DATE2025.12.30 #Press Releases
フラスコからパイプへ:化学合成の常識を覆す
農薬の革新的連続生産プロセスを開発
ー「不可能」とされた化学変換を実現、持続可能な農業とものづくりにー
発表のポイント
- 不均一系触媒を用いたカラムフロー型反応により、従来は約3工程を要していた殺菌剤農薬の重要合成中間体を、原料から1段階で合成できる新技術を見出した。
- 不均一系触媒をカラム型フローリアクターに充填して用いることで、反応中間体間の変換がフラスコ反応と比べて約10,000倍高速化され、通常経由する安定な中間体を介することなく直接目的物へと変換されることを明らかにした。
- 不均一系触媒法は機能性化学品製造のための重要な基盤技術であり、本研究で見出された方法論により、それら機能性化学品の、低エネルギーかつ廃棄物排出の少ない持続可能な化学製造プロセスの実現に貢献することが期待される。

不均一系触媒フロー合成装置
概要
東京大学総括プロジェクト機構 の小林修特任教授と、同大学大学院理学系研究科の石谷暖郎特任教授らの研究グループは、世界的に需要が高い殺菌剤「テトラコナゾール」の原料を、従来の「混ぜて作る(バッチ法)」ではなく「流して作る(フロー法)」で高効率に合成することに成功しました。
従来の方法では副生成物が多く生じてしまう「気難しい反応」が、フロー法にするだけで目的物がほぼ選択的に生成されるという、従来の常識を覆す「反応選択性の逆転現象」 を発見しました。この一見「魔法のような現象」が、フロー反応の配管のなかに設置した不均一系触媒反応器によって実現されたことを、「小型核磁気共鳴(NMR)装置を用いたリアルタイム観測」により明らかにしました。
本成果は、医薬品や農薬の製造において問題となってきた廃棄物の削減とエネルギー効率の向上を同時に実現する「グリーン・サステイナブルケミストリー」の有効性を示す強力な実証例となります。

図1:不均一系触媒カラムフロー反応のイメージ
発表内容
フロー反応は、従来のフラスコ内で行う化学反応法ではなく、配管内を反応溶液が通過する過程で進行する化学反応です。これまで、1)空間による反応時間制御、2)プロセスウィンドウ (注1) の拡大、3)反応集積、といったフラスコ反応にはない特性が注目され、約10年前から次世代の化学品製造法として注目されてきました。
本研究チームは、世界的に需要の高い殺菌剤農薬の多段階連続フロー合成(注2) の研究過程で、従来のフラスコ法では原料から約3工程かけて合成していた重要中間体が、配管内に設置した不均一系触媒層を通過させる不均一系触媒フロー法により、原料から直接1工程で得られるという特異的な現象を見出しました。この現象は、フロー化学が本来持つ三つの特性だけでは説明できず、本研究で用いた不均一系触媒フロー法による新たな「第四の特性」の存在を強く示唆するものでした。機構解明のため、インライン分析(注3) で高精度の定量が可能な核磁気共鳴(NMR)装置を用いて、反応速度論解析を実施したところ、不均一系触媒層内で、反応中間体間の変換がフラスコ法に比べて約10,000倍も高速化されていることが示唆されました。このことは、フラスコ法で必ず経由する一次生成物ルートが、不均一系触媒フロー反応では主経路ではなくなり、別の経路が支配的になるほど反応が再構築されていることを示します。この性質は、不均一系触媒を充填したフロー反応場で形成される局所的な濃度上昇による反応ダイナミクスの変容に起因すると考えられます。
このような現象を実験的に精密かつ定量的に証明することは極めて困難と考えられますが、本研究ではそれを実証し、フロー化学における不均一系触媒反応の理解に新しい地平を切り開く成果となりました。本研究が示した「第四の特性」は、今後、従来は達成困難と考えられていた新しい選択性・反応性の獲得につながる可能性があり、フロー化学の応用範囲を大きく押し広げるものです。実際に、研究グループはこの反応をキーステップとして、目的とする殺菌剤農薬前駆体の連結・連続合成を達成しました。
図2:不均一系触媒フロー反応による化学選択性の逆転と殺菌剤農薬の連結合成
グリーンケミストリー宣言から約30年を迎え、大学・企業・政府の化学関連分野にはより強力なグリーンケミストリーアクションが求められています(注4) 。本研究は、低エネルギー・低廃棄物・低リスクという、フロー化学の本質的利点をより強力にグリーンケミストリーの理念と結びつけるものであり、持続可能な化学製造の未来を形づくる重要な一歩となる成果です。
発表者・研究者等情報
東京大学
総括プロジェクト機構 「グリーン物質変換」総括寄付講座
小林 修 特任教授
大学院理学系研究科 化学専攻
石谷 暖郎 特任教授
論文情報
-
雑誌名 JACS Au 論文タイトル Continuous-Flow Synthesis of the Fungicide Tetraconazole: Unprecedented Selectivity in Aldol Condensation and Mechanistic Insights via In-Line 200 MHz 1H-NMR著者 Masahiro Sasaya, Haruro Ishitani*, Shu Kobayashi*(*責任著者) DOI番号 10.1021/jacsau.5c01462
研究助成
本研究は、農研機構生研支援センター オープンイノベーション研究・実用化推進事業「連続合成と連続微粒子化による高機能化農薬の創出とその実装(課題番号:JPJ011937)」、新エネルギー・産業技術総合開発機構NEDO「機能性化学品の連続精密生産プロセス技術の開発(課題番号:JPNP 19004)」の支援により実施されました。
用語解説
注1 プロセスウィンドウ
ここでは反応を安定かつ安全に実行するために許容される条件範囲のこと。↑
注2 多段階連続フロー合成
一つの化学変換を行う連続フローシステム、すなわち反応器の一端から原料を投入すると同時に他端から生成物を取り出す反応を、直列的に連結し、多段階の化学変換を行うシステムのこと。↑
注3 インライン分析
連続フローシステムの反応ラインに分析機器を介在させ、ラインの流れの過程で定量・訂正解析する分析法のこと。↑
注4 グリーンケミストリー宣言 および より強力なグリーンケミストリーアクション
1998年にアメリカ合衆国のポール・アナスタス大統領科学技術政策担当者らによって製作された「12箇条」に基づく、持続可能な化学の基本概念。2025年にストックホルムで開催されたノーベルシンポジウムにおいて、それを強く推し進めるべく「未来のための化学に関するストックホルム宣言」が起草された。↑

