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Press Releases

DATE2024.11.26 #Press Releases

極端に柔らかい粉体に新しい剛性転移を発見

—— 新材料開発や生体組織の理解に期待——

発表のポイント

  • 大変形可能な粉体のモデル実験系を考案し、剪断実験によって、従来知見と性質を異にする剛性転移を発見しました。
  • 粒子どうしの相互作用を実験およびシミュレーションから決定し、変形と摩擦の相互効果によって剛性転移が引き起こされる仕組みを解明しました。
  • 大変形可能な粒子の集合体は、細胞からなる生体組織や柔らかな土壌などさまざまな例が見られる一方で、その力学的特性や機構の理解はできていません。本研究成果は、粒子の変形特性が集合体の剛性機構を本質的に変える可能性を示しており、生体組織や土壌などの力学特性の理解へ貢献が期待できます。


動画1:本研究で用いた大変形粒子の集合体。上下の動画は粒子数密度が異なり、低密度(上)では粒子が配置換えをして流れが生じるが、高密度(下)ではそれができず、固体的である。


発表概要

東京大学大学院理学系研究科のSamuel Poincloux外国人特別研究員(研究当時、現:青山学院大学理工学部助教)と竹内一将准教授による研究グループは、粒子の変形特性が集合体の流動性転移を本質的に変えることを明らかにしました。

本研究では、大きく変形可能な粒子のモデル実験系として、シリコン製のリング状の粒子を製作し、剪断装置内に多数充填して周期的な剪断を加えました(図1、動画1)。剪断に伴って粒子が運動し、変形する様子を観察して、画像解析によってさまざまな特徴量を解析したところ、高密度では粒子が変形によって周囲からの影響を吸収することで集合体が固化する、新たな剛性転移(注1)が起こることを見出しました。粒子どうしの相互作用を実験およびシミュレーションから決定し、変形と摩擦の相互効果に基づく転移の機構解明にも成功しています。本成果は、粒子の変形特性が集合体の剛性機構を本質的に変える可能性を示しており、生体組織や土壌などの力学特性の理解へ貢献が期待できます。


図1:本研究で用いた大変形可能な粒子(写真)と剪断装置(図解)

発表内容

土壌、泡、生体組織などは、いずれも変形可能な構成要素の集合体とみなすことができ、十分強い外部応力を加えられると剛性を失い流れることができます。これは降伏転移(注2)と呼ばれ、各粒子が、周囲にも粒子があることによる妨げに打ち勝って運動する状態に相当します。逆に、粒子を高密度に充填して周囲の粒子の妨げの効果を高めると、流動的だった集合体が固化し、剛性を示します。では、この剛性転移において、粒子の変形はどのような役割を果たすでしょうか。特に、粒子が大変形可能な場合に、あまり変形しない粒子を想定していた従来知見から違いは生じるでしょうか。このような疑問に答えるため、本研究チームは大変形可能なリング状粒子を自作し、剪断装置に粒子を多数敷き詰めて周期的剪断を加えて(図1)、大変形可能な粒子集団の剛性転移特性を計測しました。

画像解析から、剪断に伴って運動する粒子の位置、形状、周辺粒子との接触状況を同定できます(動画2)。例えば、剪断周期ごとに粒子が元いた位置に戻るかどうかを調べれば、集合体が流体的か固体的か判断できます。この計測により、本粒子の集合体は、数密度と剪断の大きさを変えることで、流体的な降伏状態と固体的な状態を移り変われることがわかりました(図2)。研究チームは、力センサーを用いた損失係数(注3)の計測など、さまざまな特徴量からこの剛性転移を特徴付け、いずれからも整合的な状態図を得ることができました。


動画2:粒子の位置、形状、接触状態の画像解析結果の例

 


図2:周期剪断に伴う不可逆的な粒子変位(左)と損失係数(右)。どちらからも整合的な状態図が得られた。

元はバラバラだった粒子の集まりが、なぜ固体的にふるまえるのでしょうか。本研究チームは生命分野で細胞組織の解析に使われた手法を応用し、集合体の変形を、粒子間の距離の伸び縮みによる「幾何変形」と、粒子間の隣接関係の変化による「構造変形」に分解しました(図3)。その結果、本研究で発見した剛性転移は構造変形の大小が引き起こしたものであり、固体状態では幾何変形、つまり粒子の形状変化によって剪断の影響を吸収することで、固体状態を保っていることがわかりました。さらに、変形と摩擦によって粒子間に発生する相互作用を実験とシミュレーションから決定し、それに基づいて剛性転移が起こる条件を導き出すことに成功しています。特に、従来のジャミング転移(注4)では粒子間の接触点の数が重要なのに対して、本研究で見出した剛性転移では変形した粒子どうしの接触面の広さが重要な役割をすることが明らかになりました。


図3:細胞組織の力解析手法の応用により評価した幾何変形(左)と構造変形(右)。構造変形の大小が剛性転移を規定していることがわかる。

本成果は、極端に柔らかい粒子の集合体が、従来と異なる剛性を有した新材料としての可能性を持つことを示すとともに、同様に大変形可能な細胞からなる生体組織の理解にも繋がることが期待されます。

論文情報

雑誌名 Proc. Natl. Acad. Sci. USA
論文タイトル
Rigidity transition of a highly compressible granular medium
著者
Samuel Poincloux* and Kazumasa A. Takeuchi
(* 責任著者)
DOI番号

10.1073/pnas.2408706121

研究助成

本研究は、科研費「座屈粉体:大変形と配置替えが関わり合う多粒子系のモデル実験(課題番号:JP22KF0084)」、「非平衡系のガラス・ジャミング転移(課題番号:JP20H00128)」、「高密度細菌集団の秩序創発・状態制御を司る熱統計力学原理の探求(課題番号:JP19H05800)」等の支援により実施されました。

用語解説

注1  剛性転移
外力にさらされた物体が、流動できる状態から、固体のように元の形状を保とうとする状態に変化すること。

注2  降伏転移
外力にさらされた物体について、弱い外力のもとでは外力を取り除くと元の形状に戻り、その意味で固体的なのに対して、一定以上の外力を加えると元の形状に戻らず流動を始めてしまうとき、この変化を降伏転移という。

注3  損失係数
損失弾性率と貯蔵弾性率の比。この値が小さいと物質は弾性体のようにふるまい、値が大きいと粘性流体のようにふるまう。

注4  ジャミング転移
通常の粉体は、充填率が低ければ流体のように流れることができるが、高密に充填されると固体のように動けなくなる。この性質の変化をジャミング転移といい、粒子間の接触点の数によって転移が起こる充填率が決まるとされる。