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Press Releases

DATE2026.02.09 #Press Releases

月の土壌粒子中の空隙がH₂O分子を生み出す場所だった

ー太陽風による新たな水生成メカニズムを解明、将来の月面資源利用にも期待ー

発表のポイント

  • 太陽から飛んでくる粒子(太陽風)が月の土壌粒子中の微小な空隙に入り込むことで、水(OHやH2O)が形成されやすくなることをシミュレーションで明らかにしました。
  • 月面でOHだけでなくH2O分子も形成され得るメカニズムを提案しました。
  • 水が月のどこでどのように形成されるかは、将来の月面資源利用においても重要な情報となります。


月面の土壌粒子中に存在している直径数ナノメートルから数十ナノメートルの空隙中でH2Oが形成


発表内容

東京大学大学院理学系研究科の庄司大悟特任研究員は、月の表面で水(特にH2O)がどのように生まれるのかという長年の謎について、月の土壌粒子の内部構造に着目した新たなメカニズムをシミュレーションによって明らかにしました。

月の表面にはOH(ヒドロキシ基(注1))やH2Oの形で水が存在していることが、さまざまな観測によって示唆されています。水の起源としては、マグマ中に含まれていたものや、隕石によって運ばれてきたものなど、いくつかの考えが提案されていますが、その中でも有力な説の一つは太陽風(注2)に含まれている陽子(水素原子核)(注3)です。月の土壌には酸素原子が含まれているため、月面に降り注いだ陽子(水素原子核)が土壌中で減速し酸素と結びつくことでOHが形成されます。しかし、H2Oの場合、一つの酸素原子に水素が二つ結合する必要があり、単純に陽子が月面に降り注いだだけでは生成されるH2O分子は少量に留まるという研究結果が出ています。そのため、太陽風によってOHが形成されたところにさらに微小隕石が衝突することでH2Oが形成されるという説や、OHが表面へ拡散して隣り合うことでH2Oになるといった説が提案されています。

本研究グループは、H2O分子が月の土壌粒子中に存在している直径数ナノメートルから数十ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)という微小な空隙(注4)に多く集まっているという観測結果に着想を得て、減速した水素原子が空隙付近に近づいた時にどのような反応が起こるか、分子動力学によるシミュレーションを行いました。

空隙の中には原子が存在していないため、空隙の壁面には「ダングリングボンド」と呼ばれる結合していない電子(腕)を持った酸素原子が多く存在しています。ダングリングボンドは結合相手を持たないため、近くに水素原子が来ると、その原子と結合しようとします。そのため、粒子に入り込んだ水素は、空隙壁面の酸素原子に集中的にトラップされ、壁面では他の領域よりも高い個数密度のOH基が形成されます(図1 a, b)。OH基の酸素に別の水素原子がトラップされるとH2Oになるのですが、上で述べたように、これまでの研究ではその頻度は低いと見積もられていました。しかし、空隙があると、その壁面ではOHの個数密度が増えるため、二つの水素と結合する酸素原子(H2O)の数も増えることになります(図1 c, d)。斜長石(注5) を想定したシミュレーションでは、月の1日(約29.5地球日)換算で数日間となる太陽風照射で、空隙の周辺には重量パーセントにして数パーセントという比較的多量のH2O分子が形成されることが分かりました。この結果は、微小隕石の衝突やOHの拡散といったプロセスを経ずに月面で多くのH2Oが形成され得ること、そして、土壌粒子中の空隙が水生成の重要な場となっていることを示しています。ただし、月面の粒子中にどのようにして空隙が形成されていくのかについてはさらなる研究が必要です。

図1:空隙壁面でのH2O形成
ダングリングボンドを持つ壁面の酸素原子に減速された水素原子が近づくと、水素がトラップされOHが形成される(a,b)。空隙壁面ではOHの個数密度が上がるため、二つ目の水素原子がトラップされる頻度も上昇し、H2Oが形成される(c,d)。このシミュレーションでは斜長石(アノーサイト)を想定。赤が酸素原子、青が水素原子、灰色がケイ素原子、緑がカルシウム原子、黄色がアルミニウム原子を表している。

粒子中の空隙には、壁面の一部が粒子の外部と繋がっている(開いている)ものもあることが観測されています。この開いている空隙の壁面で形成されたH2Oは、閉じた空隙中で形成された分子よりも外に逃げて行きやすく、温度が低い場所に氷として凝縮する可能性があります(図2)。そのため、空隙の状態によって形成された水分子の進化も異なることが示唆されます。

図2:閉じた空隙と開いた空隙でのH2O分子の進化の違い
閉じた空隙中に形成されたH2Oは外に逃げず留まる。サンプル分析で観測されたH2やH2Oはこれらの分子と考えられる。一方、開いた空隙中に形成されたH2Oは粒子の外に逃げていき、低温の領域で氷として凝縮する可能性がある。

月面の水がどのような形態で存在するかということは、将来の有人探査における水資源の利用方法にも大きな影響を与えます。そのため今回の結果は、月の水がどこでどのように生まれ、どのように蓄えられるのかを理解する重要な手がかりとなり、将来の有人探査や月面基地建設における水資源利用の検討にも直接的に貢献することが期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
  庄司 大悟 特任研究員

論文情報

雑誌名 Scientific Reports
論文タイトル
Molecular dynamics simulations of solar-wind induced H2O formation and retention in vesicles of lunar soil
著者 Daigo Shoji
DOI番号 10.1038/s41598-025-34389-2

研究助成

本研究は、科研費「月面着陸探査における始原的岩石のその場選別・分析のための光学式分析装置の開発(課題番号:25H00683)」の支援により実施されました。

用語解説

注1  OH(ヒドロキシ基)
酸素原子と水素原子が1つずつ結合した状態。

注2  太陽風(たいようふう)
太陽から吹き出した荷電粒子。9割以上の粒子を水素(陽子)が占める。

注3  陽子(ようし)
+1の電化を持つ原子核粒子。水素の原子核は陽子1個から構成されるため、太陽風の陽子が降り注ぐということは、電荷を持った水素原子が降り注ぐことになる。

注4  空隙(くうげき)
中に原子が詰まっていない空間。月の土壌粒子中には直径にして数ナノメートルから数十ナノメートルの小さな空間が数多く存在していることが観測されている。空隙の形成メカニズムとしては、太陽風によって土壌粒子中の原子がかき乱されたためという説や、微小隕石による加熱で内部に泡が発生したためといった説が挙げられている。

注5  斜長石(しゃちょうせき)
月の表面を構成している主要な鉱物のひとつ。