DATE2026.01.19 #Press Releases
一緒に寝る?一人で寝る?「社会性」が睡眠の質を変える
ー隔離、社会的階層、系統がマウスの睡眠に及ぼす複合的影響を明らかにー
発表のポイント
- 一緒に寝るときと一人で寝るときで睡眠の質は変化し、特にレム睡眠(夢をよく見る睡眠)は社会的な階層(集団内で優位か劣位か)や生まれつきの体質(遺伝的背景)により大きく異なることを明らかにしました。
- マウス同士が直接ふれ合わず“隣にいるだけ”の新しい飼育法を開発し、人間の同室・別室就寝に近い状況で、社会的な階層が睡眠に与える影響を正確に測定しました。
- 「一緒に寝るほうが良いのか、一人で寝たほうがよく眠れるのか」という身近な疑問の理解が進み、ストレスや孤独が睡眠に及ぼす影響の解明や改善法の開発につながることが期待されます。

一緒に寝る?一人で寝る?
概要
近年、夫婦やパートナーが別々の寝室で寝る「睡眠離婚(Sleep Divorce)」を選ぶケースが増えています。しかし、「一緒に寝る安心感」と「単独で寝る快適さ」のどちらが睡眠の質を向上させるのか、また、その効果が二人の関係性(立場)や個人の体質によってどう変わるのかは、未解明でした。
東京大学大学院理学系研究科の林悠教授と林直子特任研究員らによる研究グループは、この課題を科学的に検証するため、社会性を持つマウスに注目しました。マウスは、集団で生活するときに、集団内で順位(社会的階層)をつける習性をもっています。本研究では、マウスを物理的な接触はできないが、視覚や嗅覚による社会的なつながりは保たれる「隣人飼育」(注1) という特別な環境で飼育し、その後単独飼育(隔離)に切り替える実験を行いました(図1)。そして、集団内で立場が強い(優位)マウスと、立場が弱い(劣位)マウスを比較しました。
その結果、単独飼育は、優位なマウスの睡眠の質を向上させる一方で、劣位なマウスの睡眠の質を低下させることが分かりました。また、単独飼育がもたらすレム睡眠の変化は、遺伝的な体質(系統)によって全く異なることが明らかになりました。この研究成果は、社会的な環境や立場、そして遺伝的背景が複雑に絡み合い、最終的な睡眠の質を決定しているという、重要なメカニズムの解明に大きく貢献します。

図1:マウスの社会的階層の評価と、飼育環境(隣人飼育と単独飼育)
集団内のマウスの立場(社会的階層)は、チューブテスト(注2) により調べられました(A)。集団内で最も立場が強い優位マウスと最も立場が弱い劣位マウスを決定後、物理的な接触はできないが、視覚や嗅覚による社会的なつながりは保たれる「隣人飼育」で飼育されました(B)。その後、単独飼育に切り替えられました(C)。
発表内容
これまでの研究では、マウスの集団内で生じる身体的な喧嘩や接触が睡眠に悪影響を与えることが指摘されていましたが、「社会的なつながりの有無」自体が睡眠に与える影響は、これらの物理的な妨害から切り離して評価することが困難でした。
そこで、本研究チームは、物理的接触を許さず、社会的なつながりを維持できる「隣人飼育」という新しいアプローチを導入しました(図1B)。これにより、社会的階層と睡眠への影響について以下の重要な知見を得ました。
1. 物理的接触がない集団飼育(隣人飼育)環境下での睡眠:
物理的な接触がほとんどない「隣人飼育」の状態では、優位マウスと劣位マウスの間で、睡眠時間やレム睡眠の量に大きな差は観察されませんでした。これは、社会的な階層自体よりも、接触による妨害がこれまでの研究で報告された睡眠変化の主な原因であった可能性を示唆しています。
2. 隔離(単独飼育)がもたらす相反する影響:
・優位なマウス: 単独飼育に移行すると、睡眠の質(深いノンレム睡眠やレム睡眠の脳波)が改善しました。これは、共寝による小さな妨害や警戒心から解放され、最適な睡眠環境を得られた可能性を示します。
・劣位なマウス: 単独飼育に移行すると、レム睡眠の質(レム睡眠の脳波)が低下しました。これは、「誰かと一緒にいる安心感」を失ったことによる社会的隔離ストレスが、睡眠の質を悪化させた可能性を示します。
3. 遺伝的体質による違い:
本研究では、「隣人飼育」「単独飼育」や社会的階層の影響を、遺伝的背景の異なる2種類のマウスで調べ、効果を比較しました。その結果、一般的に神経科学の研究で用いられるB6系統(代表的な実験用マウス)では、劣位マウスにおいて、単独飼育でレム睡眠量が増加しました(図2)。一方、社会的階層がB6系統よりも強固に形成されるF1マウス(ICR系統とB6系統のハイブリッドマウス)では、レム睡眠量に変化は見られませんでした(図2)。遺伝的な体質(系統)によってレム睡眠への影響が全く異なるという発見は、同じ社会的ストレスを受けても、その影響が個人によって異なる現象を示すことの理解につながると示唆されます。
これらの知見は、社会的なつながりの有無、グループ内の立場、そして遺伝的な体質という三つの要素が、脳のメンテナンスに関わるとも言われているレム睡眠を複雑に調節していることを示しており、最適な睡眠環境の理解や、ストレスや社会的な孤立が引き起こす睡眠障害の病態解明に貢献することが期待されます。

図2:飼育環境の切り替えがレム睡眠量に与える影響の系統間比較
B6系統のマウスでは、隣人飼育から単独飼育への移行後、劣位マウスのみでレム睡眠量が増加しました。一方で、F1マウス(ICR系統とB6系統のハイブリッドマウス)の劣位マウスではレム睡眠量に変化は見られませんでした。この応答の差は、遺伝的な体質(系統)が睡眠への影響を決定づけることを示しています。
なお、本研究は、研究実施機関である京都大学大学院医学研究科 倫理審査委員会の承認のもと、ARRIVEガイドラインに則り実施されました。
発表者・研究者等情報
東京大学東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻
林 悠 教授
兼: 筑波大学高等研究院(TIAR)、国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS) 客員教授
林 直子 特任研究員
京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻
河合 朝子 研究当時:学部学生
論文情報
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雑誌名 Scientific Reports 論文タイトル Social rank and social environment combinedly affect REM sleep in mice著者 Naoko Hayashi, Asako Kawai, Yu Hayashi*(*責任著者) DOI番号 10.1038/s41598-025-32402-2
研究助成
本研究は、AMEDムーンショット型研究開発事業「脳を守り、育て、活かす、睡眠によるライフコースアプローチ」(JP24zf0127011)、AMED脳神経科学統合プログラム「レム睡眠からアプローチする精神・神経疾患の理解とその克服」(JP21wm0425018)、日本学術振興会科学研究費助成事業(JSPS)国際共同研究加速基金(国際先導研究)(課題番号:JP22K21351)、基盤研究(B)(課題番号:JP24K02116)、挑戦的研究(萌芽)(課題番号:JP24K21998)、学術変革領域研究(A)(課題番号:JP25H01717)の支援により実施されました。
用語解説
注1 隣人飼育
マウスを同じケージ内で飼育するが、透明なアクリル板で仕切ることにより、視覚、嗅覚、聴覚などの社会的な相互作用は可能にしつつ、直接的な攻撃や物理的接触を防ぐ実験環境。↑
注2 チューブテスト
2匹のマウスを、すれ違うことができない細い透明なチューブの両端から入れて中央で対面させ、どちらが相手を押し出すかを観察します。このとき、相手を押し出したマウスを「勝ち(優位)」、押し出されて後退したマウスを「負け(劣位)」と判定します。集団の中で順位をつける習性をもつマウスの、社会的な優劣を客観的に評価する手法として、神経科学の研究で一般的に使われています。↑

