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Press Releases

DATE2024.11.06 #Press Releases

野生植物の気候適応をゲノム解析から解明

—— アブラナ科植物集団の地域的な気候への適応——

発表のポイント

  • 日本に自生するアブラナ科植物ハクサンハタザオにおいて、最終氷期以降に起きた分布の変化や気候への適応をゲノム解析から明らかにした。
  • 野生植物が各地域の気候に適応して進化した過程を遺伝子レベルから明らかにした。
  • 過去の気候変動への適応のメカニズムを理解することで、将来の気候変動に対する植物の進化的応答を予測可能となることが期待される。


ハクサンハタザオの花


発表概要

東京大学大学院理学系研究科の土松隆志教授、須田崚修士課程大学院生らによる研究グループは、日本に自生するアブラナ科(注1)の一種であるハクサンハタザオ(注2)が日本列島の気候に適応しながら進化してきたことを明らかにしました。本研究では、北海道、本州、九州に分布する141の野生個体とヨーロッパに分布する16の野生個体の全ゲノム配列を比較することで、日本列島に進出したハクサンハタザオは最終氷期(注3)以降に分布域が変化し、各地域集団に分かれて多様化してきたことを明らかにしました。さらに、西日本では温暖な気候に対して、北日本では乾燥した気候に対して自然選択が働いた傾向があり、最終氷期以降に各地の気候に適応してきたことを示しました(図1)。このような過去の気候変動への適応の理解は、今後、将来の気候変動に対する植物の進化的応答の予測に役立つことが期待されます。


図1:日本のハクサンハタザオに見られた最終氷期以降の適応の傾向

発表内容

研究の背景
気候変動は動植物の分布域の変化に大きな影響を与えてきました。分布の変化に伴って、動植物は局所的な気候や環境に対して進化的適応を起こすと考えられます。過去の気候変動への適応の仕組みを理解することは、将来の環境変化に対して動植物がどのように応答できるのかを予測する上でも重要です。しかしながら、気候変動に応答して実際に野生植物の分布や個体数がどのように変化し、どのような遺伝子が気候適応に関わってきたかに関する知見は限られていました。

研究の内容
植物の気候適応の過程を遺伝子レベルから理解するために、本研究では日本に自生するアブラナ科植物ハクサンハタザオの141野生系統の全ゲノム配列を解析しました。ハクサンハタザオは、モデル生物として分子生物学的な実験が盛んに行われているシロイヌナズナ(注4)に最も近縁な種のひとつで、日本の山地に広く分布しています。北海道・本州・九州に分布するハクサンハタザオの141の野生個体の全ゲノムリシーケンスデータ(注5)を用い、一塩基多型(SNP;注6)を比較した結果、日本の野生集団はヨーロッパ集団から独立して国内で多様化しており、地域ごとに遺伝的に近いグループを形成することが明らかになりました(図2A)。そこで、ヨーロッパ、西日本、関西、中部、北日本の5グループ間が分化した時期と個体数の変化を推定した結果、日本列島のグループ間の分化は最終氷期に起きたこと、日本列島への移入に伴い日本の祖先集団でボトルネック(注7)を受けたことが示されました(図2B)。


図2:日本のハクサンハタザオに見られた遺伝的なグループ(A)とそれらの分化の過程 (B)。B図の縦線の太さは個体数に対応している。

次に、ゲノムワイド関連解析(注8)と地域集団特異的な自然選択のスキャン(注9)を統合的に解析することで、日本のどの地域で、どのような気候に対して自然選択が働いたのかを解析しました。その結果、西日本や関西集団で夏季の高温に関連した自然選択が起き、高温耐性に関わる遺伝子に自然選択が働いた可能性があることを示しました(図1)。また、中部や北日本集団で主に冬季や春季の乾燥に関連した自然選択が起き、ストレス応答に関連した遺伝子が適応に関与した可能性があることを示しました(図1)。

さらに、生態ニッチモデリング(注10)を用いて分布適地の変化を最終氷期から現代に渡って推定した結果、最終氷期に日本の南岸部にまで広がっていた分布適地が、氷期後に北側の沿岸部や山地へと移動したことが明らかになりました(図3)。


図3:推定された最終氷期後の分布適地変化

これらのゲノム解析の結果から、ハクサンハタザオは日本列島において最終氷期以後に集団の多様化や分布変化を経験し、その過程で各地域の気候に適応してきたことが示唆されました。本研究から、日本に広く分布する野生植物における気候適応の傾向を明らかにし、植物が気候変動に対して進化的に適応してきた過程の一端を遺伝子レベルから解明できました。

今後の展望
今後は、今回の研究で気候適応との関連が示唆された遺伝子に着目し、各地域の植物の具体的な形質と遺伝子の変異との関連を明らかにすることを通して、植物の気候適応の歴史をより深く理解し、将来の進化的応答の予測にも応用できることが期待されます。

論文情報

雑誌名 Plant and Cell Physiology
論文タイトル
Population genomics reveals demographic history and climate adaptation in Japanese Arabidopsis halleri
著者
Ryo A Suda, Shosei Kubota, Vinod Kumar, Vincent Castric, Ute Krämer, Shin-Ichi Morinaga, Takashi Tsuchimatsu*
(*責任著者)
DOI番号 10.1093/pcp/pcae113

研究助成

本研究は、科研費「植物生殖の鍵分子ネットワーク(課題番号:22K21352)」、「選択緩和に伴う自殖シンドローム進化の適応性と迅速性の検証(課題番号:23H02537)」、「ゲノム情報を利用した野生植物の適応力多様性評価(課題番号:16K18623)」、「シロイヌナズナ属野生種における自殖の進化プロセスの包括的理解(課題番号:19K06835)」、環境研究総合推進費S-9、JST CREST「将来の地球環境において最適な光合成・物質生産システムをもった強化植物の創出(課題番号:JPMJCR11B3)」、ヨーロッパ連合ERC-AdG「LEAP-EXTREME(課題番号:788380)」の支援により実施されました。

用語解説

注1  アブラナ科
世界中に約3660種が知られる植物の分類群で、日本には約60種が自生する。ダイコン、キャベツ、ブロッコリーなど数多くの野菜を含むグループである。

注2  ハクサンハタザオ
アブラナ科シロイヌナズナ属の多年生草本で、異なる亜種がヨーロッパと日本に分布する。日本では山地に生育し、北海道、本州、四国、九州に見られる。

注3  最終氷期
一番最近に気候が寒冷化した時期で、約12万〜1万年前と推定されている。最も寒冷化した約2万年前は最終氷期極大期と呼ばれる。

注4  シロイヌナズナ
アブラナ科シロイヌナズナ属の一年生草本で、北半球を中心に広く分布する。ゲノムサイズが小さく、栽培が容易で、世代時間が短いなど、遺伝学的な実験に有用な特性を備えている。維管束植物で最初に全ゲノム配列が解読され、モデル生物として広く用いられている。

注5  全ゲノムリシーケンスデータ
すでに全ゲノム(全遺伝情報)配列が決定されている生物において、異なる複数の個体でさらに全ゲノム配列を読み直したデータ。全ゲノム配列を個体間で比較することで各個体のゲノム変異を検出し、個体間の遺伝的な差異を解析することが可能となる。ゲノムワイド関連解析(注8)や自然選択のスキャン(注9)など、さまざまな解析に利用される。

注6  一塩基多型(SNP)
ゲノム配列の特定の位置で、単一の塩基が別の塩基に置換された遺伝的変異の一種。全ゲノムリシークエンス(注5)によりゲノム全体のSNP情報を網羅的に得ることができる。

注7  ボトルネック
生物集団の個体数が一時的に激減する現象。ボトルネックを経た集団では、遺伝的な多様性が減少する。

注8  ゲノムワイド関連解析
ゲノム全体を網羅するSNPと形質との関連性を統計的に調べることで、その形質と関連した遺伝子を網羅的に検出する手法。本研究では、ハクサンハタザオの全ゲノムのSNPと、各系統の生育地の気温や降水量などの気候データとの関連性を解析した。

注9 自然選択のスキャン
全ゲノムのSNPデータを元に、過去に自然選択が働いたゲノム上の領域を検出する手法。

注10 生態ニッチモデリング
生物の分布の地理的情報とその地点の環境条件に基づいて、環境条件と分布確率に関する統計的なモデルを構築し、種の分布適地を予測する手法。古気候のデータに基づいて過去の分布を推定したり、未来の気候予測に基づいて将来の分布を予測したりすることもできる。