DATE2025.03.06 #Press Releases
多極子で生じる新奇な超伝導の発見
発表のポイント
- 極低温度の精密な熱力学的測定を通じて、多極子によって駆動される超伝導状態を包括的に特徴付けた初めての研究である。本実験により、非従来型の超伝導が多極子によって引き起こされることが明らかになった。
- 本研究は多極子が重要な構成要素となっている量子材料の超伝導特性について新たな知見を提供し、非従来型超伝導の包括的理解に繋がる。
- 多極子を利用した革新的なテクノロジーの実現に繋がると期待される。
図1. Pr1-xLaxTi2Al20の低温相図。挿入図は四極子秩序を表す
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の酒井明人講師と中辻知教授らによる研究グループは、高次多極子モーメント((注1) 以下多極子)によって駆動される超伝導(注2) 特性を初めて包括的な実験によって明らかにしました。
本研究では多極子秩序と超伝導が共存する極低温度の量子相において、希釈冷凍機(注3) 中に自作の比熱測定および磁化測定システムを導入することで、多極子秩序中の非従来型超伝導の特性を世界で初めて明らかにしました。多極子が主役となる量子材料を利用した革新的なテクノロジーへ繋がることが期待されます。
発表内容
20世紀初頭の超伝導の発見以来、その発現機構解明は物性物理学の中心的課題の一つでした。最も単純化したモデルはBCS(Bardeen Cooper Schrieffer)理論(注4) して知られ、多くの超伝導体の特性を説明することに成功しました。一方その後の研究により、強相関電子系や銅酸化物高温超伝導体、鉄系高温超伝導体などBCS理論では説明できない超伝導も多く見つかってきました。そのような超伝導体の発現機構として、BCS理論では考慮されていなかったスピンや軌道(電気四極子、以下四極子)の量子ゆらぎの重要性が長い間、議論されてきました。一方これまでの研究では、一つの物質にスピンと軌道両方の自由度が共存しているため、両者を完全に分離することが難しい点が課題でした。
このたび、本研究チームは低温で四極子秩序(TQ ~ 2 K)と超伝導(Tc ~ 0.2 K)を示すPrTi2Al20において超伝導特性を詳細に調べました。PrTi2Al20では、スピン自由度を持たない四極子秩序相(図1の青い部分)と超伝導(図1のオレンジ色部分)が共存しており、他に類を見ない独創的な状態が実現していることが明らかになりました。2ケルビン(-271.15℃)の温度では、四極子が同じ方向に整列した「四極子秩序」を示していました(図1左上)。本研究により、非従来型の超伝導が多極子によって引き起こされることが明らかになりました。
トポロジカル反強磁性体の記述など、多極子の概念は物性物理において近年広がりを見せており、ますます注目を集めています。本研究は多極子と超伝導の関係を探るうえで重要な実験となると考えられます。また将来的には多極子独自の量子特性を活用して、従来のスピンが支配的なパラダイムを超えた革新的なアプリケーションへと繋がることが期待されます。
論文情報
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雑誌名 Nature Communications 論文タイトル Interplay between multipolar order and multipole-induced superconductivity in PrTi2Al20著者 Akito Sakai, Yosuke Matsumoto, Mingxuan Fu, Takachika Isomae, Masaki Tsujimoto, Eoin O'Farrell, Daisuke Nishio-Hamane and Satoru Nakatsuji*
(* 責任著者)DOI番号 10.1038/s41467-025-57262-2
研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST)先端国際共同研究推進事業ASPIRE「トポロジカル物質に基づく革新的量子エレクトロニクスの創成」(研究代表者:中辻知、課題番号:JPMJAP2317)、科研費「トポロジカル磁性体における非線形非対角輸送現象の実験的研究」(研究代表者:酒井明人、課題番号:JP23K03298)の支援により実施されました。
特に、科学技術振興機構(JST)ASPIREプログラムの支援を受けて本学が実施した国際シンポジウム「Quantum Electronics」および「From Quantum Materials to Quantum Information: Symposium on Trans-Scale Quantum Science and Quantum Materials Synthesis (QMQI2024)」において、ジョンズホプキンス大学量子材料研究所 (IQM)を始めとする世界各国の研究者と議論を重ねることで研究結果の解釈などに大きな進展をもたらし、本成果に繋がりました。
用語解説
注1 高次多極子モーメント
物質を構成する原子・イオン中の電子はスピンと軌道の自由度を持っていますが、どのような状態が最安定(基底状態)になるかは元素や結晶構造(結晶場)に依存します。特に原子番号の大きな(スピン軌道相互作用の大きな)元素では、スピンと軌道が量子もつれにより区別できなくなり、電荷分布や磁化分布を多極子(図2、球面調和関数)の組み合わせで表現することになります。下図は空間反転対称性のある場合の多極子の一例です。最も単純(低次)のものは電気単極子、磁気双極子になりますが、元素や結晶構造などの条件によってはより複雑な(高次の)多極子も現れます。本研究に用いたPrTi2Al20のPr(プラセオジム)の電子は低温では電気四極子と磁気八極子のみの自由度を持つ結晶場基底状態を取ります。↑
図2. 多極子の例
注2 超伝導
電気抵抗がゼロになるという性質から、MRIなどの強力な電磁石(超伝導マグネット)として利用されています。現在は液体窒素などで冷却が必要な低温でしか実現しませんが、室温で実現すれば、損失のない電力網、量子コンピューター、超伝導リニアなどテクノロジーに革命をもたらす可能性があります。↑
注3 希釈冷凍機
通常のヘリウム(4He)とその同位体(3He)を特別な割合で混ぜたガスを用いることで、絶対零度からわずか数ミリケルビンの極低温を作り出すことが可能な装置です。本研究のような超伝導や量子物質の研究、量子コンピューターにも利用されています。↑
注4 BCS(Bardeen Cooper Schrieffer)理論
超伝導は電子がペアになることで生じていると考えられますが、どのような電子のペアが何を引力(電子同士をつける糊)として生じるかは様々な可能性があります。1957 年に最初に提案されたBCS理論では、格子振動を引力と考え、また電子の波動関数は球対称(s波)を仮定しました。多くの超伝導体の性質をうまく説明できたことから、1972年にノーベル物理学賞になっています。一方で、BCS理論の枠組みを超えた超伝導も多く見つかっており、非従来型超伝導と呼ばれています。↑