の質量とラムダ束縛エネルギーを高精度で測定できます(図1左)。

今回の実験では、MAMIの高分解能運動量分光器(磁気スペクトロメーター)を用いて、ハイパー三重水素の崩壊で放出されるパイ中間子の運動量を高精度で測定しました(図1右)。さらに、リチウム標的を用いることで不要なバックグラウンドを抑えるとともに、標的を細長い特殊な形状にすることで、放出されたパイ中間子のエネルギー損失を小さくし、測定精度を高めました。

図1:本研究で用いた軽いラムダハイパー核の崩壊パイ中間子分光の模式図(左)と、MAMIに設置された実験装置(右)。

高エネルギー電子ビームをリチウム標的に照射して、ラムダハイパー核を生成します。前方に放出されるK中間子をKAOSスペクトロメーターで検出することで、ラムダ粒子が生成された事象を選別し、多くの背景事象を除去します。生成したラムダハイパー核の一部は、標的中でのフラグメント生成や脱励起を経て、最終的に基底状態で静止します。この静止したハイパー核がパイ中間子を放出して二体崩壊するとき、放出されるパイ中間子はハイパー核の種類ごとに決まった運動量をもちます。この運動量を高分解能運動量分光器SpecAで精密に測定することで、ハイパー核の質量とラムダ束縛エネルギーを測定します。

測定精度をさらに高めるため、本研究では電子散乱反応を用いて運動量分光器の相対運動量を詳細に較正しました。具体的には、タンタルや炭素標的からの電子散乱を測定し、装置の運動量応答の線形性やわずかなずれを補正することで、分光器の運動量スケールを高精度に定めました。これにより、崩壊パイ中間子の運動量を従来よりも高い信頼性で測定できるようになりました。

図2左は、SpecAで測定された崩壊パイ中間子運動量分布であり、ハイパー三重水素とハイパー四重水素の同時測定に成功しました。電子散乱反応によって運動量分光器の相対運動量を高精度に較正したうえで、MAMIの先行研究で高精度に測定されていたハイパー四重水素原子核の崩壊パイ中間子運動量を基準に用いることで、ハイパー三重水素のラムダ束縛エネルギーの絶対値を世界最高精度で測定し、同原子核が従来考えられていたよりも強く束縛されていることを示唆する結果を得ました。この結果は図2右に示すように、ハイパー四重水素原子核とハイパー三重水素原子核のラムダ束縛エネルギーの相関として表されます。

図2:SpecAで測定したパイ中間子運動量分布(左)と、ハイパー四重水素(4ΛH)とハイパー三重水素(3ΛH)のラムダ束縛エネルギーの相関(右)

左図では、パイ中間子の運動量分布に二つのピークが見られ、それぞれハイパー三重水素とハイパー四重水素の崩壊に対応しており、偶発的な背景事象(下部の青い分布)と比較して統計的に有意に観測できました。これら二つのピーク位置を統計解析によって精密に求めました。この研究では、ハイパー三重水素とハイパー四重水素の崩壊から生じるパイ中間子を同一の運動量分光器で同時に測定できたため、二つの崩壊パイ中間子運動量の差を、共通の系統誤差の影響を抑えて高精度に測定できました。右図の黒線と灰色の帯は、この運動量差から導かれる両者のラムダ束縛エネルギーの相関を示しています。ハイパー四重水素のラムダ束縛エネルギーが既知であることから、ハイパー三重水素のラムダ束縛エネルギーを世界最高精度で測定し、従来考えられていたより強く束縛されていることを示唆する結果を得ました。

今後の展望
本成果は、軽いハイパー核の構造理解を前進させるだけでなく、ハイペロンと核子の間の相互作用を記述する理論模型に新たな制約を与えるものです。とりわけ、最も軽いハイパー核であるハイパー三重水素のラムダ束縛エネルギーを世界最高精度で測定したことは、長年議論されてきた「ハイパー三重水素問題」の解決に向けた重要な一歩となります。

また、今回用いた崩壊パイ中間子分光は、軽いハイパー核の質量を極めて高い精度で測定できる有力な手法であり、今後は他の軽いハイパー核へと適用を広げることで、ハイパー核の系統的な理解が進むと期待されます。こうした知見の蓄積は、強い力の第一原理的理解を深めるとともに、ハイペロンを含む高密度物質や中性子星内部の物質状態の理解にもつながることが期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院理学系研究科
  中村 哲 教授
   兼:東北大学大学院理学研究科 教授(委嘱)
     理化学研究所 仁科加速器科学研究センター 少数多体系物理研究室 客員研究員
  永尾 翔 助教
   兼:理化学研究所 仁科加速器科学研究センター 少数多体系物理研究室 客員研究員

理化学研究所 仁科加速器科学研究センター 中間子理研ECL研究チーム
  木野 量子 基礎科学特別研究員
   研究当時:東北大学大学院理学研究科 博士後期課程
ヨハネス・グーテンベルク大学マインツ
  Josef Pochodzalla 教授
  Patrick Achenbach 教授                          

論文情報

雑誌名 Physical Review Letters
論文タイトル
Precise measurement of the Λ-binding energy difference between 3ΛH and 4ΛH via decay-pion spectroscopy at MAMI
著者 Ryoko Kino, Sho Nagao, Patrick Achenbach, Satoshi N. Nakamura, Josef Pochodzalla, 他 A1 Collaboration
DOI 10.1103/19gd-jqw2

研究助成

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業 新学術領域研究計画研究(JP18H05459)、基盤研究(B)(JP20H01926、JP24K00657)、基盤研究(A)(JP24H00219)、国際先導研究(JP25K24464)、日本学術振興会特別研究員奨励費(23KJ0180)の支援を受けて行われました。さらに、Deutsche Forschungsgemeinschaft(ドイツ研究振興協会、DFG)(Grant No. PO256/7-1)、欧州連合 Horizon 2020 Research and Innovation Programme(Grant Agreement No. 824093)、ラインラント=プファルツ州、中国国家重点研究開発計画(2022YFA1604900)、中国国家自然科学基金(12025501、12147101)の支援を受けました。本研究の一部は、東北大学 Graduate Program on Physics for the Universe(GP-PU)の支援を受けて実施されました。

用語解説

注1  マインツ・マイクロトロン
ドイツ・マインツ大学に設置された世界最大のマイクロトロン型電子加速器であり、高品質・高強度の電子ビームを用いた精密な原子核・素粒子実験に利用されています。マインツ・マイクロトロンは、軽いハイパー核の精密分光研究において世界をリードする成果を生み出してきた施設の一つです。

注2  ハイパー核
通常の原子核を構成する陽子や中性子に加えて、陽子・中性子と同じバリオンの仲間であるハイペロン(注4)を一つ以上含む原子核です。ハイパー核は、含まれるハイペロンの種類に応じて、ラムダハイパー核、シグマハイパー核、グザイハイパー核などに分類されます。本研究で対象としたのは、ハイペロンの一種であるラムダ粒子を含むラムダハイパー核です。通常の原子核の表記にハイペロンを表す記号を添えて表します。たとえばハイパー三重水素原子核は3ΛH、ハイパー四重水素原子核は 4ΛHと書きます。

注3  ラムダ束縛エネルギー
ハイパー核の中で、ラムダ粒子がどれだけ強く束縛されているかを表す量です。値が大きいほど、ラムダ粒子が原子核の中により強く結び付いていることを意味します。ラムダ束縛エネルギーは、ハイペロンと核子の間に働く相互作用の強さを知るための重要な観測量です。そのため、この値を高精度で測定することは、ハイパー核の構造を理解するうえで極めて重要です。また、理論計算との比較を通じて、強い力の理解を深めるための重要な手がかりにもなります。今回の研究では、このラムダ束縛エネルギーを世界最高精度で測定しました。

注4  ハイペロン
陽子や中性子と同じくクォーク(素粒子)三つからできた粒子の仲間で、ストレンジクォークを1個以上含む粒子の総称です。代表的なハイペロンとして、ラムダ粒子(Λ)、シグマ粒子(Σ)、グザイ粒子(Ξ)などがあります。ハイペロンを含む量子系を調べることで、通常の原子核では調べにくいハイペロンと核子の間の相互作用を研究できます。こうした相互作用の理解は、原子核を形作る強い力をより一般的に理解するうえで重要です。非常に高密度な天体である中性子星の内部では、陽子や中性子だけでなく、ハイペロンが現れる可能性があると考えられています。そのため、ハイペロンの性質やハイペロンと核子の間の相互作用を理解することは、中性子星内部の物質状態を考えるうえでも重要です。

注5  ハイパー三重水素問題
ハイパー三重水素は、最も軽いハイパー核であり、最新の理論計算では、ラムダ粒子が重水素にごく弱く束縛された構造をもち、ハイパー核の中では比較的長寿命であると考えられています。一方で、2010年代の一部の実験では、これと相反する短寿命の結果が報告されており、統一的な理解には至っていません。弱い束縛から期待される性質と短寿命の実験結果の間に食い違いが見られることから、この未解決問題は「ハイパー三重水素問題」と呼ばれています。近年では、逆に比較的長寿命を示す実験結果も得られており、ハイパー三重水素の束縛エネルギーと寿命を高精度で測定することが、この問題の解決に向けて重要です。