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Press Releases

DATE2025.12.05 #Press Releases

宇宙の膨張速度を正確に測定

ー現在の膨張速度は新たな謎を示唆ー

発表のポイント

  • 重力レンズ効果を用いて現在の宇宙の膨張率(ハッブル定数)を測定し、km/s/Mpcという値を得た。これは後期の宇宙の天体を用いた他の測定結果とより整合的であり、宇宙初期の観測結果とは一致しない。
  • 本研究はJWSTHSTケック望遠鏡VLTによる最先端観測と、長期にわたる国際共同研究に基づき、H₀を高精度で測定したものである。
  • これらの結果は「ハッブルテンション」とよばれる初期宇宙と後期宇宙のハッブル定数の測定結果の不整合性をさらに深刻化させ、宇宙の進化に関する新たな謎を示唆している。


TDCOSMO 2025 サンプルに含まれる8つの重力レンズクエーサー
(クレジット:TDCOSMO Collaboration et al. 2025, A&A, in press)


発表概要

東京大学大学院理学系研究科附属ビッグバン宇宙国際研究センターのKenneth Wong特任助教とEric Paic特任研究員を含むTDCOSMO共同研究チームは、宇宙の膨張率を高精度で測定し、長年にわたって宇宙進化の謎を示唆してきた「ハッブルテンション(注1) 」を明らかにした。ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)、ハッブル宇宙望遠鏡(HST)、VLT、ケック望遠鏡、ヨーロッパ南天天文台(ESO)施設の観測から、ハッブル定数 H₀(注2)km/s/Mpcを得た。この値は後期宇宙の測定と一致する一方、宇宙マイクロ波背景放射による初期宇宙の観測が示す約67 km/s/Mpcとは食い違う。研究では、重力レンズ効果(注3) (図1)によって複数像を生じたクエーサーの光到達時間差を解析する「時間遅延(注4) 法」を用い、レンズ銀河の質量分布を分光観測で精密にモデル化することで、他の較正手法に依存せずに膨張率を算出した(図2)。

図1:重力レンズ効果を示す図 (クレジット:M. Millon)

図2:TDCOSMO 2025 サンプルに含まれる8つの重力レンズクエーサー
(クレジット:TDCOSMO Collaboration et al. 2025, A&A, in press)

この結果は速い膨張を支持し、ハッブルテンションが測定誤差ではなく実在する可能性をさらに強めた。チームは測定誤差を1.5%未満に抑え、差異の存在を確定することで未知の素粒子やダークエネルギーといった、宇宙進化に関する新しい物理の手がかりをつかもうとしている。

発表内容

本研究チームは、宇宙の膨張率をあらわすハッブル定数(H₀)を、これまでで最も高精度で測定し、「ハッブルテンション」と呼ばれる宇宙膨張率の観測結果の食い違いを明らかにした。重力レンズ現象を用いた本研究の手法は、他の天体による測定とは独立した手法の一つであり、測定誤差も十分小さな値が得られた。研究チームはJWST、HST、VLT、ケック望遠鏡、ESOなどの最先端観測データを用いた結果、得られたH₀の値は初期宇宙の観測から導かれる予測とは一致せず、現在の標準的な宇宙論モデルでは説明できないものとなった。これは、未知の物理現象の存在を示唆している可能性がある。

ハッブル定数は、1929年にエドウィン・ハッブルによって提唱され、宇宙がどれくらいの速さで膨張しているかを表す。初期宇宙の観測(例えば宇宙マイクロ波背景放射:CMB; Planck Collaboration et al. 2020)からは約67 km/s/Mpcという値が導かれる一方、後期(近傍)宇宙の観測(例えば変光星や超新星; Riess et al. 2022)では約73 km/s/Mpcと高い値が得られており、両者の食い違いは統計的に無視できないほど顕著である。この不一致の理由を解明することは、宇宙の内容物や歴史を理解する上で極めて重要であり、もし不一致が本当なら、新しい素粒子や宇宙初期の「ダークエネルギー」による加速度的膨張など、標準的な宇宙モデルを超える現象を示す可能性がある。

本研究チームは、『Astronomy & Astrophysics』誌に発表した新研究で、時間遅延と呼ばれる完全に独立した手法を用いた。これは重力レンズ効果を利用するもので、手前の銀河が背後の活動銀河核(クエーサー)からの光の経路を曲げ、複数の像を作り出す。その明るさの変化が像ごとに異なる時間で届く「時間遅延」を精密に測定し、天体までの距離と宇宙の膨張率を導くことができる。レンズ銀河の質量分布を正確にモデル化することで測定の精度も高まる。8つの重力レンズクエーサーのデータを解析した結果、H₀=km/s/Mpcが得られ、後期宇宙の測定と一致する一方で、初期宇宙の結果とは依然として緊張関係にある。この手法は他の測定法と独立しており、ハッブルテンションが観測上の系統誤差によるものではないことを示す強力な検証となる。

JWST・ケック・VLTによる高分解能分光観測は、レンズ銀河内部の星の運動を精密に測定し、質量と重力レンズ効果の制約を大幅に向上させた。これらの観測と20年以上にわたる光度モニタリングを組み合わせることで、長期的な国際共同研究の重要性が改めて示された(図3)。TDCOSMOの測定は4.5%という高精度を達成したが、ハッブルテンションを完全に確定するには至っていない。今後は精度を1.5%にまで高め、他の宇宙論的観測と同等のレベルに引き上げることを目指している。将来の宇宙望遠鏡などを用いる新たな観測データの蓄積によって、この不一致が本当に新しい宇宙物理を示すものなのか、決定的な答えが得られるかもしれない。

図3:TDCOSMOによるH₀測定結果と他の測定との比較。
TDCOSMOの結果は他の測定手法とは完全に独立しており、初期宇宙の観測よりも後期宇宙のH₀の測定とより良く一致している。(クレジット:A. Makarenko)

発表者・研究者等情報

東京大学大学院理学系研究科 附属ビッグバン宇宙国際研究センター
 Kenneth Wong 特任助教
 Eric annrenn 特任研究

関連リンク

JWSTHSTケック望遠鏡VLT

論文情報

雑誌名 Astronomy & Astrophysics
論文タイトル
TDCOSMO 2025: Cosmological constraints from strong lensing time delays
著者 TDCOSMO Collaboration:
Simon Birrer, Elizabeth J. Buckley-Geer, Michele Cappellari, Frédéric Courbin, Frédéric Dux, Christopher D. Fassnacht, Joshua A. Frieman, Aymeric Galan, Daniel Gilman, Xiang-Yu Huang, Shawn Knabel, Danial Langeroodi, Huan Lin, Martin Millon, Takahiro Morishita, Veronica Motta, Pritom Mozumdar, Eric Paic, Anowar J. Shajib, William Sheu, Dominique Sluse, Alessandro Sonnenfeld, Chiara Spiniello, Massimo Stiavelli, Sherry H. Suyu, Chin Yi Tan, Tommaso Treu, Lyne Van de Vyvere, Han Wang, Patrick Wells, Devon M. Williams, and Kenneth C. Wong
DOI番号 10.1051/0004-6361/202555801

研究助成

本研究は、科学研究費補助金(課題番号:20K14511,24K07089, 24H00221)により実施されました。

用語解説

注1  ハッブルテンション
「ハッブルテンション」とは、初期宇宙の観測から算出されたハッブル定数(H0)の測定値と、後期(近傍)宇宙の観測に基づく測定値との間の乖離を指す。宇宙マイクロ波背景放射などの初期宇宙の観測では、H0は~67 km/s/Mpcという値が得られ、一方、変光星や超新星などの後期宇宙の観測では、H0は~70~73 km/s/Mpcという値が得られる。この差が、どちらか一方または両方の方法の誤差によるものなのか、それとも実際の乖離なのかは不明である。もしこれが現実のものであるならば、それを説明するには、現在の宇宙に関する私たちの理解を超えた新たな物理学が必要になるかもしれない。

注2  ハッブル定数(H₀)
ハッブル定数とは、現在の宇宙の膨張速度を示す値であり、宇宙論における最も重要なパラメータの一つである。その正確な値は、宇宙の年齢・進化の歴史・最終的な運命の理解に深く関わっている。ハッブル定数は、初期宇宙の観測(例えば宇宙マイクロ波背景放射など)や、後期宇宙の変光星・超新星などの観測から求めることができる。

注3  重力レンズ効果
銀河などの非常に質量の大きい天体は、その周囲を通過する光を曲げることができる。もし巨大な銀河(「レンズ」)が、その背後にある明るい天体(「光源」)とほぼ一直線に並んだ場合、背後の光源からの光はレンズの周囲で曲げられ、光源が複数の拡大された像として観測されることがある。この現象を「重力レンズ効果」と呼ぶ。

注4  時間遅延
重力レンズ効果によって一つの光源が複数の像として見える場合、それぞれの像に届く光は異なる経路を通って観測者に到達する。そのため、同時に放たれた光であっても、像ごとに到着時間に「時間差(時間遅延)」が生じる。この時間遅延は、観測者・レンズ・光源の距離関係に依存しており、それがハッブル定数に直接関係している。複数の像の明るさ変化を長期的に観測し、その時間遅延を測定することで、宇宙の膨張率(ハッブル定数)を求める手法を「時間遅延宇宙論」と呼ぶ。