DATE2025.05.14 #Press Releases
欲しい物質を自動的・自律的に合成する
——デジタル技術と自動化・自律化で切り拓く化学・材料研究の新時代——
発表のポイント
- 指定した薄膜物質を自動的・自律的に合成するシステムを構築した。
- X線回折パターンを自動解析して、ピーク強度比を最大化するよう自律的に薄膜合成条件を最適化する。
- 機械学習とロボットを用いた自動・自律実験システムが、研究者の繰り返し作業を代替することにより、研究開発の加速が期待される。
開発した実験装置の写真
発表概要
東京大学大学院理学系研究科 化学専攻の一杉太郎教授(東京科学大学 特任教授兼任)、小林成助教、清水亮太准教授(研究当時 現:分子科学研究所 教授)らは、東京科学大学物質理工学院 応用化学系の西尾和記特任准教授、相場諒特任助教(現(株)リガク所属)、日本電子(株)、(株)堀場製作所、(株)リガク、(株)島津製作所、(株)デンソーウェーブ、(株)パスカル、(株)テクトスとともに、機械学習機械学習(注1)とロボット技術を活用した自動・自律実験システム(デジタルラボラトリー、注2)を構築した。そして、研究者が指定した物質を自動的・自律的に合成することに成功した。
本研究では、各種実験装置を相互接続し、物質合成とその特性評価を全自動で行うシステムを開発した。X線回折(XRD)測定(注3)結果を自動解析するプログラムを開発し、研究者が望む物質について、原料と組成、そして結晶構造を指定すれば、自動的にその物質を合成するシステムの基礎技術を確立した。具体的には、電池材料として用いられるLiCoO2について、薄膜合成条件を自律的に最適化することに成功した。機械的動作を行うロボットとコンピュータシステムが協働し、人間が実験に関与することなく物質合成が可能となる。
本研究のコアとなる技術について、Digital Discovery誌に5月14日に掲載された。
さらに、一杉教授らは本研究を土台として、日本ファインセラミックス協会(JFCA)、材料や自動車、分析機器メーカーを含む8社とともに、マテリアル(化学・材料・物性物理)分野における革新的な研究開発手法の確立に向けたデジタルラボラトリープロジェクトを開始した。協働ラボを東京大学本郷キャンパスに設置し、産学連携を進める。
本プロジェクトは、研究を自動化・自律化(注4)するためのデジタル技術(機械学習とロボット技術)を開発し、新材料の創出スピードを飛躍的に高めることを目指す。特に、セラミックス材料(注5)や粉体を原料とする材料の合成・焼成・特性評価・分析の全自動化・自律化は、現時点で世界的に前例がなく、技術的課題も多い。協働ラボでは、セラミックス材料研究に関わる技術を開発し、世界最先端のセラミックス材料自律実験システムを実現する。研究者が創造性を最大限発揮できる環境を整備し、日本の研究力強化に貢献する。
発表内容
背景と目的
近年、マテリアル研究において、機械学習やロボット技術を組み合わせた研究手法が世界中で急速に発展している。これら技術により、膨大な実験データを収集・解析し、新素材をいち早く発見することが望まれている。さらに、ロボット技術を活用して、「人間では取り組むことができない実験」にも取り組めるようになり、研究の幅が飛躍的に広がることが期待される(参考文献[1]-[4])。以上の技術を活用し、研究者が創造性を発揮しやすい研究環境を構築することが最終的な狙いである。
しかし日本国内では、実験操作やデータ解析における繰り返し作業が手作業に依存しているケースがいまだ多いのが実情である。そのため、人口減少による研究人材の確保難や、国際競争力の強化が指摘される中、デジタル技術の導入が喫緊の課題となっている。
そのような背景の中で、海外では以下のような取り組みが進んでいる。
● 米国: 半導体材料研究において、機械学習とロボットを活用した自動・自律実験により研究を加速することを2024年秋に決定(150億円程度)。
● カナダ: トロント大学「アクセラレーション・コンソーシアム」が7年間で約280億円を投資することを決定(2023年)。機械学習とロボットを活用した自動・自律実験システムを現在、建設中。
● 英国: リバプール大学の「マテリアルズ・イノベーション・ファクトリー(MIF)」では最先端の自動化実験装置のシェアリングも始まり、材料開発に要する時間を大幅に短縮したことを報告。
● 中国:「ロボット化学者」を2030年までに創造的に思考できるレベルへ進化させる計画を発表。
● 韓国: サムソン先端技術研究所は自動ラボの稼働を無機材料と有機材料の両方について発表(2023年と2024年)。
● 国際的な競争は熾烈さを増し、化学・材料メーカーの競合相手としてMicrosoftやGoogleも台頭。生成AIを活用した材料設計も活発化。
こうした国際情勢の中、日本がマテリアル研究のトップランナーとしての地位を確立・維持するためには、機械学習とロボット技術の積極的な導入が不可欠である。本研究は、日本が培ってきた高度な技術力と独自の知見を結集し、世界に先んじて革新的な研究開発推進手法を確立することを目指す。この取り組みにより、日本のマテリアル分野のさらなる発展を促進し、産業界全体の国際競争力を高めることが必須である。
半導体材料や各種コーティング材料など、薄膜状態で新物質を探索することが重要である。また、電池材料なども薄膜で新物質を探索し、その後、バルク体で検証することも考えられる。したがって、薄膜の自動・自律合成は、研究を加速する上で非常に重要な手段である。しかし、薄膜の自動・自律実験はいまだ発展途上であり、特に、研究者が指定した薄膜物質を自動的・自律的に合成することは報告されていなかった。
具体的な取り組み
本研究では、自動・自律実験の実証を行った。具体的に、モジュール化(注6)された実験機器を複数接続し(図1)、機械学習とロボット技術を最大限活用して自動・自律的に実験を進めた。本研究チームは、2019年に自動・自律実験に成功し、2020年に論文出版とプレスリリースを行った(参考文献 [5]、[6])。さらに、電池や燃料電池用の新材料開発に本手法を適用してきた。本システムの詳細について、日本分析機器工業会(JAIMA)が主催する「JASIS 2023(最先端科学・分析システム&ソリューション展)」にて公表し、プレスリリースを行った(関連情報)。
図1:自動・自律実験を行うシステムの全体図
合成装置(スパッタ成膜装置、注7)と各種計測・分析装置[X線回折(XRD)、ラマン分光(注8)、紫外可視分光(注9)、走査型電子顕微鏡(注10)、エネルギー分散型X線分光]が接続されている。試料ホルダの形状や、各モジュールを接続した際の通信プロトコルを公開している(参考文献[8])。
このシステムを活用し、自律的な物質合成を行うためには、各装置から得られる実験結果を自動的に解析することが必要である。物質の結晶構造を同定する際に用いられるXRD測定において、粉末物質では解析の自動化が実現している。しかし、薄膜物質の自動解析手法に関する報告はいまだない。
その理由として、薄膜特有の事情が挙げられる。薄膜試料のXRDパターンには、薄膜と基板の両方の情報が含まれている。また、薄膜試料は成長方位に依存した回折ピークのみが現れるため、多結晶体での測定に比べて回折ピークの数は少ない。そのため、本研究では薄膜試料のXRDパターンを自動解析する方法を開発した。そして、開発した解析手法を自律実験システムに適用し、単結晶基板上エピタキシャル薄膜(注11)を成長させた。具体的には、以下のような自動・自律実験のワークフローを構築した(図2)。
1) 薄膜を堆積していない基板のXRDパターンを予め測定しておく。
2) 薄膜試料のXRDパターンに対し、BEADSアルゴリズム(注12)により薄膜に由来しないバックグラウンド信号を推定し、その強度を回折パターンから差し引きノイズ除去を行う。
3) プログラミング言語Pythonの科学計算用ライブラリScipyに標準的に搭載されているscipy.signal.find_peaks関数を使用して、上記データに対してピークサーチを実行する。
4) 上記3)で得られたピークのうち、1)のパターンを同様に処理して得られる基板ピークの情報を参照して、基板由来の情報を除去する。
5) 粉末データベースと照合し、薄膜由来のみの回折ピークにミラー指数付けを行う。
6) 薄膜由来のピーク強度が最大となるよう、ベイズ最適化(注13)により成膜条件を推定する。
7) 推定した成膜条件に基づいて成膜、X線回折測定をそれぞれ自動で行い、2)に戻る。
図2:自動解析プログラムのワークフロー
① データを平滑化する。生データは黒い線で表され、赤い線は平滑化後の回折パターンを示す。② 次に、平滑化されたデータに対してピーク検出が行われる。同定されたピークは黒い▼で示されている。③ ピークを特定した後、薄膜由来のピーク(赤▼)、基板由来のピーク(■)、装置由来のピーク(×)に分類する。④ 最後に、薄膜由来のピークと同定したピークを粉末XRD回折パターンと比較し、ミラー指数を割り当てる。
このワークフローを、Al2O3(0001)基板上に作製したLiCoO2(001)エピタキシャル薄膜より得られた面直XRDパターンの解析に適用した。薄膜由来の各回折ピークをLiCoO2の003、006、009、0012、0015反射に帰属し、003と006のピーク強度比が最大となるように自律的な成膜を行った。このピーク強度比を最大化することはLiCoO2(001)薄膜の結晶性を高めることを意味している。最適化アルゴリズムにはベイズ最適化を採用した。その結果、基板温度660℃で最も結晶性の高いLiCoO2(001)薄膜を得た(図3)。
図3:ベイズ最適化による自律的な最適温度探索プロセス
縦軸は003と006のピーク強度比、横軸は基板温度。赤丸は観測点。黒い線は観測点の値を元にベイズ最適化により予測された基板温度に対するピーク強度比の挙動(予測曲線)。緑色は真の強度比が取りうる値の範囲(信用区間)。赤い線はベイズ最適化により提案された次回の実験で成膜・測定を行う基板温度を示す。(a)2回実験を行った場合の観測点、予測曲線、信用区間。(b)12回実験を行った後の結果。(c)26回実験を行った後の結果。観測点14~16番(温度は660℃)で003と006のピーク強度比が最大となっている。
今後の展開
本システムでは、異なる実験機器から得られるデータをMaiMLフォーマット(注14)で出力してベイズ最適化に利活用した(参考文献[7])。得られた計測・分析データはクラウド上にアップロードして管理している。そのデータをクラウド上のベイズ最適化プログラムで解析し、結果をダウンロードして自動・自律実験を進めることも実証した。このように、実験プロセスデータと計測・分析データを統合的に解析することができ、MaiML形式でえば理論家が新物質を予測し、その結果を速やかに検証することが可能となる。それは研究スピードの向上につながる。また、統一したことによりデータ収集・利活用が容易になった。この方法論の普及に向け情報発信を進めるとともに、実験装置を接続する規格の採用も進める。
今回は概念実証のために基板温度だけを最適化したが、さまざまな実験パラメータについて多次元での最適化が可能である。本研究により、研究者が望む物質について、組成とXRDパターンの情報を入力すれば、自律的に物質合成が進む土台が整った。例えば理論家が新物質を予測し、その結果を速やかに検証することが可能となる。それは研究スピードの向上につながる。また、本手法は多結晶体薄膜にも適用可能である。
日本が取り組むべき課題と展望
以上のような自動・自律実験システムを活用した研究開発の加速について、政府のマテリアル革新力強化戦略(注15)に、「スマートラボラトリ化(AI、IoT、ロボット技術等を駆使した、自律的な研究開発手法の開発と実装化(18ページ)」と明記されている。研究効率や再現性の向上はもちろんのこと、研究開発の進め方について質的な転換が急務である。特に省エネルギー素材や次世代蓄電材料、半導体材料、触媒材料など、デジタル技術と自動化による飛躍的な開発スピードの向上と革新的な材料の開発が見込まれる(参考文献[9])。また、エネルギーに関わる元素戦略の研究を加速することも急務である。
そのようなビジョンの下、本研究チームは日本ファインセラミックス協会(JFCA)と日本分析機器工業会(JAIMA)とともにデジタルラボラトリー研究会(参考文献[10]、[11])を立ち上げた。既に民間企業40社以上が参加しており、現在も加入企業が増加中である。研究会では最新技術動向の情報交換や討議、勉強会を開催している。
さらに、そのメンバー企業のうち、材料や分析機器メーカーを含む8社【三井金属鉱業(株)、TDK(株)、トヨタ自動車(株)、積水化学工業(株)、(株)デンソー/(株)デンソーウェーブ、(株)リガク、日本電子(株)、三井情報(株)】と、東京大学、日本ファインセラミックス協会(JFCA)は、協働ラボを本郷キャンパスに設置した。本プロジェクトは、研究を自動化、自律化するためのデジタル技術(機械学習とロボット技術)を開発し、新材料の創出スピードを飛躍的に高めることを目指している。特に、世界最先端のセラミックス材料自律実験システムを開発する。材料の合成・焼成・特性評価・分析の全自動化・自律化を具現し、システム化する。このシステムの構築は、日本の研究力強化に貢献することが期待できる。(参考文献[12])。
以下、産学官が連携し、今後取り組むべきことをまとめる。
1. 日本の強みの活用
• 強い理化学機器企業
きめ細かい対応やスピードなどを武器に、データ駆動科学(注16)を先導できる。
• 強いロボット産業
世界の産業用ロボットの約半数を製造しており、その知見を活かせる。
• マテリアル分野の勘・コツ・経験
研究者層の厚さから得られるドメイン知識が重要。かつ、データの蓄積がある。
2. 自動化・自律化実験の適用範囲の拡大:モジュール化と標準化
自動・自律実験システムを誰でも使えるよう(民主化)、Plug and Playで組み合わせられる実験モジュールの整備や、試料サイズ、試料ホルダ、通信プロトコル等の標準化を進める。モジュール化はコストダウンにも不可欠である。
3. 臨機応変に実験状況に対応するロボットの開発と活用
研究現場では多様な試料や複雑な動作が要求される。人間が臨機応変に対応するように、「匠の技」をロボットが再現・学習できるシステム開発や、視覚・言語に基づく柔軟な制御技術が必要となる。
4. 人材育成の強化
「マテリアル×情報科学×ロボット」の複合知識を持ち、データ駆動科学を先導する人材が求められている。大学での教育カリキュラム拡充だけでなく、企業による研修や学会・業界団体による協調的な人材育成も急務である。東京科学大学では、物質・情報卓越教育院(TAC-MI注17)を設立し、企業からの予算支援の下、人材育成を進めている。また、東京大学 大学院理学系研究科化学専攻では、3年生向けに「情報化学」の講義を2024年度より開始した。
5. データのデジタル化と共有の促進
実験・シミュレーションデータをデジタルで記録・管理し、クラウドを活用して複数組織で共有することが望まれる。データフォーマットの標準化やガイドライン整備を進め、データの利活用と新たな発見を加速する。
6. システム化技術の開発:標準化と国際的連携の強化
柔軟性・拡張性を備えたマイクロサービス型(注18)のソフトウェアアーキテクチャとレイヤー構造の採用が重要である(図4)。オーケストレーションソフトウェア(注19)が装置やクラウド上の機械学習アルゴリズムと連携し、自律実験を実現する。Application Programming Interface (API)公開や通信プロトコルの国際標準化にも積極的に関与する。
図4:マイクロサービスの集合体となっており、オーケストレーションソフトウェアより下のレイヤーがハードウェアと直結した物理層である。
7.大規模研究資金の長期的投資:拠点形成と国際的パートナーシップの構築
十分な研究資金と拠点整備により、マテリアル科学者、ロボット科学者、情報科学者等が一堂に会して学際的な研究を進める場を作る。自動・自律実験装置のシェアリングやデータ共有、試作・ショールーム機能などを備えた拠点が必要である。海外の研究機関・企業との連携も強化し、標準化やグローバルな課題解決に貢献する。
結論
本学と参加企業各社は密に協力して研究開発を加速し、得られた成果を広く共有・実装していく。自治体や地域社会とも連携し、エネルギー問題など社会的課題の解決を目指すとともに、国際ネットワークを通じて知見を交換し、地球規模の課題に対応する。デジタル化を先導し、若手研究者が創造性を十分に発揮できる環境を整備することが急務である。本研究はその方向に踏み出す一歩である。
関連情報
「プレスリリース①データ・ロボット駆動科学を推進するデジタルラボラトリーの開発」(2023/9/5)
https://solid-state-chemistry.jp/pdf/JASIS_2023_pressrelease.pdf
「プレスリリース②自律的に物質探索を進めるロボットシステムを開発」(2020/11/19)
https://www.titech.ac.jp/news/2020/048276
「マテリアル×機械学習×ロボット」東京化学同人(2024/03/26)
https://www.tkd-pbl.com/book/b10045762.html
関連リンク
論文情報
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雑誌名 Digital Discovery 論文タイトル Digital laboratory with modular measurement system and standardized data format著者 Kazunori Nishio, Akira Aiba, Kei Takihara, Yota Suzuki, Ryo Nakayama, Shigeru Kobayashi, Akira Abe, Haruki Baba, Shinichi Katagiri, Kazuki Omoto, Kazuki Ito, Ryota Shimizu, and Taro Hitosugi*(*責任著者) DOI番号 10.1039/D4DD00326H
研究助成
本研究は、JST「未来社会創造事業(MIRAI)(課題番号:JPMJMI21G2)」、同 「戦略的創造研究推進事業 CREST(課題番号:JPMJCR22O4)」、MEXT「学術変革(A)・イオン渋滞学(課題番号:24H02203)」、DX-GEM「(課題番号:JPMXP1122712807])」、科研費「基盤研究B(課題番号4K01599)」の支援により実施されました。
用語解説
注1 機械学習
コンピュータがデータから自動的にパターンを学習し、明示的なプログラムなしに予測や判断を行う技術。統計的手法を基盤とし、教師あり学習・教師なし学習・強化学習などの種類がある。画像認識、音声認識、異常検知、レコメンドシステムなど、多くの分野で活用されている。↑
注2 デジタルラボラトリー
全自動で物質を合成・評価するシステムとデータの収集、解析、管理を行うシステムを統合した実験環境。自動測定システム、クラウドデータベース、AI解析などを活用した実験の効率化や多面的な物性評価による予想外の発見につながることが期待される。↑
注3 X線回折(XRD)測定
結晶構造を解析するための手法で、試料にX線を照射し、その回折パターンを測定することで物質の結晶相や格子定数を特定する。主に材料科学や化学、半導体分野で用いられ、粉末XRDや薄膜XRDなどの手法がある。非破壊で高精度な構造解析が可能なため、広く利用されている。↑
注4 自動化・自律化
「自動実験」は人間が指定した実験を、ロボットが繰り返し正確に進めることを意味する。一方、「自律実験」は、コンピュータが次に進める実験内容を指定し、ロボットが指示通りにその実験を実施する。そして、その実験結果をコンピュータにフィードバックし、次に取り組む実験内容を決定する。このサイクルをクローズドループと呼び、人間の関与無く、目的の材料を合成するまで物質空間を探索する。↑
注5 セラミックス材料
非金属の無機固体材料で高温焼成によって形成される多様な材料群を指す。主成分として酸化物(アルミナ、ジルコニア)、窒化物(窒化シリコン)、炭化物(炭化ケイ素)などがあり、一般に高い硬度、耐熱性、耐摩耗性、耐食性、電気絶縁性を持つ。これらの特性を活かし、電子部品(コンデンサ、基板)、構造材料(耐熱部品、エンジン部品)、医療材料(人工関節、歯科材料)など、さまざまな分野で利用されている。↑
注6 モジュール化
システムを機能ごとに独立した小さな部分(モジュール)に分割し、それぞれを個別に設計・開発・管理する手法。モジュール化によって、柔軟性、拡張性、保守性を向上させ、変更や更新が容易になる。サンプル形状や接続方法を標準化することでモジュールが簡単に接続・利用できる(Plug and Play)ようになり、システムの構築や運用が迅速かつ効率的になる。↑
注7 スパッタ成膜装置
物質を基板上に薄膜として堆積するための装置。真空中でターゲット材料に高エネルギーのイオンを衝突させ、弾き飛ばされた原子や分子を基板に付着させて薄膜として成膜する。このプロセスは、金属、酸化物、窒化物などさまざまな材料に対応でき、半導体、光学、ディスプレイ、装飾用途などで広く利用されている。精密な膜厚制御が可能で、高品質な薄膜を得ることができる。↑
注8 ラマン分光
レーザー光を試料に照射し散乱された光のエネルギー変化を測定する技術。このエネルギーの変化は、分子の内部振動や回転に対応しており(ラマン効果)、物質の分子構造や化学的性質に関する詳細な情報を得ることができる。ラマン分光は非破壊で迅速な分析ができ、化学物質の同定や材料の特性評価、さらには生体分子の研究にも広く使用されている。↑
注9 紫外可視分光
紫外線から可視光領域の電磁波を物質に照射し、吸収または透過された光の波長と強度を測定する技術。物質が光を吸収する特定の波長に基づいて、物質の化学構造や濃度を分析するのに用いられる。↑
注10 走査型電子顕微鏡
電子ビームを試料表面に走査的に照射し、その際に試料から放出される二次電子や反射電子を検出して画像を形成することで非常に高い解像度で試料の表面を観察できる顕微鏡。試料の微細な表面構造や形態をナノメートルレベルで観察することが可能である。さらに、元素分析機能を備えたエネルギー分散型X線分析(EDX)を組み合わせることで、試料の化学組成の分析も行うことができる。↑
注11 エピタキシャル薄膜
基板の結晶構造に沿って、原子レベルで整然と成長した構造を持つ薄膜。基板の結晶格子に合わせて膜の原子が整列するため、非常に高い品質の結晶性を持つ薄膜が得られる。半導体デバイス、光学デバイス、材料研究などにおいて重要で、特に高性能な電子デバイスやレーザーなどの製造において広く使用されている。↑
注12 BEADSアルゴリズム
基板の結晶構造に沿って、原子レベルで整然と成長した構造を持つ薄膜。基板の結晶格子に合わせて膜の原子が整列するため、非常に高い品質の結晶性を持つ薄膜が得られる。半導体デバイス、光学デバイス、材料研究などにおいて重要で、特に高性能な電子デバイスやレーザーなどの製造において広く使用されている。データ内のスパース性(データポイントの大部分がゼロまたは低い値を取る特性)を利用し、ベースライン推定とノイズ除去を行うアルゴリズムである。シグナル自体とその微分がスパースであれば、データから有意な信号を抽出することが可能である。クロマトグラフィー、分光法、X線回折(XRD)など、多岐にわたる科学的データ分析において、ベースライン推定とノイズ除去の精度を向上させるために開発された。↑
注13 ベイズ最適化
関数の最適化手法の一つで、計算コストが高い関数や評価が時間のかかる問題に対して効率的に最適解を探索する方法。ベイズ最適化は、関数の未知の形状に関する確率的なモデル(通常はガウス過程)を構築し、そのモデルに基づいて次に評価すべきポイントを選択する。ハイパーパラメータチューニングや探索空間が大きい最適化問題などで広く利用されている。↑
注14 MaiMLフォーマット
日本分析機器工業会(JAIMA)と経済産業省が策定した共通データ形式。Measurement, Analysis, Instrument Markup Languageの略。共通のフォーマットを使用することにより、複数の異なる機器からのデータの変換を容易とし、データの統合と利活用を推進する。2024年5月にJIS公示された(JIS規格番号 K0200)。↑
注15 マテリアル革新力強化戦略
マテリアル・イノベーションを創出するポテンシャルである「マテリアル革新力」を強化するための政府戦略を、AI、バイオ、量子技術、環境に続く重要戦略の一つとして、産学関係者の共通のビジョンの下で策定された。https://www8.cao.go.jp/cstp/material/material.html ↑
注16 データ駆動科学
機械学習を活用し、大量の実験データから潜在的なパターンや傾向を見いだし、新材料開拓と革新的プロセス開発を進める。従来の研究手法では得られにくい知見を引き出し、材料特性を最大化する。新しいアイデアを人間が着想するための方法論を開拓していく。 ↑
注17 東京科学大学 物質・情報卓越教育院(TAC-MI)
東京工業大学(現東京科学大学)に2019年4月に設置された修士博士一貫の大学院教育プログラム。物質と情報をリンクさせ、情報科学を駆使して複眼的・俯瞰的視点から発想することで、独創的な物質・情報研究を進める「複素人材」の育成を行うことを目的とする。 ↑
注18 マイクロサービス型
ソフトウェアアーキテクチャの一種で、大規模なアプリケーションを小さな独立したサービスに分割して開発・運用する手法。各サービスは特定の機能を担当し、独立して実行することが可能である。これにより、システム全体の柔軟性、拡張性、保守性が向上し、異なる技術スタックやプラットフォームでサービスを構築することができる。↑
注19 オーケストレーションソフトウェア
複数のシステムやサービスを自動的に調整し、効率的に連携させるためのソフトウェア。特に、クラウドコンピューティングやコンテナ化されたアプリケーション、企業のITインフラにおいて、プロセスやリソースの管理を自動化し、スケーラビリティや運用の効率化を図る。オーケストレーションソフトウェアによって、タスクの順序や依存関係が管理され、複数のサービスやコンテナが適切に連携できるようになる。↑
【参考文献】
[1] 一杉 太郎 「機械学習とロボットは,研究者を「自由」にする」日本物理学会77, 592-601 (2022)https://doi.org/10.11316/butsuri.77.9_592
英語のレビュー “Autonomous experimental systems in materials science”
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/27660400.2023.2197519
[2] JST-CRDS報告書「リサーチトランスフォーメーション (RX) ポスト/with コロナ時代、これからの研究開発の姿へ向けて」(2021)
https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2020/RR/CRDS-FY2020-RR-06.pdf
[3] National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine. 2022. “Automated Research Workflows for Accelerated Discovery: Closing the Knowledge Discovery Loop” Washington, DC: The National Academies Press.
https://doi.org/10.17226/26532
[4] 一杉 太郎 「AIロボット -何ができて、何ができない?-」『現代化学』612,東京化学同人,30-32, (2022)
https://solid-state-chemistry.jp/2022Mar_gendai_kagaku.pdf
[5] Ryota Shimizu, Shigeru Kobayashi, Yuki Watanabe, Yasunobu Ando, and Taro Hitosugi (2020) “Autonomous materials synthesis by machine learning and robotics” APL Mater. 8, 111110
https://doi.org/10.1063/5.0020370
[6] 東京科学大学プレスリリース(2020)「自律的に物質探索を進めるロボットシステムを開発 -物質・材料研究開発の進め方について革新を起こす-」
https://www.titech.ac.jp/news/2020/048276
[7] 一村 信吾, 重藤 知夫, 安永 卓生, 井上 信介(2023)「計測分析機器の出力データフォーマット共通化」『応用物理』92, 応用物理学会, 142-146
https://doi.org/10.11470/oubutsu.92.3_142
[8] デジタルラボラトリー研究会ホームページ “標準化”
https://digital-laboratory.jp/standardization.html
[9] 内閣府 マテリアル革新力強化戦略を基として、文部科学省にて、令和6年度(2024年度)戦略目標「自律駆動による研究革新」が策定された。
https://www.mext.go.jp/content/20240315-mxt_chousei01-000034470_3.pdf
それに対応した、JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「[研究開発プロセス革新] AI・ロボットによる研究開発プロセス革新のための基盤構築と実践活用」がスタートした。
https://www.jst.go.jp/kisoken/presto/research_area/bunya2024-1.html
[10] 日本ファインセラミックス協会 デジタルラボ(仮称)研究会の発足について
https://www.jfca-net.or.jp/contents/view/4672
[11] デジタルラボラトリー研究会のホームページ
https://digital-laboratory.jp/
東京大学 大学院理学系研究科化学専攻 固体化学(一杉)研究室
https://solid-state-chemistry.jp/
[12]令和6年版 科学技術・イノベーション白書
https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpaa202401/1421221_00020.html