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Press Releases

DATE2025.07.30 #Press Releases

金属ナノクラスターの精密集積とイメージングを実現

ー階層性ナノ物質の自在構築に向けてー

発表のポイント

  • IrAu₁₂ナノクラスターを連結し、二量体や三量体、多量体など多様な構造体を構築・観察することに成功。
  • 多座の架橋配位子を用いることで、ナノクラスター同士の精密な連結と構造制御を実現。
  • 高度に制御された集積技術により、階層性ナノ物質科学の発展と機能性材料開発への貢献が期待される。


金属ナノクラスターの二量体、直鎖型三量体、三角型三量体の電子顕微鏡像


発表概要

東京大学大学院理学系研究科の佃達哉教授と、物質・材料研究機構の原野幸治主幹研究員らによる研究グループは、金属ナノクラスター(注1) を自在に集積化し、その集積構造を高角環状暗視野走査型透過電子顕微鏡(注2) によって初めて可視化することに成功しました。あらかじめ連結部位がプログラムされたイリジウム(Ir)と金(Au)から成るIrAu12ナノクラスターを、多座の架橋配位子と反応させることで、二量体、直鎖型三量体、直鎖型多量体、または三角型三量体に自己組織的に集積させました。溶液中で作製した集積体を、構造を保持したまま炭素薄膜上に分散させる手法を開発することで、透過電子顕微鏡によって集積構造を可視化することを可能とし、ナノクラスターが架橋配位子の構造によって規定された相対配置をとることを実証しました。さらに、光励起によって集積体内のナノクラスター間での電子移動が誘起されることを見いだしました。

発表内容

金属ナノクラスターは、バルク状態の金属とは異なる原子配列をとり、電子構造が離散化されていることから、特異な化学的物理的性質を示す機能性物質として興味が持たれています。これまで、金属ナノクラスターを構成する原子の数・配列構造・元素の種類や表面の化学修飾などの構造パラメータと基礎物性との相関を解明しようという研究が展開されてきました。最近では、これらの金属ナノクラスターをナノスケールの人工的な構成単位とみなし、擬似的な分子や集積体や単結晶を合成し、協働効果による新たな物性創出を目指す研究も活発化しています。しかし、金属ナノクラスターの個数、距離、配置の対称性などを精密に制御しながら集積化する方法はいまだに確立されていません。そこで本研究チームでは、図1に示す素材を用いて、この課題に取り組みました。まず金属ナノクラスターとしては、正二十面体構造のIrAu12コアを持つ[IrAu12(dppe)5(PA)2]+ (dppeはジホスフィン配位子、PAはアルキニル配位子)から、PA配位子をそれぞれ1つ、あるいは2つ除去した[IrAu12(dppe)5(PA)1]2+ (1*)と[IrAu12(dppe)5]3+ (*1*)の2種類を用意しました。単量体1*と*1*はそれぞれ、IrAu12コアの1あるいは2原子が露出しており、これが架橋配位子との連結部位になります。架橋配位子としては、二座および三座のイソシアニド(注3) を用意しました。


図1:集積化に用いた金属ナノクラスターと架橋配位子
2種類の単量体1*(左)、および*1*(右)。IrAu12コア表面の露出した金原子を赤で示した。
二座のイソシアニド配位子を黄緑色、三座のイソシアニド配位子を青色で表記した。

単量体と架橋配位子を溶液中で図2に示すような割合で混ぜると、イソシアニド基が1**1*の露出サイトに配位し、二量体2、直鎖型三量体3、直鎖型多量体、または三角型三量体3Tが選択的に形成されることを質量分析法や核磁気共鳴分光法によって確認しました。


図2 :金属ナノクラスターのプログラム集積のスキーム
二座のイソシアニド配位子を黄緑色、三座のイソシアニド配位子を青色で表記した。

得られた集積体の構造を透過電子顕微鏡で直接観察するために、集積体の溶液を電子顕微鏡観察用の炭素薄膜グリッド上で風乾するという一般的な方法で観察試料を作製したところ、多くの粒子が重なり合った像が得られました。このような像からは、各粒子がどの集積体に属しているのか判定ができないため、想定した構造の集積体ができているのかを確認することができません。そこで、集積体の溶液にポリスチレンを加えて観察試料を作製したところ、集積体をバラバラに分散させることができました。こうして得られた典型的な観察像を図3に示します。この像ではIrAu12コアが白い輝点として見えています。黄色い枠で囲んだように、集積体233Tそれぞれに対して、想定通りの位置にIrAu12コアが存在することが確認できました。また、23TにおけるIrAu12コア間の距離はそれぞれ2.4±0.4、および2.3±0.4nmで、架橋配位子の構造から予想される結合長と定量的に合致しました。


図3 :集積体2(左)、3(中央)、3T(右)の電子顕微鏡像
図中のスケールバーは20 nmを表す。

さらに、集積体に可視〜紫外光を照射して得られた光吸収スペクトル上の480 nm付近に、単量体ではみられなかった新しい吸収バンドが出現することを見いだしました(図4)。時間依存密度汎関数法計算(注4) によって、このバンドがIrAu12コアから架橋配位子や隣接するIrAu12コアへの電子移動が関与する光学遷移であることを明らかにしました。この結果は、金属ナノクラスターを集積化することで、協働作用によって基礎物性が変調し、新しい機能が発現する可能性を示しています。


図4 :集積体2、3、直鎖型多量体の可視紫外吸収スペクトル

本研究を通して、金属ナノクラスターをプログラムした通りに集積化し、その構造を観測する技術を提供することで、新しい階層性ナノ物質科学の発展に貢献するものと期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院理学系研究科 化学専攻
佃 達哉 教授

物質・材料研究機構・マテリアル基盤研究センター
原野 幸治 主幹研究員

関連リンク

科学技術振興機構(JST)

論文情報

雑誌名 Nano Letters
論文タイトル
Programmed Assembly of IrAu12 Nanoclusters into Dimers and Trimers: Electron Microscopy Observation and Spectroscopic Characterization
著者 Yuto Fukumoto, Shinjiro Takano, Yosuke Asami, Haru Hirai, *Koji Harano, and *Tatsuya Tsukuda
(*責任著者)
DOI番号 10.1021/acs.nanolett.5c02770

研究助成

本研究は、JST「戦略的創造研究推進事業 CREST(課題番号:JPMJCR20B2)」、科研費「基盤研究A(課題番号:JP23H00284)、基盤研究B(課題番号:JP23H01917)、学術変革領域研究A(課題番号:JP23H04874)、特別研究員奨励費(課題番号:JP25KJ0897)」の支援により実施されました。

用語解説

注1  金属ナノクラスター
金属原子が数個から数百個集まってできた超微粒子で、正二十面体などの特異な構造を取り、電子構造が離散化していることから、バルク(塊状)の金属からは予想できない特異な触媒性能・発光特性を示す。有機配位子で表面が保護された金属ナノクラスターでは、原子精度での合成技術と単結晶X線構造解析によって、構造と物性・機能の相関が解明されつつある。

注2  高角環状暗視野走査型透過電子顕微鏡
微小な電子プローブで試料を走査し、試料の各点から散乱された電子を検出、その強度をプローブ走査と同期させて輝点列として表示することで像を取得する、透過電子顕微鏡の観察手法の一つ。高角度に散乱された電子を選択的に検出することで、金属原子のような重原子のコントラストを強調して描き出すことができる。

注3  二座および三座のイソシアニド
分子内に2個あるいは3個の-NC基を持つ分子のことを指し、炭素を介して金属に配位することができる。

注4  時間依存密度汎関数法計算
密度汎関数理論が基底状態の電子密度を扱うのに対して、時間依存密度汎関数理論では時間的に変化する電子密度を扱うことで、光吸収や発光など時間的に変化する外場に対する系の応答を計算することができる。