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Press Releases

DATE2026.04.04 #Press Releases

黒い蜜は誰のため?

ー黒い蜜を出すシタキソウの花は夜行性スズメガによって送粉されるー

発表のポイント

  • 黒い蜜を出すシタキソウの花が、主に夜行性のスズメガによって送粉されることを発見した。さらに、花粉を口吻の先端に付けて運ばせるユニークな送粉様式が明らかになった。
  • 色のついた蜜を出す花(色蜜花)の送粉者に関する知見は昼行性の動物に関するものがほとんどであり、主として夜行性昆虫に送粉される色蜜花の発見は世界初の報告となる。
  • 本発見を足がかりに、夜間の送粉システムにおける色蜜花の適応的意義や、被子植物において何度も独立に生じた色蜜花の進化過程について理解が深まることが期待される。


黒い蜜を出すシタキソウとその主要な送粉者である夜行性スズメガ


概要

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の千代田創真大学院生と、同研究科附属植物園の望月昂准教授と川北篤教授は、黒い蜜を出すことが知られていたシタキソウ(キョウチクトウ科ガガイモ亜科(注1)、図1)の花が、主に夜行性のスズメガ(注2)によって送粉(注3)されることを明らかにしました。

被子植物のさまざまな系統で、色のついた花蜜を出す「色蜜花」が知られています。色蜜花の送粉者に関する知見は、その視覚的な効果に着目されてきたことから昼行性の動物に関するものに偏っていました。本研究は、黒い蜜を出すシタキソウに夜行性スズメガがよく訪れることを発見し、実際にスズメガが口吻(注4)の先端で花粉を運んでいることを確認しました。主として夜行性昆虫に送粉される色蜜花は世界初の発見です。

本発見を足がかりに、夜間における色蜜の適応的意義について理解が深まることが期待されます。被子植物において何度も独立に生じた色蜜の進化は、単に昼行性の送粉者に対する適応というよりも、より複雑なものなのかもしれません。

図1:満開のシタキソウ
本種はつる性の常緑多年草で、関東地方以西の温暖な地域に自生し、6月ごろに白く香り高い花を咲かせる。写真は三重県の自生地で撮影したもの。

発表内容

〈研究の背景〉
被子植物の花は、昆虫や鳥などの花粉を運ぶ動物(送粉者)との関わりの中で、さまざまな形質を進化させてきました。送粉者に対しての報酬となる「花蜜」もそのひとつです。花蜜は通常無色透明ですが、さまざまな植物種で色のついた蜜(以下、色蜜)を出すものが知られ、被子植物全体で少なくとも15回独立に獲得されたと考えられています。色蜜は、送粉者に対する視覚的な効果に着目されることが多く、これまでの知見の多くが鳥などの昼行性の送粉者に関するもので、夜間の送粉者との関係性は見過ごされてきました。

関東地方以西の温暖な地域に自生するシタキソウ(キョウチクトウ科ガガイモ亜科)は、6月ごろに花を咲かせ、およそ120年前に植物学者の牧野富太郎によって黒い蜜を出すことが報告されていました(図2)。本種の花は、月明かりの下でもよく目立つ白色で、かぐわしい香りを放ちます。こうした特徴は、夜行性の蛾によって送粉される花の特徴と概ね一致するものの、これまで送粉者は明らかになっていませんでした。そこで、「黒い蜜を出すシタキソウは、夜行性の蛾によって送粉されているのではないか」という仮説のもと、野外調査を実施しました。

図2:シタキソウの黒い蜜
A:開花した状態のシタキソウ。中央の花は黒い蜜で満たされている。B:シタキソウの花の断面。C:チューブに入れたシタキソウの花蜜。D:透過光で観察すると深緑色に見える。

〈研究の内容〉
まず、シタキソウが自生する静岡県、三重県、和歌山県、高知県で、昼夜合計75時間の目視観察による訪花者調査を行いました。その結果、鳥類のメジロ(注5)を含むさまざまな訪花者が観察されましたが、なかでも多くの地点で繰り返し訪花が観察されたのは夜行性のスズメガでした(図3)。

図3:シタキソウの訪花者
夜間は蛾の仲間が、日中は鳥類のメジロ、ハナバチ、コメツキムシ、セセリチョウ、ハナアブが観察された。A:サツマスズメ、B:メジロ、C:オキナワアシブトクチバ、D:ウリキンウワバ、E:ハナバチ類の一種。

スズメガが実際にシタキソウの花粉を運んでいるのかどうか確かめるため、訪花したスズメガの採集を試みました。スズメガは飛翔能力が高く、捕虫網を使った採集は困難を極めたため、灯火採集(注6)や、スズメガが訪れる他の花の観察を行うことで、環境中のスズメガを採集しました。その結果、口吻の先端にシタキソウの花粉塊(注7)をつけたスズメガが5種16個体採集されました(図4)。この結果は、スズメガが実際にシタキソウの花粉塊を運んでいることを示し、夜行性スズメガがシタキソウの送粉者であることを強く示唆します。

図4:スズメガの口吻の先端に付着したシタキソウの花粉塊
シタキソウを含むキョウチクトウ科ガガイモ亜科の花は、粉状の花粉ではなく、花粉の詰まった「花粉塊」をもつ。花粉塊は、送粉者の体に付着する「クリップ」につながった状態で送粉者に運ばれる。A:キイロスズメの口吻の先端に付着した花粉塊(矢じり)。B:コスズメの口吻の先端に付着した花粉塊の走査型電子顕微鏡(注8)像。クリップが口吻を側方から挟み込むようにして付着している。

花粉塊を運んでいた5種のスズメガには、口吻長が比較的短いものから日本で最も長いエビガラスズメまで、さまざまな口吻長のものが含まれていましたが、これに対してシタキソウの花筒長は1.3 cmと非常に短いことがわかりました(図5)。通常スズメガによって送粉される花は、花粉をスズメガの頭部などに付着させて運んでもらうため、「短い花」と「口吻の長いスズメガ」では送粉が成立しません。しかし、シタキソウは花粉塊を口吻の先端に付着させて運んでもらうことで、口吻が著しく長いスズメガであっても送粉が成立している可能性があります。これは、花とスズメガの共進化(注9)に関する常識を逸脱した例といえるでしょう。

図5:シタキソウの花粉塊を運んでいたさまざまなスズメガ
シタキソウの花粉塊を運んでいることが確認されたスズメガの口吻長は、2.3〜8.5 cmと幅があった。左上には同スケールでシタキソウの花の断面を示した。

以上の結果から、シタキソウの主要な送粉者は夜行性のスズメガであることが明らかになりました。主として夜行性昆虫に送粉される色蜜花の発見は世界初です。また、キョウチクトウ科ガガイモ亜科において、主にスズメガによって送粉される花の発見はアジア初かつ世界2例目であり、口吻の先端に花粉をつけて運ぶユニークな送粉様式と、さまざまな口吻長のスズメガが送粉者となり得ることも同時に明らかになりました。

〈研究の展望〉
本研究は、被子植物において何度も独立に生じた色蜜花について、これまで見過ごされてきた夜間の送粉システムにおける役割を示唆するものです。今後、シタキソウをモデルに夜間における色蜜の適応的意義について明らかにすることで、主として昼行性送粉者との関わりが議論されてきた色蜜の進化的背景について、より一層理解が深まることが期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院理学系研究科附属植物園
  千代田 創真 研究当時:学部学生
   現:附属臨海実験所 博士課程
  望月 昂 准教授
  川北 篤 教授

論文情報

雑誌名 Ecology
論文タイトル
Black juice in the dark: pollination of dark-nectared Jasminanthes mucronata (Apocynaceae) by nocturnal hawkmoths
著者 Soma Chiyoda*, Ko Mochizuki, Atsushi Kawakita(*責任著者)
DOI番号 10.1002/ecy.70370

研究助成

本研究は、科研費「特別研究員奨励費(課題番号:JP15J0117、望月昂)」、「基盤研究(B)(課題番号:20H03306、川北篤)」の支援により実施されました。

用語解説

注1  キョウチクトウ科ガガイモ亜科
草本または低木でつる性のものがよく知られるグループで、日本からは40種程度が知られる。古い分類体系ではガガイモ科とされていた。

注2  スズメガ
チョウ目スズメガ科に属する大型の蛾の仲間。ストロー状の長い口を使って花蜜を吸う。昼行性のものと夜行性のものがいる。高い飛翔能力をもち、送粉者(注3参照)としても重要な役割を果たしている。

注3  送粉
花粉をある花から別の花に運ぶこと。これを助ける動物のことを送粉者という。昆虫や鳥、コウモリなどが知られ、通常は花蜜や花粉などの報酬を得るために花を訪れる。

注4  口吻
口や口器の一部が細長く伸びた構造のこと。スズメガの場合、口器の一部が1対組み合わさってストロー状の構造を形成しており、これによって花蜜などを吸う。

注5  メジロ
スズメ目メジロ科に属する小型の鳥。花蜜を吸うためにさまざまな花を訪れ、いくつかの植物においては重要な送粉者としても知られる。

注6  灯火採集
夜間に光を点灯することで、光に集まる性質をもった昆虫を採集する方法。夜行性の蛾を効率的に採集するための一般的な方法である。

注7 花粉塊
多数の花粉がまとまった状態の塊のこと。キョウチクトウ科ガガイモ亜科やラン科で見られるが、それぞれの構造や送粉者への付着様式は大きく異なる。ガガイモ亜科では、1対の花粉塊が、送粉者に付着するクリップにつながった状態で花の内部に格納されている。昆虫などの送粉者が花を訪れると、その口器や脚などをクリップがしっかりと挟み込むことで送粉者に付着し、クリップとともに花粉塊が花から抜き出され、別の花へと運ばれる。

注8 走査型電子顕微鏡
電子顕微鏡の一種。固定・脱水された試料に電子線を絞った電子ビームを照射することで、生物試料の微細な表面構造を観察できる。

注9 共進化
異種の生物同士が相互に影響を与え合いながら、長い時間をかけて進化していくこと。花とスズメガの例は代表的で、著しく長い花と、著しく長い口吻をもつスズメガが世界各地で進化してきた。