DATE2024.06.21 #Press Releases
地球マントル深部での水の大循環が明らかに
コア–マントル境界域の化学的不均質の原因解明へ
発表のポイント
- 世界で初めて、地球のコア–マントル境界(CMB)領域に相当する環境下で、沈み込む海洋プレート(スラブ)中の水の挙動を調べました。
- CMB領域まで水を輸送するSiO2相は、超高圧高温条件下でも脱水せず、水を保持したままマントル浅部へリサイクルすることを明らかにしました。
- CMB領域の地震波観測が示す大きな化学的不均質は、水によって作られたものではないことが判明し、代わりに地球誕生時のマグマオーシャンに起因する可能性が高いと示唆されました。
地球深部の環境を実現するダイヤモンドアンビルセル装置(左)と高圧高温下で合成された試料(右)
発表概要
東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻の堤裕太郎大学院生と廣瀬敬教授を中心とした研究グループは、北海道大学の同位体顕微鏡(注1)を利用して、地球のコア–マントル境界(CMB)領域(注2)に相当する超高圧高温条件下で合成されたSiO2相中の含水量を測定しました。
下部マントルまで沈み込んだスラブ(注3)は、SiO2相を水の主要なキャリアとし、マントルの底まで水を運びます。すると、コア直上の高い温度により、スラブはほぼ完全に脱水するとこれまで考えられてきました。その水は、マントルの底の岩石を融解させたり、コアの金属と化学反応して鉄酸化物を形成するなどして、CMB領域で観測される地震波速度異常を引き起こしていると考えられていました。
そこで今回、北海道大学の同位体顕微鏡を利用して、超高圧高温条件下で合成されたSiO2相中の含水量を測定したところ、CMB領域でも脱水は起きず、SiO2相を含むスラブ物質は水を保持したまま地球表層へ向かってリサイクルしていくことが明らかになりました。地震波観測からCMB領域には大きな速度異常が観測されており、これは化学的不均質によるものだとされています。本研究の結果から、この化学的不均質は水により引き起こされたものではなく、地球誕生時のマグマオーシャン(注4)に起因する可能性が高いと考えられます。
発表内容
背景
水を含む海洋プレート(スラブ)が地球内部に沈み込み、脱水を起こすことが、日本に代表される沈み込み帯の火山活動、さらには一部の地震活動の原因になっています。スラブに含まれる水の一部は、スラブと一緒にマントル深部まで運ばれることがわかってきました。マントルの底は直下のコアによって加熱され、その温度は4000ケルビン近くに達するとされます。これまで、そのような高温下で、SiO2相も脱水して水を失うと考えられてきました。また脱水した水が、マントル最下部の融解を引き起こし大きな化学的不均質を作る、さらにはコアの金属鉄と反応し超酸化的な物質を作るとされてきました。このような超酸化的な物質がマントル浅部へ運ばれることにより、地球表層が酸化的になったという議論もありました。
今回、実際にマントルの底に相当する超高圧高温下で実験を行い、SiO2相の含水量を調べることにより、スラブからの脱水を検証しました。
研究内容
本研究ではレーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル装置(注5)を使って、スラブの主要構成物質である含水中央海嶺玄武岩を超高圧高温状態にしました(図1)。加熱後の試料につき、まずは大型放射光施設SPring-8(注6)のビームラインBL10XUにてX線回折測定を行い、SiO2相の結晶構造を確認しました。次に加熱箇所の断面を切り出したところ、中心に急冷凍結されたシリケイトメルト、その周りをSiO2相が覆う構造が得られました(図2)。その後、北海道大学の同位体顕微鏡を用いて試料断面の水を定量した結果、下部マントルの圧力条件下で、圧力が上がるにつれてSiO2相中の水の量が多くなり、マントルの底でも2 wt%の水を保持することがわかりました(図3)。
図1:本実験の圧力温度条件と平均的なマントルとスラブの温度分布(ジオサーム)。本実験の圧力温度条件はコア・マントル境界(CMB)領域のそれ(約135万気圧、4000ケルビン)に対応している。
図2:回収試料の電子顕微鏡による組成マップ(上)と同位体顕微鏡による水素の分布。SiO2相に水がwt%単位で入っていること、高圧になるとシリケイトメルトよりも多くの水がSiO2相に入っていることがわかる。
図3:実験圧力とSiO2相中の水の関係。高圧になるほどCaCl2-type SiO2相中(塗りつぶしシンボル)に多くの水が入る。CMB領域で安定なα-PbO2-type SiO2相中(白抜きシンボル)にも 2wt%ほどの水が入る。
今回の結果は、沈み込んだスラブはCMB領域でも脱水せず、そのままマントルの浅い部分へリサイクルしてくることを意味しています。ゆえにCMB領域の化学的不均質は、水とは無関係のはずです。代わりに、地球形成時に地球全体を覆っていたとされるマグマオーシャンに起因する可能性があります。固体のマントルに比べて、マグマは圧縮性に富むため、マントル深部ではマグマが固体マントルよりも重たくなり、マントルの底へ沈むはずです。そのようなマグマは、表面を覆うマグマオーシャンとは別に、固体マントルの下にもう1つの基底マグマオーシャンを形成します。その結晶化の後期に形成された、鉄に富む重たい固体物質が未だにマントル最深部に存在することが、大きな化学組成の原因と考えられます(Nomura et al., 2011 Nature)。
意義・今後の展望
本研究により、マントル深部における水の大循環が明らかになりました。水を持つSiO2相中では、水素が超イオン状態(注7)にある可能性があります。その場合、大きな電気伝導度を示すことが期待されます。今後そのような電気伝導度を実験室で決定し、下部マントルの電気伝導度の観測結果を使って、水を持つSiO2相の分布、すなわち下部マントルにおける水の分布を詳細に明らかにしたいと考えています。
〇関連情報:
「プレスリリース①地球コアに大量の水素 ~原始地球には海水のおよそ50倍の水~」(2021/5/11)
「プレスリリース②小惑星探査機「はやぶさ」が持ち帰った小惑星微粒子を分析」(2011/8/26)
「プレスリリース③月の水の起源を解明」(2011/1/6)
「プレスリリース④太陽系の始原水が重い酸素同位体成分に富んでいた事を示す名残」(2007/6/13)
関連リンク:
北海道大学
論文情報
雑誌名 Nature Geoscience 論文タイトル Retention of water in subducted slabs under core-mantle boundary conditions著者 Yutaro Tsutsumi*, Naoya Sakamoto, Kei Hirose*, Shoh Tagawa, Koichiro Umemoto, Yasuo Ohishi and Hisayoshi Yurimoto
(*:責任著者)DOI番号
研究助成
本研究は、科研費「特別推進研究(課題番号:21H04968)」、「特別研究員奨励費(課題番号:23KJ0479)」の支援により実施されました。
用語解説
注1 同位体顕微鏡
二次イオン質量分析法と独自開発の二次元イオン検出器を組み合わせて、試料表面の同位元素分布を三次元的に可視化する装置です。イオンビームを試料に照射し放出された二次イオンを取得し計測します。高感度・高空間分解能で、元素の定量、同位体比測定が可能です。↑
注2 コア–マントル境界(CMB) 領域
岩石のマントルと金属のコア(外核)の境界付近の領域で、深さは約2900 kmです。CMBのマントル側、コア側双方に、大きな地震波速度の異常が観測されます。↑
注3 スラブ
沈み込む海洋プレートのことです。海洋プレートは、主に玄武岩質の海洋地殻とその下のマントルの岩石から構成されます。SiO2相は沈み込んだ海洋地殻の主要な構成鉱物です。↑
注4 マグマオーシャン
地球形成時に、地球全体を覆っていたとされるマグマの海。結晶化が進むと地球表層とマントル深部の2つのマグマオーシャンに分かれたとされます。このうち深部の基底マグマオーシャン(basal magma ocean)は、現在でも完全に固まらずにマグマがわずかに残り、最下部マントルに超低速度領域を形成している可能性があります。その結晶化の過程で、基底マグマオーシャンは鉄に富むようになるため、後期にマグマから結晶化した固体も鉄に富み密度が通常のマントルよりも大きくなります。それゆえ、マントル深部に取り残され、地震波速度の異常を作っている可能性があります(Nomura et al., 2011 Nature)。↑
注5 レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル
先端が尖った2つのダイヤモンドの間に試料を挟み、加圧した後、レーザーを照射して試料を高圧高温状態にする装置。地球中心の極限環境(364万気圧、5400ケルビン)を超える高圧高温を発生できます。↑
注6 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理は高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。 ↑
注7 水素が超イオン状態
水を持つSiO2相中で、水素が特定の酸素原子と結合せず、SiO2相の結晶格子中を液体のように動く状態のこと。↑