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Press Releases

DATE2025.09.05 #Press Releases

異方的成長による量子ニードルの合成を実現

―近赤外光応答ナノ物質の開発に向けて―

発表のポイント

  • ある特定の条件下で金ナノクラスターを合成すると、異方的に逐次成長することを、単結晶X線構造解析によって発見。
  • その結果、胴径方向がわずか金3原子でできた超極細の、近赤外光に対して強い吸収を示す「金量子ニードル」の合成に成功。
  • 金量子ニードルは、近赤外光に対する強い吸収や発光特性を利用して、温熱療法・生体イメージング・光エネルギー変換などへの応用展開が期待される。


金ナノクラスターの異方的な逐次成長


発表概要

東京大学大学院理学系研究科の高野慎二郎助教佃達哉教授らによる研究グループは、ある特定の条件下で一連の金ナノクラスター(注1) を合成し、それらの幾何構造を単結晶X線構造解析(注2) によって調べました。その結果、この条件下では、四面体Au4や三角形Au3を基本単位とした異方的な(等方的と対照的に、見る方向によって形状が異なる)成長が支配的に進行することを見出しました。またこの合成条件を利用することで、胴径方向がわずか金3原子でできた、新規の超極細金ナノクラスター(「量子ニードル」と命名)の合成に成功しました。この金量子ニードルは、近赤外光に対する強い吸収や発光特性を示すことから、温熱療法・生体イメージング・光エネルギー変換などへの応用展開が期待されます。

発表内容

金ナノクラスターは、バルク(塊)状態の金とは異なる原子配列をとり、量子化された電子構造(注3) を持つことから、特異な化学的・物理的性質を示す機能性ナノ物質として注目されています。金ナノクラスターはその表面を有機配位子で修飾することで、構成原子数を厳密に制御しながら安定化合物として合成することができます。例えば、直径が2 nm以下の微小な金ナノクラスターは、金と親和性の高いチオラート(RS注4 )配位子が大過剰に存在する状況で、金イオンを強い還元剤を用いて一気に還元することで合成できます。こうして得られたチオラート保護金ナノクラスターの多くが、表面エネルギーが小さい球形に近い構造(例えば正二十面体構造注5 など)を取ることが知られています。これに対して本研究では、金(I)イオンを、1当量以下のチオールTMSCS-Hの存在下で、1当量以下の還元力の低いTBABにより穏和に還元することで、金ナノクラスターAun(SCTMS)mの混合物を得ました(式1)。


式1:金ナノクラスターAun(SCTMS)mの合成反応

この混合物から、分取薄層クロマトグラフィー(PTLC)によって6種類の成分I–VIに分画し(図1a)、それぞれに含まれるナノクラスターの化学組成を質量分析によって決定しました(図1b)。その結果、成分I, II, IV, V, VIはそれぞれAu15(SCTMS)13, Au22(SCTMS)18, Au23(SCTMS)17, Au34(SCTMS)26, Au33(SCTMS)25の単一成分のみ、成分IIIはAu18(SCTMS)14, Au25(SCTMS)18, Au28(SCTMS)20の混合物であることがわかりました。この結果は、式1の条件下でも予想に反して、直径が1 nm程度の微小な金ナノクラスターが主生成物として得られたことを表しています。


図1 :(a) PTLC写真と(b) エレクトロスプレーイオン化質量スペクトル
図1bの測定ではイオン化促進剤として酢酸セシウムを添加しており、セシウムイオン(Cs+)との付加物としてナノクラスターを同定した。低質量電荷比に現れている多くのピークは酢酸セシウムが集合したイオンの系列に対応する。

単離した一連の金ナノクラスターの幾何構造を単結晶X線構造解析によって決定することで、金ナノクラスターが逐次的に成長する過程の「可視化」に成功しました(表1)。全てに共通して、金のコアの表面に対してさまざまな長さの金チオラート錯体–SR[-Au-SR]x– (x = 1–4) が二座配位子として配位した構造を持つことが確認されました。金コアの構造に注目すると、Au15(SCTMS)13では四面体Au4を、Au22(SCTMS)18では二つの四面体Au4が反転して接合したAu8を、Au23(SCTMS)17では四面体Au4と三角形Au3が互いに頂点を共有しながら集合した異方的なAu11コアを持つことがわかりました。一方、Au33(SCTMS)25とAu34(SCTMS)26では、極めて異方性の高い鉛筆型のAu16コアを持つことが明らかになりました。このコアは、四面体Au4に対して4層の三角形Au3が六方最密充填に積層した一次元構造を持っています。また興味深いことに、一般的な合成条件で主生成物として得られる、正二十面体Au13コアを持つAu25(SCTMS)18が今回の合成条件ではほとんど生成しませんでした。上記の結果は、式1に示す合成条件では、四面体Au4や三角形Au3を基本単位とした異方的な成長が支配的に進行することを示しています。


表1 :Aun(SCTMS)mの幾何構造
a チオラートSCTMS の構造は硫黄以外を省略している。金を黄色で、硫黄を赤で示している。

上記の全ての金ナノクラスターは、紫外可視吸収スペクトルに光吸収端や明瞭なピークが観測され、発光を示すことから、量子化された電子構造を持つことが明らかになりました。特に、Au33(SCTMS)25とAu34(SCTMS)26は、ユニークな光学特性を示し、それぞれ770 nm及び755 nm付近に強い吸収ピークと、近赤外領域(800~1100 nm)に発光を示します(図2)。電子的に量子化され、極細の一次元構造を持つことから、これらの構造体を「金量子ニードル」と呼ぶことを提案しました。今後は、金量子ニードルの特異的な近赤外応答特性を生かした、温熱療法・生体イメージング・光エネルギー変換などへの応用展開が期待されます。


図2:金量子ニードルAu33(SCTMS)25及びAu34(SCTMS)26の室温溶液中での吸収スペクトルと発光スペクトル(励起波長は760 nm)
750 nm付近に強い吸収ピークが、また近赤外領域(800~1100 nm)に強い発光ピークが見られる。

本研究を通して、極めて構造異方性の高い金属ナノクラスターの新しい合成手法を提案することで、特徴的な光学特性に立脚したナノ物質科学の発展に貢献するものと期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院理学系研究科 化学専攻
高野 慎二郎 助教
佃 達哉 教授

関連リンク

科学技術振興機構(JST)

論文情報

雑誌名 Journal of the American Chemical Society
論文タイトル
X-ray Crystallographic Visualization of a Nucleation and Anisotropic Growth in Thiolate-Protected Gold Clusters: Toward Targeted Synthesis of Gold Quantum Needles
著者 *Shinjiro Takano, Yuya Hamasaki, and *Tatsuya Tsukuda(*責任著者)
DOI番号 10.1021/jacs.5c11089

研究助成

本研究は、JST「戦略的創造研究推進事業 CREST(課題番号:JPMJCR20B2)」、科研費「基盤研究B(課題番号:JP23K26610)、学術変革領域研究B(課題番号:JP25H01394)」、住友財団基礎科学研究助成の支援により実施されました。

用語解説

注1  金ナノクラスター
金原子が数個から数百個集まってできた超微粒子で、正二十面体構造(注5) などの特異な構造を取り、電子構造が量子化されていることから、バルク(塊状)の金からは予想できない特異な触媒性能・発光特性を示す。有機配位子で表面が保護された金ナノクラスターでは、原子精度での合成技術と単結晶X線構造解析によって、構造と物性・機能の相関が解明されつつある。

注2  単結晶X線構造解析
分子が規則的に配列した結晶に対してX線を照射すると、ブラッグの法則に従って入射X線とは別の方向にX線が回折される。この時、結晶全体で分子の向きが単一に揃った単結晶を利用すると、入射X線に対する単結晶の方向および回折X線の方向と強度を同時に決定できる。回折X線の情報は結晶内の原子配列を反映するため、それらをさまざまな単結晶の方向から多数測定することで分子の原子配列を高精度で決定することができる。近年の技術的な進歩により微小な単結晶が集合した多結晶を利用する粉末X線構造解析によっても分子の原子配列は決定できるようになってきているが、サイズが大きく多数の原子からなるナノクラスターの場合、回折X線の数は膨大になりそれぞれが重なり合ったりしてしまうため、一義的な構造決定は現在でも極めて困難である。単結晶X線構造解析に必要な単結晶を得られるかどうかは予見できず多くの試行錯誤を必要とするが、ナノクラスターの構造決定の強力な手法である。

注3  量子化された電子構造
バルクの金属中の電子は連続的なエネルギーを持つことができるが、金属クラスターなどのナノスケールの微小空間に閉じ込められた電子は、飛び飛びのエネルギーしか取れない。

注4  チオラート(RS
アルコール(ROH)の酸素原子を硫黄原子に変えた構造を持つチオール(RSH)のプロトンが解離し、陰イオンとなった化合物の総称。金や銀などの貨幣金属に対して高い親和性を示し強く結合するため貴金属ナノ粒子や貴金属ナノクラスターの表面を安定化するために頻用される。

注5  正二十面体構造
正三角形のみで表面を囲んでできる正多面体のうち、20枚の面でできた極めて高い対称性を持つ立体の一つである。最密充填の立方八面体構造よりも表面エネルギーが低いことから、ナノ粒子・ナノクラスターだけでなくウイルスなどの構造でも頻繁に現れる。例えば安定な金ナノクラスターAu25(SR)18は、正二十面体のAu13コアを6個の–SR[-Au-SR]2–が保護した構造を持つ。