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Press Releases

DATE2025.04.18 #Press Releases

共線反強磁性異常金属におけるゼロ磁場異常ホール効果の発見

——  機能性反強磁性体の開発へ新たな指針 ——

発表のポイント

  • 層間に磁性元素を挿入した遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)V1/3NbS2において、磁化の無い共線反強磁性と非フェルミ液体状態の中で異常ホール効果が生じることを発見しました。
  • (電荷を運ぶ準粒子が定義できない)非フェルミ液体状態の中で巨大異常ホール効果が発見されたのは初めてのことであり、従来のベリー曲率の枠組みを超えた理解が必要です。
  • 本研究で発見された物質は、新たな機能性反強磁性体であり、電子のスピンを使った情報処理・通信デバイスに繋がることが期待されます。また本研究は反強磁性体における異常ホール効果増強指針を与え、さらなる新奇強相関トポロジカル状態の実現に繋がることが期待されます。


共線形反強磁性、強い電子相関、バンドトポロジーの複合効果により、
革新的な情報技術につながる量子特性が表れる。


発表概要

東京大学大学院理学系研究科のMayukh Kumar Ray(マユク クマール レイ)特任研究員(研究当時)、Mingxuan Fu(ミンシュアン フー)特任助教、酒井 明人講師、有田 亮太郎教授、中辻 知教授らによる研究グループは、 米国ジョンズ・ホプキンス大学Collin Broholm(コリン ブロホルム)教授らと共同で、巨大な異常ホール効果(注1) が磁化の無い共線反強磁性(注2)と非フェルミ液体状態 (注3) の中で生じることを発見しました。本発見は、電子相関とトポロジーが関連した新しい物理現象です。「機能性反強磁性体」はトポロジカルな電子構造による巨大応答を示すため、次世代の高速・省エネスピントロニクスデバイスとして注目を集めています。特にJST未来社会創造事業ではスピントロニクス光電融合デバイスの開発を進めていますが、現状では候補となる機能性反強磁性体がMn3X (X = Sn, Ge)に限られる点が問題でした。本研究はチューニングが容易なTMDという新たなクラスの反強磁性体で同様な機能が現れることを示し、新たな機能性反強磁性体の開発指針を与えます。

発表内容

電子相関の強い系でのバンドトポロジー(注4) の問題は物性物理学の未解決課題であり、新たな量子現象や量子状態を探索するフロンティアとなっています。特に磁化を持たない反強磁性体でありながら、強磁性と同等の巨大な異常ホール効果や異常ネルンスト効果を示す物質は機能性反強磁性体と呼ばれ、次世代のスピントロニクスへの期待から大変注目されています。

遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD , 注5)はバンドトポロジーの研究に有用なプラットフォームとなっており、これまでにも多彩な現象が見つかっています。例えば2次元ヘテロ構造では分数量子ホール状態、非フェルミ液体、非従来型超伝導などが見つかっています。またバルクTMD材料では層間に磁性遷移金属イオンを挿入(インターカレート)することでキャリア密度を調整し、バンドトポロジーを操作できることが知られています。これらインターカレートされたTMDは、磁性と電子相関の協奏により多彩でエキゾチックな量子物性を示します。

本研究では、V1/3NbS2 (磁性元素V(バナジウム)をインターカレートした遷移金属ダイカルコゲナイドNbS2)を合成し、電気輸送測定、中性子回折、理論計算などの多様な実験技術を用いて研究を行いました。その結果、異常ホール効果がほぼ磁化を持たない共線反強磁性と非フェルミ液体状態の中で生じることを発見しました。従来のバンドトポロジーは準粒子描像が成り立つランダウ(ロシアの理論物理学者、1962年にノーベル物理学賞を受賞)のフェルミ液体論の範囲で議論されていました。本研究はそれを逸脱した現象であり、電子相関とトポロジーが関連した新しい物理現象です(図1)。


図1:V1/3NbS2の非フェルミ液体状態で発生する増強された異常ホール効果
左:磁化の大きさとゼロ磁場ホール伝導度の関係。V1/3NbS2のホール伝導度は、従来の強磁性体の線形スケーリング(灰色)から大きく逸脱しており、トポロジカル磁性体の領域(オレンジ色)にある。右: V1/3NbS2の磁場-温度相図。大きな異常ホール効果は、非フェルミ液体状態を伴って出現する。

磁化を持たない反強磁性体は、発見から半世紀以上、何の役にも立たないと考えられてきましたが、強磁性体と同等のレスポンス(例えば異常ホール効果)を示す機能性反強磁性体の発見はその常識を覆しました。それだけでなく、反強磁性体の特徴を活かした高速で大容量の不揮発性メモリの実現へと研究が進んでいます。本研究成果は、共線反強磁性体が機能性反強磁性体の新たなクラスの物質群であることを示し、機能性反強磁性体開発の指針となります。

関連リンク

東京大学物性研究所科学技術振興機構(JST)

論文情報

雑誌名 Nature Communications
論文タイトル
Zero-field Hall effect emerging from a non-Fermi liquid in a collinear antiferromagnet V1/3NbS2
著者 Mayukh Kumar Ray*, Mingxuan Fu*, Youzhe Chen*, Taishi Chen*, Takuya Nomoto, Shiro Sakai, Motoharu Kitatani, Motoaki Hirayama, Shusaku Imajo, Takahiro Tomita, Akito Sakai, Daisuke Nishio-Hamane, Gregory T. McCandless, Michi-To Suzuki, Zhijun Xu, Yang Zhao, Tom Fennel, Yoshimitsu Kohama, Julia Y. Chan, Ryotaro Arita, Collin Broholm, Satoru Nakatsuji†
*co-first authors (共同第一著者) †corresponding author (責任著者)
DOI番号 10.1038/s41467-025-58476-0

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)先端国際共同研究推進事業 ASPIRE「トポロジカル物質に基づく革新的量子エレクトロニクスの創成」(研究代表者:中辻知、課題番号:JPMJAP2317)、 同 未来社会創造事業大規模プロジェクト型「スピントロニクス光電インターフェースの基盤技術の創成」(研究代表者:中辻知、課題番号:JPMJMI20A1)の支援により実施されました。
特に、科学技術振興機構(JST)ASPIREプログラムの支援がBroholm教授のチームとの研究協力関係をより深め、研究進捗を加速させました。またBroholm教授はASPIRE資金により本研究のグループに短期訪問しており、その際の密接な意見交換により、本成果に繋がりました。

用語解説

注1  異常ホール効果
物質に電流を流したとき、電流と垂直方向に電圧が発生する現象をホール効果といいます。ホール効果の発生には、電子の進行方向を曲げるための力が必要です。物質が磁性体のときは磁化によるローレンツ力がその役割を果たし、異常ホール効果と呼ばれます。このような古典的な描像では磁化が大きい強磁性体ほど異常ホール効果が大きいと考えられますが、量子力学を使った理解ではバンドトポロジーに関係するベリー曲率(注4)が重要であることが分かっています。

注2  共線反強磁性
共線反強磁性は、磁性体における磁気構造の一種です。この状態では、隣り合う原子やイオンのスピンが互いに反対方向に並び、全体の磁化はキャンセルされています。この構造は、スピンが単純に反対方向に並んでいるだけなので、理解しやすい基本的な磁気構造の一つです。

注3  非フェルミ液体状態(異常金属)
金属中には無数の電子が存在しており、それらが相互作用しながら存在していると考えられます。電子間相互作用が全く無い時は気体のように自由に飛び回っていると考えられますが、多くの金属では相互作用は無視できず、電子は液体のように振る舞っています(フェルミ液体)。フェルミ液体では、相互作用の効果は「電子が重くなりゆっくり動く」効果として取り込まれます。このような電子を準粒子と呼びます。一方、相互作用があまりに強くなると、さらさらだった電子の液体はドロドロになり、一つの準粒子がうまく定義できなくなります。このような状態は非フェルミ液体(あるいは異常金属)と呼ばれます。高温超伝導体を始めとする強相関量子物質で普遍的にみられる特徴です。

注4  バンドトポロジー、ベリー曲率
物質中の電子の状態は、電子のもつエネルギーと運動量(波数)で記述され、バンド構造と呼ばれます。金属や絶縁体などの性質を理解するのに利用されてきましたが、近年、バンド構造はトポロジカル不変量によっても分類できることがわかってきました。異常ホール効果の起源となるベリー曲率は実空間の磁場と同様に電子に作用する「仮想磁場」ですが、トポロジカルなバンド構造があると大きな値になることが知られています。

注5  遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)
遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)は原子層物質であり、層数によって金属、半金属、半導体、絶縁体など様々な性質を示します。TMDの特性は汎用性が高く、キャリア等の調整によりバンドトポロジーの調製も可能であるため、関連研究は世界中で爆発的に進んでいます。