DATE2026.01.28 #Press Releases
発見から130年、生きたソテツ精子の遺伝子発現を解明
ー花粉管内で形成され泳ぐ精子が示す、陸上植物の受精機構進化の中間的段階ー
発表のポイント
- 裸子植物ソテツの精子・花粉管・卵細胞の遺伝子発現を解析し、他の陸上植物との比較から、それらの進化的特徴を分子レベルで捉えました。
- 南北に長い日本を北上しながら受精時期にあるソテツを3ヶ月にわたって利用し、野外で得られたサンプルから、初めて生きた精子や花粉管の遺伝子発現解析を実現しました。
- 約130年前に日本で発見されたソテツの受精機構の分子的理解を大きく前進させるとともに、陸上植物における、運動性の精子から花粉管と非運動性精細胞を用いた受精機構への進化の理解に大きく貢献することが期待されます。

ソテツ胚珠における花粉管、花粉管内の精子、鞭毛運動をする生きた精子
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の外山侑穂大学院生、東山哲也教授、奥田哲弘助教、中部大学の鈴木孝征教授らによる研究グループは、運動性の精子を用いた受精を行う裸子植物ソテツにおいて、受精関連細胞の遺伝子発現動態とその進化的特徴を明らかにしました。
本研究では、日本の南西諸島から関東まで複数地点におけるソテツの受精時期を特定し、生きた精子を安定的に単離する方法を確立することで、ソテツの受精関連細胞の遺伝子発現解析を可能にしました。約130年前にソテツの精子が日本で発見されて以降は形態学的解析が主流でしたが、この研究は受精関連細胞の遺伝子発現を初めて深く掘り下げたものであり、今後陸上植物の受精機構進化の理解に大きく貢献することが期待されます。
発表内容
<研究の背景>
陸上植物の受精機構は、基部陸上植物のコケやシダにおける運動性精子を用いたしくみ(zooidogamy)から、被子植物や一部の裸子植物における花粉管と非運動性の精子を用いたしくみ(siphonogamy)へと劇的に進化しました(図1)。この受精機構進化の過程を解析する上で、裸子植物のソテツは、花粉管の中で形成される運動性精子が卵細胞と受精する中間的なしくみをもつ重要な植物です。ソテツの運動性精子は、1896年に日本の植物学者である池野成一郎によって発見され、当時世界的に注目を浴びました。発見以降は、固定切片を用いた形態学的な解析が主に進められてきました。しかしながら、野外環境以外で生殖イベントを観測するのが困難な上に、野外個体でも受精期間が数日と短いことから、ソテツの生きた細胞を用いた受精の研究例は限られてきました。そのため、ソテツの精子や花粉管でどのような遺伝子が発現・機能しているのかはほとんど不明でした。加えて、ソテツを含む裸子植物全体でも、精子を対象とした遺伝子発現解析は行われていません。

図1:陸上植物の受精機構の進化
<研究の内容>
生きた精子や花粉管を安定的に採取するため、本研究では日本の南西諸島から関東の野外環境に生息するソテツを対象に、受精過程の観察を行いました。その結果、緯度の違いによりソテツの受精期間が最大で約3ヶ月ずれることがわかりました。また各地点で人工授粉を行うことで、受粉成功率をほぼ100%まで向上させることにも成功しました(図2)。さらに、受粉から約3ヶ月後の受精期に雌球果(注1) から胚珠(注2) を採取し、花粉管から生きた精子を泳ぎ出させて安定的に単離する手法を確立しました。
図2: 受粉期の雌球果(左)と受精期の雌球果(右)
受精期の雌球果には、受粉に成功して肥大したオレンジ色の胚珠が数百個形成されています。
遺伝子発現解析には特に、池野成一郎が当時研究に用いた鹿児島県のソテツの分株である、東京大学大学院理学系研究科附属植物園(小石川植物園)のソテツから採取した精子や花粉管を用いました(図3)。つまり130年前の精子発見のソテツが今回の研究にも大きく貢献しました。
図3:精子発見のソテツ(左)と小石川植物園のソテツ分株(右)
精子発見のソテツは、鹿児島県立博物館の旧考古資料館前庭に現存します。
さらに、生きた精子と花粉管、卵細胞でそれぞれ特異的に発現する遺伝子を検出し、コケや被子植物との比較を行いました。その結果、ソテツの花粉管では、被子植物でよく調べられている花粉管ガイダンス(注3) に重要な遺伝子がほとんど発現していませんでした。一方でソテツ精子では、意外なことに、被子植物の非運動性の精細胞と共通した機能が推測される遺伝子を卵細胞と同程度発現していることが明らかになりました。本研究では、受精に関する雄側細胞の形態が劇的に変化した陸上植物の進化過程において、中間的な受精様式をもつソテツの精子と花粉管の遺伝子発現の進化的特徴が初めて捉えられました。
<今後の展望>
花粉管によって非運動性の精細胞が卵細胞に運ばれる受精様式(siphonogamy)は、被子植物と裸子植物の系統で少なくとも2回、独立に進化したことが知られています(図1)。ソテツの受精様式は、このような受精様式へと移行する過程に位置づけられる、中間的な特徴を示しています。今後、シダ植物や他の裸子植物における受精関連細胞の遺伝子発現を明らかにすることで、ソテツを軸に、陸上植物全体における受精機構の進化過程がより包括的に理解されることが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻
外山 侑穂 博士課程生
奥田 哲弘 助教
東山 哲也 教授
中部大学応用生物学部 応用生物化学科
鈴木 孝征 教授
論文情報
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雑誌名 Proceedings of the National Academy of Sciences 論文タイトル Intermediate Evolutionary State of Motile Sperm and Pollen Tubes in the Extant Gymnosperm Cycas revoluta著者 Yukiho Toyama*, Satohiro Okuda, Takamasa Suzuki, Tetsuya Higashiyama (*責任著者) DOI 10.1073/pnas.2506320123
研究助成
本研究は、科研費「特別研究員奨励費(課題番号:23KJ0741)」、「学術変革領域研究(A)(課題番号:22H05172、22H05178)」、「基盤研究(S)(課題番号:22H04980)」、「国際共同研究加速基金(国際先導研究)(課題番号:22K21352)」の支援により実施されました。
用語解説
注1 雌球果
ソテツの種子が形成される雌の器官。ソテツは雄株と雌株がそれぞれ別の株として形成される雌雄異株の植物である。雄株には花粉をつくる雄球果が形成され、雌株に形成された雌球果につくられる胚珠が花粉を受け取ると、胚珠は将来種子になる。 ↑
注2 胚珠
将来種子となる器官。受粉に成功したソテツ胚珠内では、花粉由来の花粉管や精子、あるいは卵細胞などの雌側細胞が形成される。↑
注3 花粉管ガイダンス
被子植物の花器官において、めしべの柱頭に付着した花粉から伸びる花粉管が、卵細胞のある胚珠へ精確に誘導される機構。↑

