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Press Releases

DATE2025.06.06 #Press Releases

鮮やかな色変化をする相転移のメカニズムを超高速分光で解明!

——   長年謎だった光誘起電荷移動型スピン転移現象の しくみが明らかに——

発表のポイント

  • 長年謎だった鮮やかな青色結晶と赤色結晶の間を色変化する電荷移動型スピン転移物質において、超高速分光を用いることで、光で電荷移動相転移が起こり、次いでスピン転移が起こることを見出しました。
  • 光照射により金属イオン間で数十フェムト秒以内に電荷移動した光励起相が発生し、次いで130フェムト秒でスピン転移が起こることを明らかにしました。
  • 色相変化、電荷状態変化、スピン状態変化を超高速で操る高速光スイッチング材料や光磁気メモリーデバイスなどの次世代材料設計の基盤技術として期待されます。


発表概要

東京大学大学院理学系研究科の大越慎一教授らと仏レンヌ大学物理学研究所 のエリック・コレット教授らの共同研究チームは、電荷移動(Charge transfer: CT)(注1) とスピン転移(Spin transition: ST)(注2) が共存する光誘起相転移材料において、光照射によって電荷移動が先に起こり、次いでスピン転移が起こることをフェムト秒レーザー超高速分光測定により見出しました。鮮やかな青色結晶と赤色結晶の間を色変化する電荷移動型スピン転移(注3) 物質では、電荷移動とスピン転移のどちらが相転移を主導しているのかについては、四半世紀にわたり、長く議論されてきましたが、今回、電荷移動が先に起こってスピンが転移する現象であることを実証しました。シアノ架橋コバルト-タングステン集積化合物の青色結晶相であるコバルト3価低スピン状態-タングステン4価(CoIII低スピン -WIV)にパルス光を照射すると、コバルトとタングステン間の電荷移動に由来する吸収の光励起により、約数十フェムト秒以内に光励起相であるコバルト2価低スピン状態-タングステン5価(CoII低スピン-WV)状態が発生(ここでは、光励起相と呼ぶ)し、その光励起相は130 フェムト秒以内にスピン転移を起こして赤色結晶相であるコバルト2価高スピン状態-タングステン5価(CoII高スピン-WV)、すなわちCoII低スピン状態(S= 1/2)からCoII高スピン状態(S= 3/2)へと変化することが示されました。本成果は、光による色相変化、電荷状態変化、スピン状態変化を超高速で操る高速光スイッチング材料や光磁気メモリーデバイスなどの次世代材料設計の基盤技術として期待されます。

発表内容

光刺激により物性が劇的に変化する相転移物質は、機能性材料として注目されています。特に、光照射によって電子状態や磁性状態が瞬時に変化する光誘起相転移は、その高速性と制御性から光メモリーや光素子などの新たなデバイス応用の可能性が期待されます。これらの材料では電荷移動とスピン転移が絡み合って発生する物質が多いが、その発生順序に関しては四半世紀にわたって議論の的となり、理解が十分ではありませんでした。

東京大学大学院理学系研究科の大越慎一教授、中村一輝大学院生(研究当時)、中林耕ニ助教と仏レンヌ大学物理学研究所 のエリック・コレット教授、ローラン・ゲラン准教授らが所属する仏CNRS国際共同研究所(CNRS IRL DYNACOM)(注4) は、鮮やかな色変化を外部刺激により起こすことができるシアノ架橋コバルト(Co)-タングステン(W)集積化合物に着目しました。この物質は、青色結晶相である低温相のCoIII低スピン-WIV状態と、赤色結晶相である高温相のCoII高スピン-WV状態との間の相転移に由来した温度ヒステリシス(注5) ループを伴う相転移と、光誘起磁化現象を示すことが知られています(注6) 。本研究では、高温相と低温相による双安定性を示す温度相転移を示すCs+0.1(ヒドロキソニウムイオン)0.9[Co(4-ブロモピリジン)2.3{W(CN)8}](ここでは、CsCoW と呼ぶ )を対象として研究を行いました(図1a)。CsCoWは低温相の状態に光を照射すると、相転移し、光誘起相が発現し、色変化や磁気特性の変化が観測されます(図1b,c)。


図1:鮮やかな赤-青の色変化を示す相転移材料シアノ架橋コバルト-タングステン集積化合物

Cs+0.1(ヒドロキソニウムイオン)0.9[Co(4-ブロモピリジン)2.3{W(CN)8}](CsCoW)
(a) シアノ架橋コバルト-タングステン集積化合物の結晶構造。(b) モル磁化率と温度の積(XMT、スピン数に比例)の温度依存性に観測される温度ヒステリシス。(c) 紫外可視近赤外吸収スペクトル。光照射前(黒)、光照射後(照射光の波長;785 nm、強度:160 mW cm-2)(赤)、100 Kでの熱処理後(点線)に4 Kで測定した。挿入図は光照射前(下、低温相に対応)と照射後(上、光誘起相に対応)の試料の写真。

研究グループは、フェムト秒時間分解光分光法を用いて、光誘起相転移の超高速ダイナミクスを、光密度変化(ΔOD(t))(注7) を観測することで調べました。その結果、光励起によりまずタングステン4価(WIV)からコバルト3価低スピン状態(CoIII低スピン)へ電荷が移動することで、青色結晶相であるCoIII低スピン-WIV状態からCoII低スピン-WV状態が生成することを観察しました。この電荷移動は光励起後に約数十フェムト秒で完了しました。さらに、この電荷移動後の約130フェムト秒以内に、コバルトのスピン状態が低スピン状態から高スピン状態へ転移する超高速スピン転移を捉えました。このスピン転移過程では、短寿命の光励起相(CoII低スピン-WV)が形成され、この状態が最終的な赤色結晶相である高スピン状態(CoII高スピン-WV)へ移行する過程が明らかとなりました(図2)。


図2:サブピコ秒単位の時間分解光学分光により観測された光誘起相転移の超高速ダイナミクス

(a) 室温で測定した光学密度変化。縦軸は時間、横軸は波長、色は強度を示している。(b) 600 nm(赤丸)と700 nm(青丸)における光学密度変化。700 nm(青丸)のフィッティング(実線)は光誘起相に向かう指数関数的ダイナミクスを表す。600 nm(赤丸)のフィッティングは、光誘起相(オレンジ線)と光励起相(緑線)からの寄与を含んでいる。挿入図における黒線は振動フィッティング関数を示す。(c) 光誘起相転移の超高速ダイナミクスの模式図。低温相に光を照射すると、光励起相が生成されるが、ブリージングモードの活性化を伴うスピン転移によって130 fs以内に光誘起相へと変わる。

また、過渡的なピークの後、周期的な光学密度の変化が観測されました。特定の結晶格子振動(フォノンモード)の活性化がこのスピン転移を促進していることが示唆されました。特に、シアノ架橋ネットワークの局所的な構造変化と関連する全対称振動モード(注8) がスピン転移の駆動力となっており、このフォノンモードはスピン転移過程を加速する役割を果たしていると考えられます。

より遅い連続ダイナミクスを観測するために、ピコ秒の時間スケールで光学測定を行いました。その結果、第一に、局所的な光スイッチングが130fs以内に起こり、スピン転移による体積変化が内圧を発生させることで、体積の大きい光誘起相が安定化されます。第二に、レーザー加熱による格子振動の活性化が、体積の小さい低温相から、体積の大きい光誘起相への転移を促進していると考えられます(図3)。


図3:シアノ架橋型コバルトタングステン集積化合物における電荷移動誘起スピン転移
(Charge-Transfer-induced Spin Transition: CTIST )の模式図

低温相(青)に光を照射すると、まず局所的に電荷移動が起こり、130 fs以内にスピン転移が誘起され、光誘起相(赤)が局所的に生成する。光強度が高く、高温の条件では熱弾性変換により結晶全体に伝搬する。

本研究の成果は、鮮やかな色変化を 示す材料における電荷移動とスピン転移の関係を解明したものであり、超高速な光誘起過程のメカニズム理解に新しい知見をもたらします(注9) 。本成果を基盤として、今後さらに材料設計や合成方法の最適化が進めば、従来の電子デバイスを凌駕する高速応答性と制御性を兼ね備えた光磁気デバイスの実用化も可能になると考えられます。これにより、材料科学のみならず電子工学や情報通信技術の分野にも大きな波及効果をもたらすことが期待されます。

研究グループ構成員等情報

東京大学大学院理学系研究科 化学専攻    
大越 慎一 教授
中村 一輝 研究当時:博士課程 
中林 耕二 助教

仏レンヌ大学物理学研究所      
Eric Collet(エリック・コレット) 教授
Laurent Guérin(ローラン・ゲラン) 准教授
Gaël Privault(ゲール・プリヴォー) 博士研究員
Marius Hervé(マリウス・エルヴェ) 博士研究員

論文情報

雑誌名 Nature Communications
論文タイトル
Ultrafast charge-transfer-induced spin transition in cobalt-tungstate molecular photomagnets
著者 Kazuki Nakamura, Laurent Guérin, Gaël Privault, Koji Nakabayashi*, Marius Hervé,  Eric Collet*, and Shin-ichi Ohkoshi*(*責任著者)
DOI番号 10.1038/s41467-025-60401-4

研究助成

本研究は、仏CNRS国際共同研究所(CNRS IRL DYNACOM)、CNRS-東京大学Joint Research Program “Excellence Science”、東京大学低温科学研究センターの支援により実施されました。

用語解説

注1  電荷移動(Charge Transfer: CT)
分子または結晶内で電子がある原子から別の原子へと移動する現象。

注2  スピン転移(Spin Transition: ST)
分子や金属イオンのスピン状態が外部刺激により変化する現象。遷移金属イオンの場合、鉄2価イオンの低スピン状態(S= 0)と高スピン状態(S= 2)や、コバルト2価イオンの低スピン状態(S= 1/2)と高スピン状態(S= 3/2)の間の転移などが知られている。

注3  電荷移動型スピン転移(Charge-Transfer-induced Spin Transition: CTIST)
この用語は、大越慎一教授らが2002年に提唱した。

注4  仏CNRS国際共同研究所(CNRS IRL DYNACOM)

仏 国立科学研究センター(CNRS)の傘下として、東京大学と、レンヌ大学により2022年からスタートした光相転移現象の高速時間ダイナミクスを研究する国際機関であり、大越慎一所長、エリック・コレット副所長らが運営している。2017年に開始した仏 CNRS国際共同研究所(IM-LED: Impacting Materials with Light and Electric Fields and Watching Real Time Dynamics)が発展してDYNACOM(Dynamical Control of Materials)となった。欧州放射光施設やスイスX線自由電子レーザー施設などと連携して研究を展開している。

注5  温度ヒステリシス
温度を変化させて相転移が起こるとき、冷却過程と加熱過程で相転移が起こる温度が異なる場合がある。このときの温度の差を、温度ヒステリシスという。

注6  シアノ架橋コバルト-タングステン集積化合物
CoW(CN)8錯体は光誘起電荷移動型相転移錯体として2003年に大越らにより見出された。

注7  光密度変化(ΔOD(t))
試料を通過する光の強度変化を定量的に表したもので、分子の全対称振動モード電子状態やスピン状態の変化を観測する指標として用いられる。ΔmOD(t)は、1/1000スケールにおける表記。

注8  全対称振動モード
分子や結晶格子が周期的に膨張・収縮する振動モード。

注9  
エリック・コレット教授らにより、コバルト鉄錯体においてはスピン転移が先に起こり電荷移動相転移する例が、2021年に報告されている。