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Press Releases

DATE2026.01.30 #Press Releases

縄文人の人口、縄文時代のはじまりに急増

ー古人骨由来ミトコンドリアDNA配列から独自の人口史に迫るー

発表のポイント

  • 千葉県市原市の遺跡から出土した13個体の縄文人骨からDNAを抽出し、ミトコンドリアDNAの全塩基配列を決定した。
  • 集団ゲノム解析の結果、縄文人が縄文草創期から早期(約1万3千~8千年前)という早い段階で、顕著な人口拡大を経験したことが明らかとなった。
  • 縄文人自身のDNA配列から人口動態が直接復元されたことで、日本列島における先史時代のヒト集団史への理解が深まることが期待される。


縄文人および現代日本人の有効集団サイズ(Ne)の変化


発表概要

東京大学大学院理学系研究科の太田博樹教授と吉田光希大学院生、脇山由基大学院生らによる研究グループは、縄文人(注1) のゲノム情報から、縄文人の集団史および人口動態を明らかにしました。

本研究では、本研究グループが新たに全塩基配列(注2) を解読した13個体の縄文人のミトコンドリアDNA(mtDNA)(注3) と、既出の縄文人mtDNA全塩基配列とを合わせた集団ゲノム解析により、縄文草創期から早期(約1万3千~8千年前)にかけて、縄文人が顕著な人口増加を経験していたことを明らかにしました(図1)。また、縄文人のmtDNAに特徴的な2つの系統の東西頻度差が、複数経路による移住を仮定せず、単一起源の集団が列島内で分かれた場合にも遺伝的浮動(注4) で生じうることを、シミュレーションから示しました。本研究は、縄文人の人口史をゲノムから直接復元した初の成果であり、日本列島への人類拡散の理解に新たな視点を与えることが期待されます。


図1:解析対象となった古代人(縄文人:40個体、旧石器時代時人:1個体)の遺跡情報
当該分野における長年の研究努力の末、多数のmtDNA全塩基配列が最近利用可能となっている。本研究では、これらの配列が初めて包括的に解析された。

発表内容

縄文人の人口動態については、遺跡数などの考古学的指標にもとづく推定が過去に行われましたが、その後、考古学や遺伝学のデータが大きく蓄積されたにもかかわらず、日本列島全体をカバーする包括的な人口史の再検討は十分に行われてきませんでした。DNA解析技術の発展に伴い、現代日本人のDNA配列情報にもとづいて日本列島の人口史を推定する試みがなされた研究もありました。しかし、現代日本人は縄文人と渡来人(注5) の交雑によって形成された集団であるため、現代日本人の塩基配列から推定される人口動態には縄文人と渡来人の両方の人口史が混在し、縄文人単独の人口史は、これまで分かっていませんでした。

さらに、縄文人の起源についても長年議論が続いてきました。縄文人のmtDNAにはM7aとN9bという2つの主要な系統があります。東日本ではN9b、西日本ではM7aが多いことから、異なる地域から2つの祖先集団が日本列島に入ってきたという「複数移住説」が唱えられてきました。近年、縄文人の核ゲノム解析が進み、縄文人が単一起源の系統から日本列島に拡散した可能性が高いことが示されてきました。もしそうであれば、mtDNAの東西差は複数移住の結果ではなく、単一集団が拡散する過程で生じた遺伝的浮動によって説明できるかもしれません。しかし、この仮説は未だ検証されたことはありませんでした。

この度、本研究チームは、縄文人のmtDNA全塩基配列を大規模に解析することで、縄文人の人口史と起源を、初めて縄文人自身のゲノムにもとづいて検証しました。本研究チームは、千葉県市原市から出土した縄文人13個体について、mtDNA全塩基配列を新たに高精度で決定しました。既出のデータを含む40個体の縄文人のmtDNA全塩基配列にもとづきN9bとM7aの分布を調べたところ、東日本ではN9b、西日本ではM7aが多いという従来知られていた傾向が、統計的にも有意であることが確認されました。系統ネットワーク解析では、N9bの中に星状に広がる構造が見られた一方、M7aでは同様の構造は見られませんでした(図2)。星状に広がる構造は、現代日本人など、急速な人口増加を経験した集団に多く見られることが知られています。N9bにのみ本構造が見られたということは、当系統の頻度が高い東日本の縄文人集団における急激な人口拡大を示唆するものです。


図2:mtDNA前配列にもとづく系統ネットワーク
本研究で解析対象となった40個体の縄文人のmtDNAの内、38個体がN9bまたはM7aのいずれかの系統に属した。それぞれの系統は東日本(N9b)と西日本(M7a)に偏った頻度を示し、東西頻度差は統計学的に有意であった。

両系統の分岐年代を推定した結果、N9bは約2万3千年前、M7aは約2万6千年前に生じたと推定され、いずれも後期旧石器時代にさかのぼります。この年代は、縄文人が東ユーラシア集団から分岐したとされる時期と重なっており、両系統がほぼ同時に日本列島へ入ってきた可能性を示しています。したがって、N9bとM7aが異なる移住波を反映しているとは必ずしも言えません。この点を検証するため、本研究チームは、縄文人が単一の祖先集団から分かれたという仮定のもとで、M7aとN9bの東西頻度差がどの程度生じうるかをシミュレーションで評価しました。その結果、①初期集団の規模が小さい、②集団サイズが極端に不均等な状態で東西集団に分かれる、③両者の間の移動が少ない、という条件がそろえば、単一起源であっても現在観察されるほど大きな頻度差が約3割の確率で生じうることが示されました。これは、N9bとM7aの偏った分布が、複数の移住ルートを仮定しなくても説明できることを意味します(図3)。

図3:単一祖先集団を起源とした場合に、遺伝的浮動によりM7aとN9bの東西頻度差が形成されるモデル
シミュレーションでは、初期集団サイズや東西間の移住頻度などを変数とする、1,000を超えるパターンで評価がなされた。

さらに、縄文人40個体のmtDNA全塩基配列を用いて、人口動態を推定しました。その結果、縄文草創期から早期(約1万3千~8千年前)にかけて、縄文人の有効集団サイズ(注6) が顕著に増加していたことが明らかになりました(図4)。この増加は、現代日本人のmtDNAから推定される人口史には見られませんでした。これは、現代日本人のmtDNAの中には渡来人由来のものが多く含まれており、縄文人の人口動態が覆い隠されてしまったためと考えられます。本研究では、縄文人のmtDNAのみを用いたことで、縄文人集団の人口史を直接とらえることができました。縄文人を東西で分けて解析すると、どちらの地域でも人口増加の兆候は見られましたが、とくに東日本で顕著であり、これは考古学的証拠に基づく推定結果と整合するものでした。

これらの成果は、日本列島における人類の定住と適応の過程を見直す重要な知見であり、縄文人の起源と拡散を、核ゲノム研究の結果と整合的に理解できる新しい枠組みを提供するものです。

図4:縄文人40個体のmtDNA全塩基配列にもとづく人口動態
縄文草創期から早期(約1万3千~8千年前)にかけて、有効集団サイズが増加する様子が見られる。縄文時代においては、縄文人と系統の異なる外来集団の日本列島への移住は無かったと考えられており、この増加は、縄文人の内在的な人口拡大と、それに伴うmtDNAの多様性増大を反映していると考えられる。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻
  太田 博樹 教授
  大橋 順 教授
  小金渕 佳江 助教
  渡部 裕介 特任助教
  吉田 光希 博士課程
  脇山 由基 博士課程
  中村 友香 博士課程

東京大学総合研究博物館
  米田 穣 教授

早稲田大学大学院文学学術院
  高橋 龍三郎 名誉教授

北里大学医学部
  小川 元之 教授
  勝村 啓史 当時:准教授(現:九州大学大学院芸術工学研究院 准教授)
  ギドー バルベルデ(Guido Valverde) 当時:JSPS外国人特別研究員(現:ミイラ研究所 特任研究員)
  谷野 彰勇 当時:修士課程

東京農業大学国際食料情報学部
 和久 大介 助教

聖マリアンナ医科大学医学部
  平田 和明 当時:特任教授(現:同 名誉教授)
  長岡 朋人 当時:准教授(現:青森公立大学経営経済学部 教授)

論文情報

雑誌名 Anthropological Science
論文タイトル
Demographic history of the Jomon people: insights from whole-mitogenome analysis
著者 Koki Yoshida, Yoshiki Wakiyama, Yuka Nakamura, Guido Valverde, Akio Tanino, Daisuke Waku, Takafumi Katsumura, Motoyuki Ogawa, Tomohito Nagaoka, Kazuaki Hirata, Kae Koganebuchi, Yusuke Watanabe, Jun Ohashi, Minoru Yoneda, Ryuzaburo Takahashi, Hiroki Oota*(共同筆頭著者、*責任著者)
DOI 10.1537/ase.251024

研究助成

本研究は、科研費「基盤研究(A)(課題番号:18H03590)」、「基盤研究(A)(課題番号:22H00020)」、「学術変革領域研究(A)(課題番号:23H04836)」、「学術変革領域研究(A)(課題番号:23H04838)」、「基盤研究(A)(課題番号:21H04779)」、「新学術領域研究(研究領域提案型)(課題番号:21H00337)」、「学術変革領域研究(A)(課題番号:21H05362)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:21K19289)」、「新学術領域研究(研究領域提案型)(課題番号:19H04526)」、「特別研究員奨励費(課題番号:23KJ0654)」の支援により実施されました。

用語解説

注1  縄文人
日本列島において約1万6千年前から1万年以上にわたって続いた文化を縄文文化とよび、本研究では縄文文化をになった人々を「縄文人」と定義する。縄文人は狩猟採集および漁労生活を営んでいた。

注2  全塩基配列
ゲノムを構成するDNAのA(アデニン)、C(シトシン)、G(グアニン)、T(チミン)という4種類の塩基の配列を「塩基配列」と呼ぶ。ゲノム全体の塩基配列のことをここでは「全塩基配列」と記す。

注3  ミトコンドリアDNA
エネルギー産生の中枢を担う細胞小器官であるミトコンドリアが独自にもつ環状DNAで、ヒトでは約1万6千塩基からなる。核DNAとは異なり、組換えを起こさず、突然変異率が高く、細胞内に大量に存在するという特徴を持つことから、集団遺伝学や古代DNA研究に広く利用されている。

注4  遺伝的浮動
生物集団において、遺伝子の頻度が世代を重ねるごとに、偶然の作用によって変化する現象。

注5  渡来人
約3千年前に、東ユーラシア大陸から稲作技術を伴って日本列島に移住した人々。縄文土器とは異なる弥生土器に代表される弥生文化をになった人々(渡来系弥生人)は、主に渡来人の子孫だと考えられている。渡来系弥生人と縄文人の交雑により、現代日本人の遺伝的基盤が形成されたと考えられている。

注6  有効集団サイズ
遺伝的多様性から計算される理論上の個体数。