DATE2025.04.24 #Press Releases
沈み込んだプレートはマントル最深部で“ほうき”のように働く?
—— 地震波形が明かす太平洋下のダイナミクスと古代プレートの記憶——
発表のポイント
- 約8万の地震波形を用いた三次元インバージョンにより、沈み込んだスラブがマントル最深部で大規模低S波速度領域(LLSVP)の縁を滑り込み、超低速度層(ULVZ)物質を巻き込みながら内部構造を変形させている様子を高解像度で可視化しました。
- これまで仮説にとどまっていたスラブとLLSVP・ULVZとの複雑な相互作用の詳細な動きについて、波形全体を活用した独自の解析手法により立体的に描き出すことに成功しました。
- もはや地表には残っていない古代プレートの痕跡を地震波形から可視化することで、地球内部に保存された過去のテクトニクス史を再構築するための情報を提供し、地球進化の理解に貢献します。
スラブが最下部マントルの構造に与える影響を示した模式図
(上図)約3000万年前の様子の想像図。(下図)現在の様子。
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の河合研志准教授と大鶴啓介大学院生、ゲラー・ロバート東京大学名誉教授による研究グループは、地震波形を用いた三次元イメージングにより、太平洋下のマントル最深部で沈み込んだスラブ(プレート)がどのように振る舞っているかを明らかにしました。約8万の波形データを解析した結果、スラブ(注1) が大規模低S波速度領域(LLSVP)(注2) の縁に浅い角度で滑り込み、超低速度層(ULVZ)(注3) の物質を巻き込みながら内部構造を変形させていることが判明しました(図1)。さらに、この研究で解像されたスラブ構造は地表に痕跡を残さない約2億年前の古代沈み込み帯(注4) 「Mendocino」「Telkhinia」に対応しており、地球深部構造が過去のテクトニクスを記録している可能性を示します。本成果は、波形解析を通じた“地下の考古学”とも呼べるアプローチにより、地球進化史の理解を大きく前進させるものです(図1)。
図1:構造推定結果の断面図
地図中の黒線A-A′に沿った、本研究で推定した3次元S波速度構造の断面図。2億年前にMendocino沈み込み帯があったとされる位置(地図中の緑色の線)から南西方向に伸びるスラブ(断面図の青実線の内側部分)が、核-マントル境界(CMB)直上でLLSVP(赤点線の左側の領域)の縁に潜り込み、強い低速度異常やULVZを形成している様子が見える。
発表内容
東京大学大学院理学系研究科の研究グループは、沈み込んだプレート(スラブ)が、マントル最深部にある「大規模低S波速度領域(LLSVP)」の縁でどのように振る舞っているかを、地震波形を用いた高解像度イメージング「波形インバージョン」(注5) により明らかにしました。アラスカや米国本土に設置されたUSArray(注6) などの観測網から収集された地震波形の中から、質の高い約8万の波形を選び出し、独自に開発した三次元波形インバージョン技術を駆使して、太平洋下のLLSVP北縁における構造を詳細に再現しました(図2)。
図2:本研究の対象領域の地図
北太平洋の周囲で発生した地震(橙色の星)によって励起され、アメリカや日本を含む北太平洋周辺の地震計(青色の逆三角形)で観測された地震波形を使用した。図中の細い線は波線が最下部マントルを通過する部分を示しており、方位角に応じて色分けされている。対象領域を多様な方向にサンプルするデータを用いることで、高い解像度を実現した。
その結果、沈み込んだスラブがLLSVPの縁を浅い角度で滑り込むように広がっており、その上部にある高温のマントル物質を押し上げて強い低速度異常を形成していることが明らかになりました。さらに、スラブは核-マントル境界(CMB)付近に存在する「超低速度層(ULVZ)」と呼ばれる異常領域の物質を、まるで“ほうき”のように巻き込みながら、LLSVP内部に押し込んでいる可能性が示唆されました(図1)。
特筆すべきは、今回検出されたスラブ状の高速度構造が、約2億年前に存在したとされる「Mendocino」および「Telkhinia」という海洋内沈み込み帯に対応している点です(図3)。これらの古代のプレート構造は、現在の地表にははっきりとした痕跡が一切残っておらず、直接的な地質的証拠は存在しません。しかし、地震波形の解析という“地球深部のレントゲン撮影”によって、その存在を間接的に捉えることができました。
図3:構造推定結果の平面図
本研究で推定した、北太平洋下の最下部マントルの3次元S波速度構造を高さごとの平面図で示してある。各パネルの上の数字は核-マントル境界からの高さを表す。図中の高速度異常‘H’および‘J’がそれぞれ「Mendocino」および「Telkhinia」の沈み込み帯(図中の三角形付きの線)に対応するスラブであり、低速度異常‘L’および‘M’はそれぞれ高温の物質による強い低速度異常とULVZに対応する。
このように、地震波形を用いた深部構造の精密な解析は、もはや地表には残されていない古代のプレートやテクトニクスの痕跡を“読み解く”手段として有効であり、まさに“地下の考古学”とも言える試みです。本研究の成果は、地球内部に保存された過去のダイナミクスを解明し、地球史の再構築に新たな地平を切り開くものです。
加えて、マントル深部における物質循環や熱輸送のメカニズムに関する理解が進むことで、地球の進化史や内部構造の形成過程に関する新たなモデル構築につながり、地球システム全体の統合的理解に大きく貢献することが期待されます。
関連情報
「プレスリリース① 地震波形解析による「異方性」構造の高解像度イメージング
〜地球マントル最深部における対流の可視化に成功 〜」(2021/06/20)
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/12888527/www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2021/7437/
「プレスリリース② カリブ海下で見つかった沈み込んだ海洋プレートの断裂
〜上部マントル内のスラブ沈降速度の制約〜」(2019/09/07)
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/12888527/www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2019/6531/
論文情報
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雑誌名 Journal of Geophysical Research: Solid Earth 論文タイトル Subducted Slab Slipping Underneath the Northern Edge of the Pacific Large Low-Shear-Velocity Province in Dʺ著者 Keisuke Otsuru*, Kenji Kawai, Robert J. Geller(*責任著者) DOI番号 10.1029/2024JB030654
研究助成
本研究は、科研費「DD波形インバージョン法の開発(課題番号:23KJ0651)」、「地震波形インバージョンによる内核境界近傍の詳細構造推定(課題番号:21K03716)」、「超音波速度測定と波形インバージョンの協同による深部マントル部分溶融仮説の検証(課題番号:23K25970)」、「波形インバージョンによるスラブ内の微細構造推定(課題番号:24K07171)」の支援により実施されました。
用語解説
注1 スラブ
地球内部に沈み込んだ海洋プレート。海洋底を構成する海洋プレートは、厚さが平均70-80 km程度で、マントル物質が部分的に融けて固まった玄武岩質の海洋地殻と、融け残りの岩石である枯渇したカンラン岩(ハルツバージャイト岩)からできていると考えられている。海洋プレートは、海嶺で誕生し遠ざかるほど、冷却され年齢が増える。その年齢は高々2億年であり、海溝から地球深部へと沈み込む。低温かつ化学組成が周囲のマントルと異なるスラブ(沈み込んだ海洋プレート)の行方を明らかにすることは、地球マントルの熱化学進化の理解にとって重要である。↑
注2 大規模低S波速度領域(LLSVP)
太平洋下とアフリカ下のマントル最下部2箇所に存在する巨大なS波低速度領域。↑
注3 超低速度層(ULVZ)
核・マントル境界直上のマントル最深部の地震波速度が極めて低い領域。↑
注4 沈み込み帯
海洋プレートが沈み込む場所のこと。沈み込み帯で沈み込んだ後の海洋プレートが「スラブ」と呼ばれる。↑
注5 波形インバージョン
これまでの研究の多くは、まず観測データから波の到達時刻などを測定し、次にその二次データを分析して内部構造を推定するものであった。一方、「波形インバージョン」は、理論波形を計算して、それと観測波形とを直接比較し、その残差を最小化することによって(但し、解像度に応じて拘束条件を付ける)、内部構造モデルを系統的に改善する手法である。我々の研究グループはこれを実行するための理論を導き、その上で関連するソフトウェアを開発してきた。↑
注6 USArray
2005–2021年の間にアメリカ合衆国の西海岸から東海岸、アラスカに至るまで約70 km間隔で広帯域地震計を稠密に設置するプロジェクト。このようなアレイ観測網の展開による詳細な地球内部構造推定への期待が高まっている。↑