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Press Releases

DATE2025.06.24 #Press Releases

夢を生じるレム睡眠のスイッチを担う細胞の正体を解明

——  レム睡眠中ずっと活動する神経細胞、数十年の謎がついに明らかに——

発表のポイント

  • レム睡眠(夢をよく見る睡眠)の開始直前から終了まで、ずっと活動し続ける神経細胞(ニューロン)の正体を明らかにしました。このようなニューロンは「レム-onニューロン」として数十年前から知られていましたが、具体的にどの細胞なのか、どのような役割を担うかは謎でした。
  • 私たちは今回、レム睡眠の維持に重要な役割を持つ「CRHBP陽性ニューロン」がレム-onニューロンに該当することを、マウスの脳内での電気活動の記録によって解明しました。
  • レム睡眠のスイッチとして働く脳の細胞を明らかにした本研究は、パーキンソン病などレム睡眠の異常を伴う疾患の理解にもつながると考えられます。


本研究の概要図


発表概要

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の荒井佳史大学院生(研究当時)と林悠教授(兼:筑波大学高等研究院(TIAR)、国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS) 客員教授)らのグループは、脳幹(注1) に存在し、レム睡眠中にのみ活動することが古くから知られていたニューロンの正体と、その役割を初めて明らかにしました(図1)。これらのニューロン(通称「レム-onニューロン」)は、日中は活動せず、レム睡眠の直前から活動を開始することが知られていました。しかしながら、脳幹に多くある細胞のどれがレム-onニューロンに該当するのか、レム-onニューロンがレム睡眠の制御に関与しているかは長年の謎でした。私たちは以前に、「CRHBP陽性ニューロン」(注2) をレム睡眠制御に重要な細胞として同定し、睡眠障害のあるパーキンソン病患者ではこれが失われていることを明らかにしました。本研究では、「CRHBP陽性ニューロン」の一部が、レム-onニューロンと一致する発火パターンを示すことを、生きたマウス脳内の記録から発見しました。この成果により、夢を見る睡眠「レム睡眠」を制御する神経基盤の実態が明らかとなり、今後、睡眠障害や神経疾患の理解・治療への発展が期待されます。


図1 :レム睡眠の開始直前から活動を開始し、レム睡眠を誘導・維持するニューロン

脳幹に存在する「CRHBP陽性ニューロン」と呼ばれるニューロンは、レム睡眠の直前から活動を開始し、レム睡眠の誘導や維持を担う。

私たち哺乳類の睡眠は、大きく「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」に分けられます。このうち、レム睡眠は脳が活発に働いており、鮮明な夢を見やすい睡眠段階として知られています。最近の研究では、高齢者の中でもレム睡眠の割合が少ない人は、認知症や心不全のリスクが高まることが報告されています。また、夢の内容を現実の動作に反映してしまう「レム睡眠行動障害」は、パーキンソン病の前ぶれとして現れることもあり、パーキンソン病が進行するとレム睡眠そのものが失われるなど、レム睡眠の異常がさまざまな病気と関係している可能性が示唆されています。 しかし、レム睡眠の仕組みや役割についてはその多くが未解明です。レム睡眠の謎を解く鍵として注目されてきたのが、レム睡眠中だけ活動する「レム-onニューロン」です。これらのニューロンは、脳幹に分布し、レム睡眠の始まりとともに発火し、睡眠が終わるまで活動し続けることが知られていましたが、その細胞の正体や具体的な役割はこれまで不明でした。 私たちの研究グループは、これまでに「CRHBP陽性ニューロン」という脳幹の細胞群が、マウスでレム睡眠の開始や維持に重要な働きを持つことを報告してきました(2024/10/4プレスリリース)。しかし、この細胞群の正確な活動パターンは未解明であり、レム-onニューロンと同一の細胞群かどうかは分かっていませんでした。 今回の研究では、「Opto-tagging法」(注3) と呼ばれる最新の神経記録手法を用いて、生きたマウスの脳からCRHBP陽性ニューロンの活動を1細胞ずつ記録することに成功しました。その結果、CRHBP陽性ニューロンの多くが、まさにレム睡眠-onニューロンと一致する発火パターンを示すことがわかりました。 つまり、本研究によって、長年正体不明だった「夢を見るスイッチ」に相当するニューロンの実体が初めて明らかになり、それが実際にレム睡眠の制御に関わっていることが実証されました。「CRHBP陽性ニューロン」はレム睡眠に異常があるパーキンソン病患者の脳で失われていることも分かっています。本研究により、レム睡眠の仕組みをより深く理解するための道が開かれ、将来的にはレム睡眠の異常が関わる病気の予防や治療にもつながることが期待されます。

関連情報

「プレスリリース レム睡眠を誘導する神経回路を解明し「夢を演じる病」の原因を特定」(2024/10/4)

研究グループ構成員等情報

東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻
 林 悠 教授
 兼:筑波大学高等研究院(TIAR)、国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS) 客員教授
 荒井 佳史 博士課程(研究当時)

関連リンク

筑波大学

論文情報

雑誌名 Journal of Neuroscience
論文タイトル
Diverse firing profiles of Crhbp-positive neurons in the dorsal pons suggestive of their pleiotropic roles in REM sleep regulation in mice
著者 Yoshifumi Arai, Mitsuaki Kashiwagi, Takeshi Kanda, Iyo Koyanagi, Masanori Sakaguchi, Masashi Yanagisawa, Yoshimasa Koyama, Yu Hayashi*
(*責任著者)
DOI番号 10.1523/JNEUROSCI.2365-24.2025

研究助成

本研究は、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)、日本学術振興会科学研究費助成事業(JSPS)特別奨励研究費(DC2)(課題番号:JP23KJ0398)、国際共同研究加速基金(国際先導研究)(課題番号:JP22K21351)、基盤研究(B)(課題番号:JP24K02116)、挑戦的研究(萌芽)(課題番号:JP24K21998)、学術変革領域研究(A)(課題番号:JP23H04210)、学術変革領域研究(A)(課題番号:JP23H04668)、学術変革領域研究(A)(課題番号:JP25H01717)、AMED脳神経科学統合プログラム「レム睡眠からアプローチする精神・神経疾患の理解とその克服」(JP21wm0425018)、AMEDムーンショット型研究開発事業「睡眠と冬眠:2つの「眠り」の解明と操作が拓く新世代医療の展開」(JP21zf0127005)、AMEDムーンショット型研究開発事業「脳を守り、育て、活かす、睡眠によるライフコースアプローチ」(JP24zf0127011)などの支援により実施されました。

用語解説

注1  脳幹
脳の最も奥にあり、脊髄とつながる部分。呼吸や血圧の調整、排せつ、そして睡眠など、生きるために欠かせない働きを担う重要なニューロンが集まっている。

注2  CRHBP陽性ニューロン
脳幹の一部に点在する特殊なニューロンで、「CRHBP(コルチコトロピン放出ホルモン結合タンパク)」というタンパク質を持っているのが特徴。この細胞の活動を高めるとレム睡眠が増える一方で、これらの細胞が失われるとレム睡眠の減少や、夢の中の行動を実際に体が再現してしまう「レム睡眠行動障害」が起こることが以前の我々の研究から判明した。正常なレム睡眠を保つうえで非常に重要な細胞。

注3  Opto-tagging法
特定のニューロンだけに光で反応するタンパク質を発現させ、光を当てたときに反応するかどうかを見ることで、狙った細胞を識別する技術。この方法を使うと、生きた脳の中で、どの細胞がどのように働いているかを正確に記録することができる。従来の技術では特定の細胞を狙って記録するのは難しかったが、本手法によって、狙ったニューロンの活動を効率よく捉えることが可能となった。