search
search

Press Releases

DATE2025.09.25 #Press Releases

アリ擬態花の発見

ータチガシワの花は「傷ついたアリ」の匂いで送粉者を呼び寄せるー

発表のポイント

  • 日本の固有植物であるタチガシワの花は、捕食されたアリの匂いに酷似した成分を放ち、傷ついた昆虫の体液を啜るキモグリバエを送粉者として呼び寄せる擬態花であることを発見した。
  • アリへの擬態は節足動物で繰り返し進化してきたが、植物では初めての例であり、擬態花の新しいモデルとなる。
  • タチガシワは、強い腐肉臭やトラップ状の構造を持たない「一見普通の花」だが、匂いに注目することで、植物と昆虫の未知の関係性が明らかになる可能性を示した。


イメージ:傷ついたアリの匂いで送粉者を誘引するタチガシワ


発表概要

東京大学大学院理学研究科附属植物園の望月昂助教は、日本固有植物タチガシワ(キョウチクトウ科)( 注1 、図1)の花が、クモに襲われたアリの匂いを擬態することで、キモグリバエ科(注2) の昆虫を送粉者(注3) として誘う「アリ擬態花」(注4) であることを明らかにしました。キモグリバエ科昆虫には、成虫がクモやカマキリなどの捕食者に捕らえられた昆虫の体液を啜るという、労働寄生性(kleptoparasitism)(注5) の生活史(注6) をもつ種が知られています。

本研究では、タチガシワの花の匂いと、アリやカメムシ、オサムシなどさまざまな昆虫の匂いを比較し、「クモに捕食されたクロヤマアリの匂い」と最も類似していることを突き止め、実験によりその匂いがキモグリバエを強く引き寄せることを確認しました。節足動物(注7) によるアリ擬態はこれまでに70回以上独立に進化したとされますが、花におけるアリ擬態は世界初の発見です。トラップ構造(注8) など目立った形態的特徴を持たない花でこのような匂いによる巧妙な擬態が見出されたことは、これまで見過ごされてきた擬態花の多様性を示唆しています。

本研究は、植物と昆虫の隠れた相互作用の解明に新たな道を開く成果です。これまで、擬態花と思われなかったような、一見平凡に見える植物にも、花と昆虫の未知の関係性が隠されているかもしれません。

図1:自生地のスギ林下で静かに開花するタチガシワ

発表内容

〈研究の背景〉
被子植物は、昆虫や鳥など花粉を運ぶ動物(送粉者)との関わりの中で、色や匂いに多様な花を進化させてきました。なかでも、蜜のある花や腐敗した果実・肉片、あるいは特定の昆虫の雌に擬態して送粉者を誘う「擬態花」は、自然界でみられる極めて興味深い現象です(図2)。

図2 :さまざまな擬態花
花は送粉者を誘うために多様な擬態戦略を進化させてきた。A: 性擬態をするプテロスティリス属、B: 蜜のあるレブンシオガマに擬態するとされるレブンアツモリソウ、C–D: 腐肉臭でハエや甲虫を誘引するスタペリア属(注9) とショクダイオオコンニャク、E: アブラムシのフェロモン(注10) を放つカキラン属の一部種、F: キノコに擬態するドラキュラ属、G–H: 死んだ昆虫の匂いを放つウマノスズクサ属(注11) とセロペギア属(注12)

その巧妙な仕組みは、科学者のみならず、物語や芸術など創作活動にも取り上げられ、広く人々の関心を集めてきました。これまでにラン科やサトイモ科、ラフレシア科、ウマノスズクサ科など、多くの分類群で擬態花が知られていますが、近年は「擬態花を新たに探す」という研究そのものがあまり行われていません。そのため、擬態花がどれほど多様な分類群に分布しているのか、またどのような対象をモデルにしているのかといった根本的な問いは、いまだ十分に解き明かされていません。

本研究は、小石川植物園で栽培されていたタチガシワ(キョウチクトウ科カモメヅル属)(注13) の花に多数のキモグリバエ科の昆虫が群がる様子を目にしたことに端を発します。キモグリバエ科には、クモやカマキリなどの捕食者の狩りに便乗し、獲物の体液を啜る「労働寄生性(kleptoparasitism)」の種が知られています(図3)。これまで、タチガシワの送粉者は不明でしたが、この観察をきっかけに、「タチガシワは、新鮮な昆虫死骸の匂いを模倣する擬態花ではないか」という仮説を立て、研究を始めました。

図3 :クモに狩り殺されたクロヤマアリを舐めるトゲヘリキモグリバエ
トゲヘリキモグリバエは、クモの狩りに便乗して獲物から体液を吸う「労働寄生」を行う。獲物はクロヤマアリ(A)とアシナガアリ(B)。Aは島田拓氏提供。

〈研究の内容〉
まず、タチガシワの自生地である日光植物園とその周辺において、送粉者調査を2021〜2025年に合計150時間の送粉者調査を行った結果、トゲヘリキモグリバエを含む4種のキモグリバエ科昆虫(以下、総称してキモグリバエ)が送粉者であることを明らかにしました(図4)。

図4 :タチガシワの主要な送粉者であるトゲヘリキモグリバエ
A: 開花したタチガシワに群がる様子 B: 蕊柱に口器を差し込む様子 C: 口器の先端に花粉塊(注14) が付着した様子

次に、花の匂いをガスクロマトグラフィー質量分析計(GC-MS)(注15) で分析したところ、合計26種の揮発性化合物(注16) が検出されました。中でもノナン(注17) 、ウンデカン(注18) 、酢酸オクチル(注19) 、酢酸デシル(注20) 、6-メチルサリチル酸メチル(6-MMS)(注21) の5成分が必ず検出され、送粉者誘引への関与が示唆されました。これら5成分を花の匂いの比率で再現した合成混合液を用いた野外実験では、送粉者と同じ種のキモグリバエが混合液に誘引されることが確認されました(図5A)。さらに、成分を1つずつ抜いた「引き算混合液」で比較したところ、酢酸デシルと6-MMSを欠くと誘引力が大きく低下することが判明しました(図5B )。また、この2成分は単独では効果を持たず、両者を組み合わせることで初めて誘引力を発揮することもわかりました(図6)。

図5:花の匂いを再現した混合液と、各成分を抜いた混合液の、キモグリバエ科に対する誘引性の試験結果
A: チガシワの花の主要な5成分(酢酸デシル、ウンデカン、酢酸オクチル、ノナン、6-MMS)を混合した人工の匂いは、アセトン(溶媒)のみと比べてキモグリバエ科を有意に誘引した。効果は日光植物園(自生地)と小石川植物園(非自生地)の両方で確認された。
B: 主要5成分から1つずつ成分を除いた「引き算混合液」の実験では、酢酸デシルと6-MMSを欠いた場合に誘引性が大きく低下した。ボックスプロットの右肩のアルファベットの違いは統計的に有意差があることを示す。

図6:酢酸デシル(10Ac)と6-MMSの組み合わせによるキモグリバエ誘引性
A: 酢酸デシル(10Ac)と6-MMSを混合した液と、アセトン(溶媒)の比較 B: 酢酸デシル単独 C: 6-MMS単独
実験の結果、酢酸デシルと6-MMSはそれぞれ単独では誘引効果を示さなかったが、混合すると初めて強い誘引性を発揮することが明らかになった。

さらに、タチガシワの花の匂いがどの昆虫の匂いに似ているのかを探るため、情報化学物質(注22) のデータベースPherobase(注23) を参照し、花の匂いの主要5成分をもつ昆虫を調査しました。その結果、膜翅目(注24) ・甲虫目(注25) ・半翅目(注26) などの分類群が一部の成分を共有し、特にアリ科ヤマアリ亜科(注27) では酢酸デシルと6-MMSの両方をもつ例が多く確認されました(表1)。

表1:Pherobaseでの検索結果
主要な5成分のうち、3つ以上をフェロモンやアレロケミカル(注28) (合わせてセミオケミカル情報化学物質)としてもつ分類群は、複数あり、特にアリ科ヤマアリ亜科の昆虫で多くの記録があった。

そこで、タチガシワの自生地周辺でアリ、オサムシ、カメムシの仲間を計38種を採集し、刺激により放たれる匂いを分析しました。その結果、クロヤマアリとその近縁種であるハヤシクロヤマアリ(以下、クロヤマアリ類)が、クモに捕食された際に放つ匂いがタチガシワの花の匂いと酷似していることが判明しました(図7)。行動実験でも、クモに捕食されたクロヤマアリが、キモグリバエを誘引することも確認されました。

図7:タチガシワの花と昆虫の匂いの比較
花の匂いは、クモに狩り殺されたクロヤマアリあるいはその近縁種のハヤシクロヤマアリは放つ匂いと極めて類似していることが分かった。

以上の結果から、タチガシワは「クモに捕食されたクロヤマアリ類の匂い」に擬態することで、送粉者であるキモグリバエを誘引していると結論づけられました。労働寄生性のハエによる送粉は、サシガメの一種の匂いを放つウマノスズクサ属(図2G)やミツバチの警告フェロモンに擬態するキョウチクトウ科セロペギア属(図2H) などで知られてきましたが、いずれとも異なる、新しい擬態モデルです。(図7)

〈今後の展望〉
アリは生態系において極めて普遍的な存在であり、多くの植物で蜜や住処を提供してアリに防衛を任せる植物(注29) が知られています。また、アリに擬態して捕食を免れる節足動物も数多く進化しています。しかし、植物におけるアリ擬態は仮説にとどまっており、本研究はその初めてアリ擬態する花を報告しました。

これまで擬態花は、ラン科やサトイモ科、ウマノスズクサ科などで多く報告されてきましたが、腐肉臭やトラップ構造を持つことが多く、今回のタチガシワのように一見「地味」な花で新しい擬態モデルが見つかったことは、擬態花の多様性がいまだ見落とされていることを示唆しています。擬態花の真の多様性を理解するためには、「擬態花はかくあるべき」という先入観を取り払う必要があるのかもしれません。

本研究は、植物・アリ・クモ・ハエという複数の分類群にまたがる知見が必要であり、特にキモグリバエのようなマイナー昆虫の生活史の解明には大きな困難を伴いました。国内外の学術誌のみならず、図鑑、あるいはブログ、SNSといった専門家以外の情報源も貴重な手がかりとなりました。このことは、複雑な生物間相互作用を理解するうえで、プロの研究者による体系的な研究だけでなく、アマチュアによる地道な観察や記録も重要な役割を果たしていることを示しています。

今後は、キモグリバエの生活史やアリとの相互作用をさらに明らかにするとともに、カモメヅル属の近縁種の送粉様式と系統関係の解析を進め、「アリ擬態花」という特異な形質の進化過程の解明を目指すとともに、近縁種での新たな擬態花の発掘を進めていきます。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院理学系研究科附属植物園
望月 昂 助教

論文情報

雑誌名 Current Biology
論文タイトル
Olfactory floral mimicry of injured ants mediates the attraction of kleptoparasitic fly pollinators
著者 Ko Mochizuki
DOI番号 10.1016/j.cub.2025.08.060

研究助成

本研究は、科研費「若手研究(課題番号:20K15859, 24K18176)」、「旭硝子財団」、「東京大学潮田記念基金」の支援により実施されました

用語解説

注1  タチガシワ(キョウチクトウ科)
愛知県から東側の本州を分布域とした、日本固有の多年生草本。山林に稀に生える。5月ごろに緑色や茶色の花をつける。従前の学名が分類学的に無効であったことから2024年に発表者自身が記載を行い、Vincetoxicum nakaianum K.Mochizuki & Ohi-Tomaという学名を与えた。

注2  キモグリバエ科
双翅目に属する1-5mm程度の小型のハエの仲間。幼虫は生きた植物や腐植を食べるもの、昆虫に寄生するものなど多様な生活を送る。一部の分類群では、成虫が節足動物の体液を舐めとることが知られる。ただし、ほとんどの種について生活史は未解明である。今回の研究では、観察されたキモグリバエの生活史に関する実験を行い、労働寄生性であることを明らかにした。

注3  送粉者
花粉を別の花に運ぶことで植物の受粉を助ける動物。昆虫や鳥、コウモリなど。通常、蜜や花粉などの報酬を得るために花を訪れる。

注4  擬態花
餌や配偶者などを模倣することで送粉者を誘引する花。蜜や腐敗物、送粉者のメスなどをモデルにする。

注5  労働寄生性(kleptoparasitism)
他の生物が得た餌資源を横取りして利用する生活史。盗み寄生、盗食寄生ともいう。ここでは捕食者が捕らえた昆虫の体液を横取りする行動を指す。キモグリバエ科のほかに、クロコバエ科やヌカカ科などが同様の行動を示すことが知られる。

注6  生活史
生物が成長・繁殖・死に至るまでの一連の過程。

注7  節足動物
外骨格と関節肢をもつ動物の総称。昆虫、クモ、甲殻類などを含む。

注8  トラップ構造
花に訪れた昆虫を一時的に閉じ込めるなどして、確実に送粉させる仕組み。滑りやすい表面構造や花弁の開閉、毛などによって送粉者を閉じ込める。テンナンショウ属、ウマノスズクサ属、セロペギア属など様々な分類群でみられる。

注9  スタペリア属(Stapelia
キョウチクトウ科ガガイモ亜科に属する多肉植物の属。星形の大きな花をつけ、腐肉のような悪臭でハエを誘引することから「死体花」とも呼ばれる。

注10  フェロモン
同種の個体間で情報を伝える化学物質。性フェロモンや警報フェロモンなど。

注11  ウマノスズクサ属
ウマノスズクサ科の植物群。世界に約550種、日本にはウマノスズクサをはじめ3種が分布する。

注12  セロペギア属(Ceropegia
キョウチクトウ科ガガイモ亜科のつる性植物群で、旧熱帯に分布する。世界に約460種が知られ、多くの種がトラップ状の花をもつ。いくつかの朱では、昆虫のフェロモンに似た匂いを放つことが知られている。

注13  カモメヅル属
キョウチクトウ科ガガイモ亜科の草本性植物の属で、世界に約260種、日本には23種が分布する。同科では3番目に種数の多い属。

注14  花粉塊(pollinarium/pollinaria)
花粉が多数集まって固まりになった構造。ラン科やガガイモ亜科に特徴的で、昆虫の体に付着して丸ごと運ばれるため効率的な送粉を可能にする。

注15  ガスクロマトグラフィー質量分析計(GC-MS)
揮発性化合物を分離し、化学成分を同定・定量する装置。

注16  揮発性化合物
空気中に容易に放散される小分子の有機化合物。植物では花や葉の匂いを構成する。

注17  ノナン
飽和炭化水素(C9H20)。昆虫のフェロモンや植物の花香に含まれる揮発性成分の一つ。

注18  ウンデカン
飽和炭化水素(C11H24)。昆虫のフェロモンや花香成分に含まれる。

注19  酢酸オクチル
エステル化合物(C10H20O2)。フルーティーな香りを持ち、植物の花や果実の匂い成分に多い。

注20  酢酸デシル
エステル化合物(C12H24O2)。昆虫のフェロモンや植物の花香に含まれる揮発性成分の一つ。

注21  6-メチルサリチル酸メチル(6-MMS)
芳香族化合物。植物からはほぼ報告例がないが、多くのアリがフェロモンとして利用する。

注22  情報化学物質
フェロモンなど、動物や植物が発する、他の生物との相互作用に使われる化学物質。セミオケミカルともいう。

注23  Pherobase
学術論文に基づき、世界中の動植物の情報化学物質を収録したデータベース。

注24  膜翅目
ハチやアリ、ハバチなどを含む昆虫の目。

注25  甲虫目
カメムシやアブラムシ、セミを含む昆虫の目。

注26  半翅目
カメムシやアブラムシ、セミを含む昆虫の目。

注27  アリ科ヤマアリ亜科
アリ科の中で広く分布するグループ。日本ではクロヤマアリ、クロオオアリ、アメイロアリなどが属する。

注28  アレロケミカル
異種の生物間で作用する化学物質。相手を誘引・忌避したり、防御に働く。

注29  アリに防衛を任せる植物
花外蜜腺や巣場所を提供し、アリを植物体上に滞在させ、植食者から身を守る植物。アカメガシワ、アリノスダマなど。