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Press Releases

DATE2025.04.22 #Press Releases

血糖制御能力の低下を簡便かつ早期に同定する手法の開発

—— 持続血糖測定装置を用いた耐糖能評価法——

発表のポイント

  • 持続血糖測定装置のデータから、血糖制御能力を推定する新たな方法を開発した。
  • 従来の検査では「正常」と判定される集団の中から、インスリン分泌能や感受性が低下した集団を特定することに成功した。
  • 非侵襲的な検査により簡便かつ早期に異常を同定することで、糖尿病の発症予測や予防介入への応用が期待される。


血糖値を簡便かつ持続的に測定できる装置を用いて血糖制御能力の低下を早期に推定する方法


発表概要

東京大学大学院医学系研究科の杉本光大学院生と、同大学大学院理学系研究科の黒田真也教授、神戸大学医学系研究科の小川渉教授らによる研究グループは、持続血糖測定装置(CGM)(注1) から血糖制御能力を推定する新たな方法を開発しました。

本研究では、血糖の平均値や変動幅に加えて、CGMを用いて測定した血糖波形の自己相関由来の新たな指標AC_Varを測定することで、より正確にインスリン分泌能と感受性の積(Disposition index)やインスリンクリアランス(注2) を推定できることを見出しました。さらに、AC_Varを用いることで、従来の検査では「正常」と判定される人々の中から、Disposition indexが耐糖能異常者と同程度に低い集団を特定することに成功しました。この新しい評価法は、糖尿病の早期発見と予防介入に貢献することが期待されます。

発表内容

糖尿病の発症を予測・予防するためには、インスリン分泌能をはじめとする血糖制御能力の低下を早期に発見することが重要です。糖尿病診断に従来使われる空腹時血糖値、HbA1c、経口ブドウ糖負荷試験は採血が必要なため、世界に5億人以上もいる糖尿病患者やその予備軍をスクリーニングするのは手間がかかるものでした。また、これらは一時点の測定値に基づく評価であり、日常生活における血糖値の変動を十分に捉えることができませんでした。そこで本研究では、採血なしに簡便に血糖波形を測定可能なCGMを用いて、インスリン分泌能や感受性などの血糖制御能力を推定する方法の作成を試みました。

本研究では、CGMを用いて測定した血糖波形の自己相関由来の新たな指標AC_Varを測定することで、採血が必要な従来の方法と比較し同等以上正確にインスリン分泌能と感受性の積(Disposition index)やインスリンクリアランスを推定できることを見出しました。さらに従来の基準では「正常」と判定される人々の中に、AC_Varが高値を示し、Disposition indexが耐糖能異常者と同程度に低い集団が存在することが明らかになりました。この結果は、従来の検査では検出できない早期の代謝異常を、この新しい指標により捉えられる可能性を示しています。

また、本研究では数理モデルを用いたシミュレーションにより、AC_Varが空腹時血糖値などの従来の指標より早期に血糖制御能力の低下を推定できる理由を推定しました。以前の我々の研究により、糖尿病になっていく過程で血糖制御能力は図1左の赤い曲面の上の方に移動した後に曲面から低下する集団が多いことを発見していました(Sugimoto H, et al. The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism. 2023)。このように血糖制御能力が曲面の上の方に変化する際、空腹時血糖値や平均血糖値は変わらないもののAC_Varのみが高くなる状態が作られるため、AC_Varは従来の指標よりも早期に異常が近づいていることを推定可能であると示しました。

さらに当研究チームでは、この手法を用いることで血糖制御能力だけなく冠動脈病変などの糖尿病の合併症も、糖尿病診断に使われる従来の指標より正確に予測できることも示唆しました(Sugimoto H, et al. eLife. 2025)。また、これらのCGM由来の指標を簡便に計算できるwebアプリも作成しました(https://cgm-ac-mean-std.streamlit.app/)。ソースコードは、GitHubポジトリ(https://github.com/HikaruSugimoto/CGM_AC)で公開されており、自由に改変して使用することができます。この新しい評価法は、血糖動態の異常を簡便かつ早期に発見し糖尿病の予防介入に貢献することが期待されます。


図1:血糖波形由来の新しい指標AC_Varと血糖制御能力の関係
血糖制御能力(インスリン分泌能や感受性、クリアランス)は、糖尿病になっていく過程で赤い曲面の上の方に移動した後に曲面から低下する集団が多い(左図青矢印)。赤い曲面上にいる間は、空腹時血糖値などの糖尿病診断に使われる指標は変化せず、本研究で新たに作った指標AC_Varのみが増加する。そのため、糖尿病診断に使われる指標が変化するよりも早期にAC_Varは血糖制御能力が低下していることを推定可能である(右図)。

論文情報

雑誌名 Communications Medicine
論文タイトル
Improved Detection of Decreased Glucose Handling Capacities via Continuous Glucose Monitoring-Derived Indices
著者 Hikaru Sugimoto, Ken-ichi Hironaka, Tomoaki Nakamura, Tomoko Yamada, Hiroshi Miura, Natsu Otowa-Suematsu, Masashi Fujii, Yushi Hirota, Kazuhiko Sakaguchi, Wataru Ogawa*, and Shinya Kuroda*(*責任著者)
DOI番号 s43856-025-00819-5

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)における戦略的創造研究推進事業 CREST「多細胞間での 時空間的相互作用の理解を目指した定量的解析基盤の創出」研究領域 研究課題名「時空間ト ランスオミクスを用いた多細胞・臓器連関代謝制御の解明」(課題番号:JPMJCR2123 研究代表 者:黒田真也)、武田科学振興財団医学部博士課程奨学助成などの支援により実施されました。

用語解説

注1  持続血糖測定装置
腕などに装着するだけで、採血なしに血糖値を持続的に測定できる装置。

注2  Disposition indexとインスリンクリアランス
Disposition indexは、血糖を制御する主なホルモンであるインスリンを膵臓からどれだけ多く分泌することができるか、という「インスリン分泌能」とインスリンがどれだけ血糖を下げることができるか、という「インスリン感受性」の積です。Disposition indexやインスリンクリアランスの低下は糖尿病の発症に先立って起こることが報告されていましたが、これらを正確に測定するためには手間のかかるクランプ試験が必要であり、臨床現場で広く測定することはできていません。本研究では、これらの測定が大変な指標を、測定が簡単な持続血糖測定装置から予測する方法を作成したことになります。