DATE2025.12.04 #Press Releases
使っていない遺伝子を段階的に眠らせる植物独自のしくみ
発表のポイント
- 真核生物に広く保存されたヒストン修飾H3K4me2が、植物において転写抑制に関わる3種類の異なるヒストン修飾・バリアントを制御する機能を持つことを明らかにしました。
- H3K4メチル化は従来、転写活性の目印と考えられてきましたが、植物ではH3K4me2はこれらのヒストン修飾・バリアントを介してクロマチンを抑制状態へ傾けることが示唆されました。
- 植物が独自に獲得したH3K4me2の機能を明らかにした本研究は、植物特有の発生制御や環境応答をエピジェネティックな観点から理解するための理論的基盤を提供します。

植物においてH3K4me2がクロマチンを段階的に抑制化するモデル
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の野寄拓海大学院生、森秀世特任研究員(研究当時)、大矢恵代特任助教(研究当時)、稲垣宗一准教授、角谷徹仁名誉教授(研究当時・教授)による研究グループは、京都大学生態学研究センターの工藤洋教授、滋賀大学データサイエンス・AIイノベーション研究推進センターの西尾治幾講師との共同研究により、従来は転写活性の目印と考えられてきたヒストンH3の4番目リジンのジメチル化(H3K4me2)(注1) が、植物では逆に転写抑制状態の制御に関わる機能を持つことを明らかにしました。本研究では、モデル植物シロイヌナズナ(注2) を用いた遺伝学的解析と時系列解析により、遺伝子内部に蓄積したH3K4me2が転写抑制と関係するヒストンバリアント(注3) およびヒストン修飾(注4) (H2A.Z、H2Aub、H3K27me3)の蓄積を促進し、クロマチン状態(注5) を抑制状態へと切り替える役割を担うことが分かりました。
H3K4me2は、未分化な植物細胞から新たな芽が再生される過程や、花が咲くタイミングを決める過程など、植物の発生に関わることが示唆されてきましたが、その具体的な働きは明らかになっていませんでした。本研究の成果は、植物特有の発生制御や環境応答を支えるエピジェネティック基盤の理解を大きく前進させるものです。
発表内容
H3K4メチル化は真核生物に広く保存されたヒストン修飾です。H3K4メチル化は主に活発に転写されている遺伝子に蓄積していることから、転写活性の目印と考えられてきました。しかし意外なことに、植物ではH3K4me2が転写量の少ない遺伝子にも多く蓄積していることが知られています(図1)。本研究チームは以前、H3K4me2脱メチル化酵素が遺伝子の転写装置と協働してH3K4me2を除くことにより、活発に転写されている遺伝子においてH3K4me2を減少させていることを報告しました(プレスリリース①)。しかし、転写が活発でない遺伝子に蓄積したH3K4me2がクロマチン状態や遺伝子の転写に及ぼす影響については未解明でした。
図1:シロイヌナズナにおけるH3K4メチル化局在パターン
シロイヌナズナの全遺伝子(n = 27,443)におけるH3K4me1/2/3の局在をヒートマップで示した。明るい色の領域にH3K4メチル化が多く蓄積していることを表す。縦軸は発現の高い遺伝子から順に並んでいる。横軸は各遺伝子の転写開始点(TSS)から転写終結点(TES)までを表す。
本研究では、まずH3K4me2と同じゲノム領域に存在する(共局在する)ヒストン修飾・バリアントとして、転写の抑制に関係していることが知られているH2A.Z、H2Aub、H3K27me3の3種類に注目しました(図2)。H3K4me2とH2A.Z/H2Aub/H3K27me3の間に相互作用があるかを調べるため、H3K4me2が増減するようなシロイヌナズナの変異体を使用して、ゲノム全体におけるヒストン修飾・バリアントの局在パターンをChIP-seq(注6) という手法で調べました。その結果、H3K4me2が増加した遺伝子領域においてはH2A.ZとH2Aubが増加し、逆に、H3K4me2が減少した遺伝子領域では、H2A.Z、H2Aub、H3K27me3が同様に減少することが分かりました。逆に、H2A.Z、H2Aub、H3K27me3が増減するような変異体においては、H3K4me2はほとんど影響を受けませんでした。
図2:H3、H3K4me2、H2A.Z、H2Aub、H3K27me3の遺伝子上局在パターンの例
野生型シロイヌナズナにおける各ヒストン修飾・バリアントの遺伝子上の局在パターンを示した。H3K4me2はH2A.ZやH2Aubと強く共局在しており、H3K27me3とは一部の遺伝子で共局在している。
これらの結果から、H3K4me2はH2A.Z、H2Aub、H3K27me3を制御する機能を持つことが明らかになりましたが、H3K4me2がこれらのヒストン修飾・バリアントを制御する時間的な動態は不明でした。そこで、植物が24時間周期で遺伝子発現を変動させる概日リズムに着目しました。太陽による光周期を模した条件で生育させた植物を用い、H3K4me2、H2A.Z、H2Aubの24時間周期の変動(日周変動)をChIP-seqで調べました。その結果、H3K4me2が日周変動する遺伝子では、H2A.ZがH3K4me2と同位相で日周変動しており、遺伝子発現とは逆位相で日周変動していることを見出しました。一方、H2Aubは日周変動しませんでした(図3)。
図3:ヒストン修飾・バリアントと遺伝子発現の日周変動解析
1つの折れ線が1つの遺伝子に対応し、縦軸は遺伝子ごとに標準化したH3K4me2、H2A.Z、H2Aubの蓄積量と発現量、横軸は時間を表す。点線(黒)は各時間における平均値を表す。0-12hは明期、12-24hは暗期。
H3K4me2が日周変動する781遺伝子に注目し、H3K4me2の蓄積量が最大となる時間に基づいて4グループに分けた。
以上の結果から、H3K4me2によるH2A.Z、H2Aub、H3K27me3の制御は同時に起こっているのではなく、異なる時間スケールで段階的に生じることによってクロマチン状態を抑制方向へと導いているというモデルを提唱しました。本研究結果は、植物ではH3K4メチル化が転写活性ではなく転写抑制にも影響しうるという点で新規な発見であり、植物特有の発生制御や環境応答を支えるエピジェネティックな分子基盤の理解に貢献することが期待されます。
関連情報
「プレスリリース①転写活性を植物ゲノムに記録する機構」(2023/10/20)
発表者・研究者等情報
東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻
野寄 拓海 博士課程学生
森 秀世 特任研究員(研究当時)
大矢 恵代 特任助教(研究当時)
稲垣 宗一 准教授
角谷 徹仁 名誉教授(研究当時・教授)
京都大学 生態学研究センター
工藤 洋 教授
滋賀大学 データサイエンス・AIイノベーション研究推進センター
西尾 治幾 講師
論文情報
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雑誌名 Nature Communications 論文タイトル H3K4me2 orchestrates H2A.Z and Polycomb repressive marks in Arabidopsis著者 Takumi Noyori*†, Shusei Mori*†, Satoyo Oya, Haruki Nishio, Hiroshi Kudoh, Soichi Inagaki†, and Tetsuji Kakutani†
*co-first authors †corresponding authorsDOI番号 10.1038/s41467-025-66645-4
研究助成
本研究は、科研費(課題番号21H04977、23H00365、24K21268、20H05913、23K23565、25K02252)、HFSP(RGP0025/2021)、CREST(JPMJCR15O1)の支援により実施されました。
用語解説
注1 H3K4me2
ヒストンH3の4番目のリジンがメチル化された状態を指す。メチル基の数に応じて、H3K4モノメチル化(H3K4me1)、ジメチル化(H3K4me2)、トリメチル化(H3K4me3)の3つの段階が存在する。↑
注2 シロイヌナズナ
代表的なモデル植物。世代時間が短く個体が小さいため栽培が容易であり、ゲノムサイズが小さく豊富な研究リソースが整備されていることに加えて、多様な実験手法が確立されていることから、幅広い分野で利用されている。↑
注3 ヒストンバリアント
ヌクレオソーム(注5) を構成するヒストン八量体は4種類のコアヒストン(H2A、H2B、H3、H4)からなる。これらのコアヒストンには、主要なヒストンとはアミノ酸配列が一部異なる亜種が存在し、これらをヒストンバリアントと呼ぶ。H2A.Zは真核生物に広く保存されたH2Aの代表的なバリアントである。↑
注4 ヒストン修飾
4種類のコアヒストン(H2A、H2B、H3、H4)は、メチル化、ユビキチン化、アセチル化、リン酸化、SUMO化など多様な化学修飾を受ける。これらの修飾を総称してヒストン修飾と呼ぶ。H3の27番目リジンのトリメチル化(H3K27me3)は転写が抑制された領域に局在する修飾として知られている。H2Aのユビキチン化(H2Aub)はH3K27me3と密接な関係を持ち、植物ではH3K27me3の蓄積を促進することが報告されている。↑
注5 クロマチン状態
DNAは非常に長いため、核内に収納される際にヒストンタンパク質へ巻きついてヌクレオソームと呼ばれる基本単位を形成する。多数のヌクレオソームがさらに高次に折り畳まれた構造体をクロマチンと呼ぶ。クロマチンの機能的状態はさまざまな種類のヒストン修飾やヒストンバリアントの組み合わせによって特徴づけられており、これをクロマチン状態と呼ぶ。↑
注6 ChIP-seq
Chromatin Immunoprecipitation sequencing(クロマチン免疫沈降シーケンス)の略称。注目するヒストン修飾・バリアントが存在しているゲノム上の位置を特定する手法。注目するヒストン修飾・バリアントと特異的に結合する抗体をクロマチンと混合後に回収することで、そのヒストン修飾・バリアントが存在するヌクレオソームのDNA断片を得ることができる。回収したDNA断片の配列を次世代シーケンサーで決定してゲノム配列と比較することで、存在領域を決定する。↑

