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Press Releases

DATE2024.09.19 #Press Releases

アルカロイド骨格の合成に変革の光を灯す!

―複雑な多環性骨格を構築する革新的光フロー合成―

発表のポイント

  • 短寿命の生合成中間体を適度に安定化した多能性中間体を設計し、光を照射するアプローチで生合成を模倣しつつ拡張する合成化学に革新的な戦略を提起しました。
  • [4+2]型のDiels-Alder反応は、熱反応で進行させるのが一般的です。これに対し本研究では、光触媒や光増感剤を用いずに、生合成模倣型の[4+2]型環化を進行させる光フロー合成を実現しました。また、環化前駆体の構造を改変して上記の[4+2]型環化を抑制しつつ、2系統の[2+2]環化を優先的に進行させ、生合成プロセスでは構築が困難な含窒素多環式縮環骨格群を創製しました。
  • がんやオピオイド薬害に対する有望な創薬シード化合物として注目されるイボガ型のアルカロイド骨格を短段階で光フロー合成できるようになり、天然物を基盤とした創薬科学の新展開が期待されます。


光フロー反応を活用した含窒素多環式化合物群の骨格多様化合成


発表概要

東京大学大学院理学系研究科のGavin Tay大学院生、西村壮史大学院生(当時)、大栗博毅教授は、創薬候補として有望なインドールアルカロイド型骨格群(注1)を作り分ける光フロー合成プロセス(注2)を開発しました(図1)。本研究では、仮想生合成中間体であるデヒドロセコジン1(注3)を適度に安定化した多能性中間体2を設計し、これに光を照射することで、従前の熱による活性化では手にすることができなかった4環性のイボガ型骨格3(注4)を効率的に構築する革新的な合成手法を開発しました。光触媒や光増感剤が不要なシンプルな反応条件でマイクロフロー光化学反応プロセスを確立しました。報告例の少ない光[4+2]型環化反応(注5)を高い効率で進行させ、多様な基質に適用できることを実証しました。更に、デヒドロセコジン型中間体の電子状態や分子配座を精密に制御して、光[2+2]環化反応(注6)を優先的に進行させ、生合成では構築が困難な新規5環性骨格群4, 5の短段階合成を実現しました。

本研究成果はChemical ScienceのInside Back Cover に選出されました。


図1:複雑な多環性アルカロイド類似骨格群を構築する光フロー合成プロセス

発表内容

近年、有機合成化学において、光化学反応は既存の手法では実現が難しかった新たな反応経路や中間体を活用するための強力な手法として急速に発展しています。従来、[4+2]型の環化反応、特に6員環の形成に広く用いられてきたDiels-Alder(DA)反応(注7)は、主に熱エネルギーによる活性化に依存していましたが、最近では光照射を利用した新しいアプローチが検討され、その可能性が大いに広がりつつあります。

今回、研究チームは、生合成の鍵中間体であるデヒドロセコジン1を精密に模倣しながら、適度に安定化させた多能性中間体2(注8)を設計し、生合成酵素を用いずにフラスコ内に発生させました(図1)。この中間体2を光照射によって活性化し、分子内[4+2]環化付加反応を進行させ、イボガ型骨格3を効率よく構築する革新的な光フロー合成プロセスを確立しました(図2)。これまで報告されている光誘起DA反応の多くでは、外部光増感剤や光触媒が必要とされてきましたが、本手法の独自性は、基質そのものを直接光励起することで分子内[4+2]環化を実現した点にあります。従来のバッチ法(注9)では、光照射効率が低く、さらに生成したイボガ型骨格が光照射条件下で副反応を引き起こし、目的の[4+2]環化体3の収率は49%(2段階)にとどまっていました。そこで、この光反応にマイクロフローシステムを適用することで、光照射効率を大幅に向上させ、反応時間をわずか25分に短縮することができました。これにより、外部光増感剤や光触媒を使用せずに、温和な中性条件下でイボガ型骨格3を効率的に合成することに成功しました。この光化学的アプローチは非常に汎用性が高く、10種類以上の基質へ適用可能で、最高収率は77%(2段階)に達しました。


図2:多能性中間体の光[4+2]/[2+2]環化によるアルカロイド類似化合物群の骨格多様化合成

反応メカニズムの検討の結果、一連の過渡的ビラジカル種を経由して環化反応が進行することが強く示唆されました(図3)。多能性中間体2のジヒドロピリジン環(注10)は、370 nm付近に特有の吸収を示します。本研究では、370 nmのLED光を用いてジヒドロピリジンを部位選択的に活性化するアプローチを検討しました。光照射によって生成されたビラジカル種Int-A1, Int-A2, Int-A3は平衡状態にあり、Int-A2から炭素−炭素結合形成反応が段階的に進行し、形式的な[4+2]環化を経てイボガ型骨格3が構築される可能性が高いと推定されています。

興味深いことに、ビニルインドール部位(注11)のメチルエステルを除去した基質2nに光照射を行うと、[4+2]型環化よりも[2+2]型の環化反応が優先的に進行することを見出しました(図2)。この発見により、高度に官能基化されたシクロブタン型コア構造を持ち、複雑な三次元構造を有する2つの新規な含窒素5環性骨格4(49%)および5(38%)を合計87%の高収率(2段階)で合成する手法を開発しました。また、環化前駆体の電子密度や立体障害を精密に調整することで、光励起による分子内環化のモードが劇的に変化することを明らかにしました。DFT計算(注12)によって、これらの環化前駆体がそれぞれ [4+2] および [2+2] 型の環化に適したコンホメーションに予め規定されていることが示唆されています。おそらく、室温での光活性化条件では、コンフォメーションの変化が最小限に抑えられるため、各環化前駆体におけるジヒドロピリジンとビニルインドール部位同士の空間的配置が、環化生成物3, 4, 5の形成比率に深く関与したと考えられます。さらに重要なのは、今回の光反応で構築した3系統の骨格3-5は、熱的反応条件では構築が困難であり、光励起によって効率的に合成できる点です。この研究により、ジヒドロピリジン部位の特異で多様な光誘起反応性を引き出し、天然物に類似した3つの複雑な多環性アルカロイド骨格を作り分ける革新的な合成戦略を実現しました。


図3:多能性中間体のモジュラー式迅速合成と[4+2]/[2+2]環化の推定反応機構

これまでのイボガ型アルカロイドの合成研究では、主に熱反応を用いたアプローチが検討されてきました。これに対して本研究では、光フロー合成プロセスを適用することで、テルペンインドールアルカロイド類の多環性骨格やそのアナログを自在に創り出す革新的な手法を開発しました。特に、神経伝達物質であるセロトニン(注13)のコンフォメーションを固定化した特異な三次元構造を持つイボガ型アルカロイド骨格は、オピオイド依存症治療に向けた次世代のシード化合物として非常に有望です。この基礎研究の成果は、生理活性天然物を構造モチーフとした創薬研究に新たな展開をもたらすことが期待されています。

論文情報

雑誌名 Chemical Science
論文タイトル
Direct photochemical intramolecular [4+2] cycloadditions of dehydrosecodine-type substrates for the synthesis of the iboga-type scaffold and divergent [2+2] cycloadditions employing micro-flow systems
著者
Gavin Tay, Soushi Nishimura, Hiroki Oguri*
(*責任著者)
DOI番号 10.1039/D4SC02597K

研究助成

本研究は、以下の助成金によって実施されました。
・JSPS科研費 (JP19H02847, JP22H00346, JP22H02847)
・内藤記念科学研究助成金
・旭硝子財団研究助成金
(Gavin Tay) 東京大学大学院理学系研究科グローバルサイエンス国際卓越大学院コース(GSGC)

用語解説

注1  インドールアルカロイド型骨格
インドールは、6員環のベンゼン環と、窒素を含む5員環のピロール環が縮環した構造を持つ化合物。このインドール構造を部分構造として持つ天然由来の有機化合物群を、総称してインドールアルカロイドと呼びます。インドール構造で母骨格が構成されている場合、その化合物はインドールアルカロイド型骨格を持つとされます。

注2  光フロー合成プロセス
反応液を細い管型の反応容器で混合し、微小な流路中で光化学反応を連続的に実施する合成法。この手法では光照射効率が高く、一般に液相の表面近くで起こる光化学反応が効率的に進行します。

注3  デヒドロセコジン
トリプトファンとセコロガニンから多段階の酵素反応を経て生合成される不安定な仮想中間体。生合成プロセスでは酵素によって安定化され、さまざまなインドールアルカロイドの共通中間体として機能します。

注4  イボガ型骨格
イソキヌクリジン、テトラヒドロアゼピン、およびインドールが縮環したインドールアルカロイド型骨格を指します。生合成プロセスでは、デヒドロセコジンから環化酵素が触媒する分子内環化反応により、イボガ型骨格を持つ一連の天然有機化合物が合成されます。

注5  光[4+2]環化反応
4つの原子からなるπ共役系と2つの原子からなるπ共役系の間で進行する付加環化反応のうち、特に光により誘起される反応。この反応により、新たに6員環の構造が形成されます。

注6  光[2+2]環化反応
2つの原子からなる2つのπ共役系の間で進行する付加環化反応のうち、特に光により誘起される反応。この反応により、新たに4員環の構造が形成されます。

注7  Diels-Alder(DA)反応
共役二重結合(ジエン)とオレフィン(ジエノフィル)の間で付加環化反応を起こして、6員環構造を形成する反応。6員環を形成する反応として広く用いられる代表的な[4+2]環化反応の一種です。

注8  多能性中間体
分子内に複数の反応点を持ち、環化の形式の違いによって異なる分子骨格を持つ複数の多環性化合物へ変換できるよう分子設計された中間体。

注9  バッチ法
フラスコなどの反応容器中で化学反応を行い、反応終了後に生成物を取り出し、次の反応に用いる従来型の合成法。生成物を連続的に取り出し、直接次の反応に進むフロー法とは対照的な手法です。

注10  ジヒドロピリジン環
共役二重結合(ジエン)を持つ窒素を含有する6員環。

注11  ビニルインドール
インドールの2位にインドール環と共役するビニル(エテニル)基を持つ構造を指します。

注12  DFT計算
密度汎関数理論(Density Functional Theory, DFT)に基づき、電子密度から化合物の物性を計算する方法。反応経路の予測など、有機合成化学でも広く用いられています。

注13  セロトニン
インドールを部分構造に持ち、トリプタミンのインドール5位にヒドロキシ基を持つ構造。脳内の神経伝達物質の一種で、この物質の過剰や不足が精神疾患に深く関わるとされています。