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Press Releases

DATE2025.06.12 #Press Releases

カーボンコートモスアイ構造による超広帯域な完全吸収体

——  テラヘルツから深紫外までの領域で98%以上の吸収率を実現——

発表のポイント

  • シリコンで作製したモスアイ構造を厚さ100 nmのカーボン薄膜でコートすることで、1〜1200 THzの超広幅領域にわたり98%以上の吸収率を実現する光吸収材料を開発しました。
  • モスアイ構造の反射抑制の特性とカーボン膜の広帯域な吸収特性を融合させることによって、人工構造によってテラヘルツから深紫外までの超広帯域な完全吸収特性を実現しました。
  • 本成果は、その広帯域な高吸収特性を活かし、電磁波遮蔽材、放射計測機器の校正用黒体や熱放射源として、無線通信や電波天文学等の幅広い分野への貢献が期待されます。


熱分解炭素被膜でコートされたモスアイ構造の様子


発表概要

東京大学大学院理学系研究科の小西邦昭准教授らと、University of Eastern Finland (フィンランド)、State Research Institute Center for Physical Sciences and Technology(リトアニア)による研究グループは、シリコンで作製したモスアイ構造(注1)に厚さ100 nmのカーボン薄膜をコートすることで、1〜1200 THzという極めて広い周波数領域において98%以上の吸収率を示す人工材料を実現しました。

光や電磁波を効率的に吸収する材料は、エネルギー変換や放射制御、電磁波シールドなど、多様な分野で不可欠です。小西研究室ではこれまでに、レーザー加工によって作製されるテラヘルツ領域での無反射モスアイ構造の開発を進めてきました。本研究では、広帯域光吸収材料を人工構造で実現するために、そのモスアイ構造の表面を厚さ100 nmの薄いカーボン材料でコートすることにより、テラヘルツから深紫外に及ぶ超広帯域な完全光吸収特性を示すことを明らかにしました(図1)。この成果は、通信や電波天文学の分野で用いられる電磁波遮蔽材に加えて、エネルギー変換や赤外放射制御などへの様々な応用が期待されます。

図1:カーボン薄膜でコートされたモスアイ構造の吸収スペクトル
0.5 THz – 1200 THzの範囲の吸収特性を4種類の手法(橙:テラヘルツ時間領域分光法(注2), 緑・青:フーリエ変換赤外分光法(注3), 紫:分光光度計)を用いて測定した結果。1 THz以上のすべての周波数領域で98%以上の吸収率が観測されている。

発表内容

研究の背景
無線通信やセンシングなどの分野において、散乱された不要な光・電磁波はノイズの源になるため、それを抑制するための電磁波吸収材料の開発は重要な研究課題となっています。また、吸収した電磁波のエネルギーを利用する光電変換や太陽光発電、熱センシングの高度化にも吸収材料の高機能化は重要な課題となります。このような吸収特性を、自然界の材料ではなく、人工構造を用いて実現する試みが近年活発に行われていますが、吸収が生じる周波数は特定の周波数領域に限定されることが多く、広帯域な吸収特性を実現することが難しいことが課題になっていました。

研究の内容
本研究で作製した超広帯域吸収材料は、モスアイ構造によるインピーダンス整合と、炭素被膜の広帯域吸収特性を組み合わせるという新しい設計手法により、これまでにない超広帯域かつ高効率の光吸収を実現しました。小西研究室ではこれまでに、フェムト秒レーザー加工を用いて、サブミリサイズのピラミッド状の構造が周期的に配列したモスアイ構造を作製する技術を開発してきました(関連情報参照)。本研究では、この技術を活用して、まず、高さ240 mm, 周期が67 mmのシリコンモスアイ構造を作製しました。続いて、作製したシリコンモスアイ構造に対して、化学気相成長法(Chemical Vapor Deposition, CVD)を用いてその表面と基板裏面を、カーボン薄膜でコーティングを行いました(図2(a))。カーボンモスアイ構造の光学特性のカーボン膜厚依存性を数値計算シミュレーションを用いて調べたところ、膜厚が100 nmの場合に、周波数1 THz以上の領域で吸収がほぼ100%になることが明らかになったため(図2(b))、実際のサンプルのカーボン膜厚も100 nmになるように成膜を行いました。

図2:作製したカーボンコートモスアイ構造の模式図とスペクトルのシミュレーション結果
(a)カーボンコートモスアイ構造の俯瞰図(左)と断面図(右)断面図の灰色部分(Si)はシリコンに相当し、水色部分(PyC)はカーボン薄膜を表す。(b)カーボンモスアイ構造の光学特性のカーボン膜厚依存性のシミュレーション結果。上から順番に、吸収スペクトル、透過スペクトル、反射スペクトルを表す。厚さが100 nmの時に吸収の大きさが最大になっている。

作製したカーボンコートモスアイ構造の光学特性を調べるために、テラヘルツ時間領域分光法(注2)、フーリエ変換赤外分光法(注3)、分光光度計を用いて、幅広い波長領域で透過スペクトル及び反射スペクトルを計測し、それらの結果から吸収スペクトルを算出しました(図1)。その結果、周波数1 THzから1200 THzの、テラヘルツ領域から深紫外領域におよぶほぼ光の全領域をカバーする広い帯域において、吸収が98%を超える超広帯域吸収特性が実現していることが実験的に明らかになりました。

また、構造近傍における電場分布をシミュレーションによって明らかにすることにより、テラヘルツ帯の低周波数領域においては、モスアイ構造の効果によってモスアイ構造の近傍でのカーボン薄膜と電磁波の相互作用長が増大し、吸収が増大されていることがわかりました。また、光の周波数に近い高周波領域においては、光線近似を用いた解析により、膜厚の最適化によって、一回の反射における透過量と反射量が適切に制御された状態で多重反射が生じる結果、100%に近い吸収が生じることが明らかになりました。

研究の意義
本手法は、テラヘルツから可視光領域へほぼすべての波長領域でほぼ100%に近い吸収を示すため、通信や電波天文学の分野で用いられる電磁波遮蔽材に加えて、エネルギー変換や赤外放射制御などへの様々な応用が期待されます。また、シリコンをベースとした頑丈な構造を用いているため、低温や真空などの過酷な環境においても破損が生じない堅牢性を有しています。モスアイ構造の形状を制御することによって、より低周波数領域における完全吸収特性も実現可能であることが予想され、Beyond 5Gや6Gのような次世代無線通信の性能向上にも有用なデバイスの開発につながることが予想されます。

関連情報:

「プレスリリース 超短パルスレーザー加工技術で作製した蛾の目構造を世界で初めて電波望遠鏡に実装」(2022/1/27)

 

論文情報

雑誌名 Advanced Optical Materials
論文タイトル Carbon-Coated Moth-Eye Structure : An Ultrabroadband THz-DUV near-Perfect Absorber
著者

Yuki Hakamada, Maria Cojocari, Mizuho Matoba, Shotaro Kawano, Haruyuki Sakurai,

Kuniaki Konishi*, Daniil Pashnev, Surya Revanth Ayyagari, Vytautas Janonis, Andrzej

Urbanowicz, Saulius Tumėnas, Justinas Jorudas, Irmantas Kašalynas*, Janna Pennanen,

Adigun Deborah Amos, Aleksandr Saushin, Georgy Fedorov*, Yuri Svirko, Polina Kuzhir

DOI番号 10.1002/adom.202500948

研究助成

本研究は、「JST次世代のためのASPIRE(課題番号:JPMJAP2335)」、「⽂部科学省光・量⼦⾶躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)(課題番号:JPMXS0118067246)」「JSPS科研費(課題番号:23H00107)」の助成を受けたものです。

用語解説

注1  モスアイ構造
蛾の眼(Moth-eye)の構造に似た、ピラミット状の微細突起形状が周期的に並んだ構造。入射する光に対して、空気の屈折率からモスアイ構造の材料の屈折率まで実行屈折率が連続的に変化するため、通常の界面で生じる光・電磁波の反射を抑制する特性を有する。

注2  テラヘルツ時間領域分光法
テラヘルツパルスを試料に照射し、その透過・反射波の時間変化を直接測定することで、材料のテラヘルツ領域における光学特性を解析する手法。得られた時間波形のデータをフーリエ変換することで、試料のスペクトル情報を取得することができる。

注3  フーリエ変換赤外分光法
赤外線を試料に照射し、その透過・反射波から得られた干渉パターンを観測することで、材料の光学特性を解析する手法。