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Press Releases

DATE2026.02.25 #Press Releases

高圧と氷がアミノ酸を選り分ける

ー高圧環境でL型アミノ酸が選択的に濃縮される新プロセスを発見ー

発表のポイント

  • 地球外起源のアミノ酸ではL型(分子構造が鏡像関係にある一方の型)がD型よりわずかに多いことが知られているが、本研究では高圧環境下でL型アミノ酸がさらに濃縮される新たなプロセスを実験的に明らかにした。
  • アミノ酸の一種アラニンについて、L型がD型よりわずかに多い水溶液に圧力を加えると、氷の高圧相の析出に伴ってL型とD型が等量含まれるラセミ結晶のみが析出し、溶液中でL型が選択的に濃縮されることを発見した。
  • 本成果は、氷惑星や小天体内部の高圧環境でL型アミノ酸が液体の水が存在する浅い領域に集まり、その後の小天体衝突などを通じて地球にもたらされた可能性を示し、生命がL型アミノ酸のみを用いる理由の解明に貢献することが期待される。


惑星表層にLアラニンが濃集し、深部にラセミ結晶が沈み、不斉濃縮が起こる


発表概要

東京大学大学院理学系研究科附属地殻化学実験施設の鍵 裕之教授の研究グループは、アミノ酸の一つであるアラニンの光学異性体が、高圧条件下で氷が析出することにともなって不斉濃縮される現象を発見しました。地球上の生命はL型アミノ酸(注1) のみを用いており、この性質は「ホモキラリティ」(注2)と呼ばれています。一方、隕石などに含まれる地球外起源のアミノ酸では、L型がわずかに多いものの、L型とD型はほぼ等量に近い状態で存在しています。本研究では、L型がD型よりわずかに多いアラニン水溶液に約1 GPaの圧力をかけると、氷の高圧相の析出にともない、L型とD型を等量含む結晶のみが析出し、L型アラニンは析出しないことを明らかにしました。

本成果は、氷惑星や小天体内部の高圧環境においてL型アミノ酸が液体の水のある浅い領域に集まり、その後の小天体衝突などを通じて地球にもたらされた可能性を示しており、生命がL型アミノ酸のみを用いる理由の解明につながることが期待されます。

発表内容

地球上の生命は、タンパク質を構成するアミノ酸としてL型のみを用いており(図1)、この性質は「ホモキラリティ」と呼ばれています 。しかし、隕石などに含まれる地球外起源のアミノ酸では、L型がわずかに多いケースも報告されているものの、ほぼL型とD型が等量に近い状態で存在しており、生命誕生以前にどのようにしてL型のみが選択・濃縮されたのかは長年の謎でした。本研究では、この謎を解く手がかりとして、高圧環境がアミノ酸の溶解や結晶析出の挙動に与える影響に注目しました。


図1:アミノ酸の光学異性体

研究グループは、アミノ酸の一種であるアラニンについて、L型のみからなる結晶と、L型とD型が等量含まれるラセミ結晶(注3) をそれぞれの水溶液中で高圧をかけ、その溶解度の変化を詳細に調べました(図2)。


図2:高圧下でのL-アラニン結晶とDL-アラニン結晶の溶解挙動

その結果、圧力を高めるとL-アラニン結晶の溶解度は大きく増加するのに対して、ラセミ結晶の溶解度はほとんど変化しないことが明らかになりました(図3)。すなわち、高圧条件下ではL-アラニンが水に溶けやすくなるという顕著な差が生じることが分かりました。


図3:L-アラニン結晶とDL-アラニン結晶の溶解度の圧力依存性

さらに、L型がD型よりわずかに多い水溶液を高圧条件に置くと、氷の高圧相(注4) が析出するのに伴って、L型とD型を等量含むラセミ結晶のみが析出し、余分なL-アラニンは析出せずに溶液中に残ることがわかりました。このように、高圧と氷の生成が同時に起こる環境では、結晶化を通じてアミノ酸の光学異性体が自然に分かれ、L型が選択的に濃縮されることが示されました。

本研究の成果は、氷惑星や小天体内部のように、高圧かつ水と氷が共存する環境が、アミノ酸の不斉を増幅する場として機能し得ることを示しています。このような環境で濃縮されたL型アミノ酸が、小天体の衝突などを通じて地球にもたらされたとすれば、生命がL型アミノ酸のみを用いるようになった理由を説明する一つのシナリオとなる可能性があります。

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院理学系研究科附属地殻化学実験施設
  鍵 裕之 教授
  吉岡 美香 修士課程
  小林 大輝  博士課程

論文情報

雑誌名 ACS Earth and Space Chemistry
論文タイトル
Enantiomer–racemate separation in alanine aqueous solutions triggered by crystallization of high-pressure ice
著者 Mika Yoshioka*, Hiroki Kobayashi and Hiroyuki Kagi*(*責任著者)
DOI 10.1021/acsearthspacechem.5c00300

研究助成

本研究は、「日本学術振興会科研費(課題番号:25K22040)」、「宇宙地球フロンティア国際卓越大学院プログラム(IGPEES)、統合物質科学リーダー養成プログラム(MERIT)、東京大学国際卓越大学院教育プログラム(WINGS)」の支援により実施されました。

用語解説

注1  L型・D型アミノ酸
アミノ酸には、分子構造が鏡に映した関係にある2つの型(光学異性体)があり、それぞれL型とD型と呼ばれます。

注2  ホモキラリティ
生体分子が一方の光学異性体だけで構成されている性質をホモキラリティと呼びます。地球生命では、アミノ酸はL型、糖はD型のみが使われており、その起源は生命科学における大きな未解決問題の一つです。

注3  ラセミ結晶
L型とD型の光学異性体が等量混ざった状態をラセミ体といい、その状態で結晶化したものをラセミ結晶と呼びます。本研究では、高圧条件下でこのラセミ結晶が優先的に析出することが、L型アミノ酸の濃縮に重要な役割を果たしました。

注4  氷の高圧相
水は高い圧力が加わると、通常の氷とは異なる結晶構造を持つ「高圧相の氷」を形成します。氷惑星や小天体の内部では、このような高圧相の氷と液体の水が共存する環境が存在すると考えられています。